第21話 テラの日常 1/2
心地のよい光。
心地のよい音。
心地のよい香。
うん。
まさに、天国。
きっと、このまま永遠に身を任せていても飽きる事はないのだろう。
普通の人ならば。
そう思いながら、テラは閉じていた瞼を上げ、体を起こす。
見上げれば、そこには柔らかな日差しに満たされた青空が広がっている。
足元には淡い緑の手触りの良い芝生や、踏み出した足を柔らかに包み込む優しい白色の雲のような、綿菓子のような地が広がっている。
辺りを見回せば、同じように心地よさに身を委ねている人々の姿。
皆一様に、穏やかな笑みを浮かべている。
そして。
湖の淵には、現世の様子を覗いている人々の姿。
現世に残して来た大切な人たちを見守っているのだろう。
所々に点在する美しい湖からは、見たいと願う現世の様子がいつでも見られる。
つい先ほど、テラもそのうちのひとつの湖から、現世の様子を確認し終えたばかり。
不快なことなど、なにひとつない。
苦しいことなど、なにひとつない。
でも。
僕的には少し、退屈なんだよね。
欲しい情報を得たテラは、安心してその身を再び心地よさに委ねようと思ったものの、体を突き動かす衝動に勝つことはできそうになく。
そうだ。
マーシュのとこでも、行ってこよっかな。
きっと待ってるだろうから、マーシュは。
エマのことを。
少しでも知りたいと思っているはずだから。
エマの情報を。
悔しいけど。
エマはきっと、マーシュと一緒になる方が、幸せなんだよね。
だったら僕はせめて。
エマが安心して現世での生を終えられるように、マーシュのことを見張ってないとね。
マーシュが他の人に、目移りなんかしないように。
まぁ。
そんなことしなくたって、マーシュはエマにゾッコンだろうから心配無いだろうけど。
ただ、僕がね。
僕が、エマのことを誰かと話していたいから。
だから。
うってつけなんだよね、マーシュが。
さて。
マーシュのとこに、行ってこようっと。
胸の内で言い訳めいた理由をこじつけると、テラはそのまま立りあがり、天国の門番の元へと歩み寄った。
「冥界のマーシュに会いに行く」と言えば、門番は何を問う事もなく、いつものようにすんなりと冥界への扉を開く。
その開いた扉へと。
マーシュはするりと体を滑り込ませた。
***************
「無事に現世に戻れたみたいだよ、エマ」
エマによく似た顔つきながら、期待に満ちて輝いている目は若干タレ気味。
その漆黒の瞳を輝かせながらマーシュへと向け、テラは熱を帯びた口調で告げた。
「そうか」
対して、エマが現世へと戻った今、再びカウンセリングルームαの主へと戻っていたマーシュ。
いつものように突然やってきたテラにもすっかり馴れてしまったのか、驚く素振りもなく、かと言って丁重に出迎えるでもなく、顔も上げずに次にやってくる魂の情報のインプットを続けている。
その髪は洗いざらしではあったが、色は美しい深紅。そして、長めの前髪の影が掛かった目は、奥二重の切れ長の目。瞳の色は、燃えるような赤。
「また、女の子だって」
「そうか」
「どんな子に育つかなぁ・・・・絶対可愛い女の子になるよね!なんだかワクワクしてこない?でも、あんまりにも可愛いと、悪い虫が付いちゃうかも。エマはたまに抜けてるところがあるから、僕心配だよ。大丈夫かなぁ?また、危ない目に遭ったりしないかなぁ?ねぇ、マーシュ?」
「そうか」
「・・・・ちょっと、僕の話ちゃんと聞いてるっ?!」
「そうか・・・・いってっ!ちょっ、やめろテラっ!」
グリグリとこめかみを両拳で思い切り締め付けられ、マーシュはあまりの痛さに悲鳴を上げながらテラの両腕を掴む。
「人の話を上の空で聞くなんて、失礼だよ?」
「人の仕事の邪魔をする方が、よっぽど失礼だと思うが?」
「だってっ!エマの話だよっ?!マーシュがすぐに知りたいんじゃないかと思って、急いで来たのに!」
「はいはい、ありがとさん・・・・いてっ!痛いっつってんだろ、やめろっ!」
早々に、魂の情報のインプットを再開しようとしたマーシュは、再びのテラの暴挙に溜め息をつき、ようやく顔を上げた。
「お前、暇なのか?天国ってのは、暇人で溢れている所なのか?」
「どうかな?みんな思い思いに過ごしているようだけど」
「・・・・なんでお前みたいなのが天国行きになるんだろうな」
「それは僕の方が聞きたいくらいだけど?僕だって本当は、エマと一緒にまた現世に生まれ変わりたいくらいだったんだしさ」
「なぁ、テラ。お前はいったい、現世でどんな生を送ったんだ?」
「あれ~?もしかして、僕に興味持っちゃった?」
ニコニコと、人好きのする笑顔を浮かべるテラに、マーシュは言った。
「お前に興味を持った訳ではないが、天国行きになった生き方には興味がある」
「素直じゃないなぁ、マーシュは」
「なにが」
「僕に興味があるって、言えばいいのにさ」
「俺が興味があるのはエマだけだ」
「ふふっ・・・・言うねぇ?嫌いじゃないよ、そういうマーシュ」
ほんのりと目元を染めながらもきっぱり言い切ったマーシュに小さく吹き出しながら、テラはくっきり二重の大きな瞳を細めて話し始めた。
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