第2話 インターンで移住許可なんて!




「はぁ~。きれいだなぁ……」



 渚珠は以前は「月」と呼ばれていた「アルテミス」の生まれだ。どこからこんな名前が出てきたのかと思えば、大昔の神話がベースになっているという。「地球」にはそのような確固たる名前がなかったので、「アクアリア」という別名が与えられたと授業で習った。


 渚珠もこれまで中学校ミドルスクール3年生として学校にも通っていたわけだけれど、この夏からこのアクアリアに移住することが決まった。


 この時代のカリキュラムでは学校は中学までが基本。それ以上の進学はごく僅かしかいない。


 また中学と言っても「地球」と呼ばれていたころの高校以上の学習内容が組まれているので、決してレベルが下がったと言うことではない。また3年になるとインターン制度が行われ、その後の職業などに見習いとして就くことが可能になる。


 渚珠はそれまで特に希望を持っていたわけではなかったけれど、資料映像で見たアクアリアの風景の虜になり、中学に入る頃にはそこでの仕事を希望するようになった。




「いいよねぇ渚珠は。アクアリアに行けるなんて。一時滞在じゃなく許可が出るなんて、よほどのことがなければないんだから」


 先月正式に許可が下りて渚珠の出発の情報が広がると、学校では羨ましがったり驚いたりと反応が割れた。


 各自の反応はともかく、とにかく大騒ぎが起きた。


 アクアリアへの移住許可が下りるというのはそれだけ大変なことなのだから。




 もちろん彼女が何も行動を起こさずに許可が下りたわけではない。


 他の星の出身でアクアリアに移住するためには当然何かの職に就く必要があるうえ、人数の増加を制限していることから希望者を条件無く無制限に受け入れているわけではない。


 渚珠がアクアリアへ行く希望を両親に伝えたとき、最初は突然の内容に驚いていた。それでも彼女の意思が固いことが分かると頷いて、数日後に申請用の個人リンクを用意してくれた。


 どこからリンクコードを手に入れてきたのか。一般には入手することすら難しいと言われている連絡船の発着する宇宙ポート職員の応募用フォームだ。


「本当に……、わたしに出来るのかな……」


 そう思いながらも通常の学校が終わった後の訓練や、休日の講習も1年間に渡って受け、ようやくその資格を得ることが出来た。


 またその資格を得たからといって全員が希望通りの場所に配属されるわけではない。


 しかし彼女の場合はどこでどのような手続きが進んだのか分からないけれど、彼女の希望通りにアクアリアにある宇宙港への赴任辞令を受けた。


 その後のメールや書類でのやり取りが何度も繰り返され、渚珠は数人の友人と家族に見送られ住み慣れた故郷を離れたのが3日前の話。


 ぼんやり最近のことを振り返っていると軽いショックがあって水上に着水したことが分かった。窓の外には大きな白い波が水面に広がっていく。


 こんな光景も海がないアルテミスでは見ることはない。アクアリアに直接行くことが出来るのは独特な形をした船底を持つ連絡船か有翼型連絡船だけ。


 研修やシミュレータでは何度も訓練をして知っていたものの、こうして実際に経験してみないと本物の感触というものは分からないだろう。


「はぇぇ~~。すごぉい」


 渚珠が実年齢よりも若く見られるのは、その姿だけではなくこの言動も一因となっているかもしれない。


 ブリッジに到着して機体のドアが開けられる。


「あぁ、そっかぁ。外にはちゃんと空気があるんだよねぇ」


 入管審査に向かう通路の窓が開いていて、そこから爽やかな風が入ってくる。


「気持ちぃぃ!」


 しばしその場に立ち止まって、入ってくる風を顔に受けてみる。


 もしそんなことがアルテミスであったら大変だ。それこそ真空の外に吸い出されて大変な事故になってしまう。


 肌で感じられるほどの風というのは人工的に作られた自然公園や空調設備の管理区域にあるだけで、こうやって窓から流れ込んでくるだけでも、これまでの場所ではないということが分かる。


「すごいなぁ……」


 窓の外に広がる青い空も渚珠にとっては知識と資料映像でしか知らなかった光景だ。それがスクリーンではなく頭上にどこまでも広がっている。


「こんな星に来られるなんて……夢みたいだよぉ」


 いつの間にかブリッジに出てくる人も少なくなり、預けてあった数日分の荷物が入ったキャリーケースを受け取って慌てて審査場に走っていく渚珠の姿は、その他大勢の旅行者と変わらないように見えていた。


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