第4話 お迎えの日だっていうのに?!




「あれ? そういえば午前中の定期シャトル便はもう来た?」


 海に突き出した係留デッキ。そこに停泊している小型潜水艇に乗ってメンテナンスをしている少女が耳元のインカムを使って話し相手を呼び出す。


『いいえ。午前の便は臨時運休だそうよ。機材故障だって連絡が入ったから』


 インカムの耳元からは、落ち着いたやはり少女の声が聞こえてくる。


「ンモー! だから早く整備しなさいって昨日言ったのに……。なんか音が変だったんだから」


 彼女は頭を突っ込んでいた機器室から顔を上げると不機嫌そうに言った。


弥咲みさきったらそんなに怒らないの。ローカルボートじゃそんなに運休もできないだろうし。本当に壊れちゃったんなら仕方ないじゃない?』


 弥咲と呼ばれた少女の前には、先ほどのインカムからの音声だけではなく、空中にホログラムで簡易平面のモニターが映し出されており、そこには声の主が映っていた。


「だって凪紗なぎさ、今日は普通の日じゃないんだよ? 新しい所長さんが来るって言うのにさ。しかもその便で? 直接4ハブまで迎えに行けばよかったかな……」


『それもそうね……。お昼前には着くって言ってたから、奏空そらちゃんも四人分のお昼を用意するって言ってたね。どうすんのかな』


 ホログラムモニターの向こう側の凪紗という少女も重要なことを思い出したようだ。


『どのみち他にお客さんもいないんだし、お昼も午後の便が到着するまではおあずけになりそうじゃない。あたしちょっとこのボートの試運転してくるから許可クリアよろしく!』


「はいはい。そういえばちゃんと制服着てなきゃダメじゃない。襟が付いてないわよ」


『誰も見てないんだもん。固いこと言わない。ちゃんと持ってるから!』


 凪紗の目の前のモニターに映っている白い半袖ブラウスにチャコールブラウンのスラックス姿の弥咲は、工具を片付けるといままで整備をしていた潜水艇に乗り込んだ。


「さぁて、修理後のご機嫌はいかがかな?」


 ハッチを閉めてインパネに並んだスイッチの中で唯一点灯していたボタンに手を伸ばして押し込むと、それまで真っ暗だったディスプレイが一斉に明るくなり情報が表示される。


「うん、よさそうね……」


 凪紗は耳元のインカムの通話先を船外にセットする。




『コントロール、こちら弥咲。これからテスト行きます。コミュニケーションはいかが?』


 こちらも同じく、ヘッドセットの耳元から聞こえてきた声に、手元のモニターに、停泊ロック解除の信号を送る。


「こちらALICEコントロール。コミュニケーションは良好」


『了解。では近海航行試験と、高速による到着アプローチ試験行うけどOK?』


「そうすると、高速到着だと浮上の時に波が立つわね。まぁその時は連絡するわ」


『おねがーい!』


「付近に航行中の船舶及び航空機は無し。いつでもいいよ。ロックは解除済み」


『了解!』


 その声が終わるか終わらないかのうちに、船は大きなしぶきを上げてデッキを離れた。


「まったく……。相変わらず無茶な操縦するんだから……」


 モニターではなく凪紗がいる管制室からでもその勢いで起きる白波が分かるほどだ。


「ちょっと、人の物なんだから、あんまり調子に乗って事故ったりしないでよ?」


『はいはい。これから潜行するからレーダーから目を離さないでよ?』


「分かってる」


 言われなくてもこの場所を中心とする三次元レーダーのスイッチは常時入りっぱなしだ。


 海上に設置されている港には、上空から、海上から、海中からと三方向からの接近アプローチの可能性があるから、水面上の二次元レーダーでは捕捉しきれないからで、凪紗もそれを見ながら到着許可を出したりするのだけれど……。


「あら? タグボートが単独で? 珍しいわね……」


 そのレーダーの中にはこれまで弥咲が乗り回す試験艇くらいしか表示されていなかったところに、海上から1艘の小さなボートが近づいてくるのを見つけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る