第3話 人は見かけによらない…?




「こんにちはぁ」


 パスポートと書類をカウンターに出すと、人の良さそうな審査官は写真と渚珠を見比べている。


「お嬢さんお一人ですか?」


「はいぃ。今日からこちらに移ることになったんですぅ」


「そうなんですか? ご両親やお荷物は?」


「わたし一人ですぅ。荷物はもう先に送ってあるんですけど……」


「そうですか……」


 パラパラと書類をめくっていた手が、あるところでぴたりと止まった。


「まさか、この名前に住所は……本当に……?」


 急に表情が硬くなる。


「ほへぇ?」


 渚珠も緊張する。送ってもらった情報に何か不備でもあったのだろうか。


 しかし審査官は、一緒に出した書類の中身に驚いているようだ。真剣にその項目を確認して手元の端末で操作をしている。そして、入っていた仮のIDパスを機械に通して浮かび上がった彼女のパーソナルデータを確認している。


「あ、あのぉ……、大丈夫ですかぁ……?」


 渚珠に問いかけられ、ようやく自分が取り乱していたことに気づいた彼。


「こ、これは大変失礼しました。ALICEポートへは定期便が少ないのでご注意ください。審査を抜けましたら一番端の国内ターミナルから出ています。本当に申し訳ありませんでした!」


「はいぃ。ありがとうございましたぁ」


 審査官に起立と最敬礼までされて見送られる少女を周囲の人々は不思議そうに見ている。


「どうした?」


「いや……。伝説の子は伝説の場所に赴任するのですね……」


「はぁ? 何言ってんだ?」


 隣で仕事をしていた審査官に答えても、きっと信じてもらえない。問いかけた彼の方も、その意味に気づくのはもう少し後になってからのことだった。





「ほほぉ。やっぱり大きいなぁ」


 審査を終えた人が吐き出されてくるロビー。ここから各方面に向けて乗客が散らばっていく。


 星間ターミナルからローカルのターミナルに移動すると様子がずいぶん変わってきた。


 地元の人たちも利用するエリアでもあるためか、飲食街や商店などが並んでいてずいぶんと賑やかだ。また遠距離や乗り換えの旅行者のための宿泊設備もある。


「へぇ~。いろいろあるんだなぁ」


 最後の朝食は機内食で済ませていたから、次に来るときは是非試してみようと思いながら通路を進んでいく。


 この第4アジアハブはアクアリアにいくつか点在する海上大型ハブポートのひとつで、星内外関係なく多数の便がひっきりなしに往来している。


 実際に乗客を乗せている便だけではなく物資の往来も担当するので、その忙しさはハブポートの中でもトップクラスだという。


 逆を言えばそれだけ移動が大変な大型施設なわけだ。そんなことも何もかもが初めての渚珠には物珍しくて仕方ない。


 乗り継ぎ時間にも余裕があったし、途中の景色がよく見えるところで立ち止まりながらのゆっくりした移動だったので、渚珠にはあまり苦にならなかった。


 そんな散歩感覚で移動をしてきた彼女だったけれど、目的の乗り場までやって来てどうも様子がおかしいことに気づいた。


 確かに渚珠の乗る方面は便数も少ないし、従ってそれほど乗客も多くないはずなのだが、それにしても、それらしい人が少なすぎる。それどころかスポットに停泊しているはずの船も見あたらない。


「あれぇ……? 間違えたかなぁ……」


 慌てて乗船チケットを再確認するけれど、間違いはなさそうだ。


「あのぉ……」


 仕方なく一人カウンターに残って作業をしている係員に尋ねる。


「このあと出発する便って、まだ来ていませんかぁ……?」


「えっ?」


 カウンターの係員は目を丸くして差し出されたチケットを見た。


「あれっ……。星間乗り換えのお客さんに連絡が行ってなかったんだな……。午前中の便は今日は運休になっちゃってね。みんなそれぞれ他の便に振り替えていったんだけど。ALICEかぁ……。あそこは少し遠いからね……。午後の便に振り替えるしか……」


 そこまで言ったとき、渚珠を見ていたその係員も言葉が途切れた。


「すんませんが、それ見せてもらえます?」


 係員の男性は渚珠が抱えて持っていたクリアケースの中身に気づいたようだ。


「ほへぇ……どうぞぉ」


 さっきまで入管審査の書類を入れていたクリアケース。その一番外側には確か仮のIDカードが入っていたはず。


「うーん、お昼頃には着く予定ですって言ってあったんだけど。無理だねぇ……」


 渚珠がさっき見てきた中のどこで昼食を食べようかと考えていたとき、インカムでどこかに話していた係員が慌てたように声をかけてきた。


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