第22話 テラの日常 2/2

 ***************


「わたし、水島くんの事が好きです。もしよかったら、わたしと」

「ごめんね」


 真っ直ぐに自分への想いを伝えてくれた相手に対し、テラは深々と頭を下げた。


「僕を好きになってくれたのは、すごく嬉しい。ありがとう。でも、僕には守りたい、大切な人がいるんだ。彼女がいる限り、僕はきっと誰も好きにはならない・・・・恋愛的な意味では、ね。だから、本当にごめんなさい」


 肩を落として去って行く彼女の後ろ姿を見送りながら、テラは大きく息を吐き出す。

 傷つけてしまったであろう彼女の気持ちを思うと、胸が痛んだ。


 物心ついた時からどういう訳か、テラは妹であるエマを守らなければという使命感に駆られていた。

 双子の妹であるエマとは、当然ながら年は同じ。

 ただ、性別が異なるのみ。

 それでも、


「うわぁぁんっ、テ~ラ~っ!」


 部屋の中に蜘蛛がいたと言っては泣いてテラの名を呼び、買って貰ったばかりのワンピースを汚してしまったと言っては泣いてテラの名を呼ぶエマが、テラにはたまらなく愛おしく。

 いつの頃からか、ことあるごとにエマへこう言葉をかけるようになっていた。


「僕たちは同じ日に生まれた双子なんだ。だから、僕たちはふたりでひとつ。何があっても、エマは僕が守るからね」


 と。



「テラっ!蜘蛛っ!蜘蛛っ!」

「はいはい、ちょっと待って」


 大きくなっても、何か起こるとエマはテラの名を呼び助けを求めた。

 それは、事業を営んでいる両親が、不在がちであったことも理由のひとつだろう。

 そして、常日頃から聞かされていた


「この水島の事業は将来テラが継ぐのよ。テラはしっかりしているから、お父様もお母様も安心だわ」


 の母親の言葉も、少なからず影響しているに違いない。


「もう大丈夫だよ、エマ。蜘蛛はちゃんと捕まえて遠くに逃がして来たから」


 優しく笑うテラに、エマは不思議そうな顔を向ける。


「テラは優しいね。絶対に殺さないものね、蜘蛛。それ以外の虫もだけど」

「それはそうだよ。虫にだって、命があるでしょ?それに、蜘蛛がエマになにかした訳じゃないし。さすがに、エマを傷つけるような蜘蛛だったら、躊躇なく殺すと思うけどね」

「ふふっ、テラなら殺さないと思う」

「そんなこと、無いよ?いつも言ってるでしょ?何があっても、エマは僕が守るからね、って」

「うん。ありがとう、テラ」


 安心しきった笑顔を向けるエマに、テラは複雑な想いを抱えながらも笑顔を見せた。


 これからもエマを守り続けるためにも。

 エマの頼れる兄として相応しい男になるためにも。

 僕は、過ちを犯さずに、しっかり生きていかなければ。


 そう強く、胸に刻みながら。



 ***************


「どんだけシスコンだよ」

「ひどっ!『シスコン』の一言で片づけるっ?!」

「まぁ、結果天国行きになったのなら、シスコンでもいいんじゃないか?」

「・・・・結果的には、エマを危険に晒すことになってしまったけど、ね」

「あれはテラの罪ではないぞ。第一、お前だって命を奪われた」

「僕の場合は自業自得だよ。でも、彼女にエマの命を奪わせてしまったのは、僕の罪ではなくても、僕のせいだ」


 はぁっ、と肩を落として溜め息を吐くテラの姿に、マーシュがボソリと呟いた。


「なるほど、な。天国行きになる訳だ」

「えっ?」

「気にするな、ひとりごとだ」


 そう言うと、マーシュは再び魂の情報のインプットを始めた。


「なんだか忙しそうだから、僕もそろそろ帰ろうかな」


 言いながらテラは天国へと続く扉へと足を向け・・・・


「わっ!ちょっとマーシュっ、引っ張らないでよ!危ないじゃない」


 顔も上げずにむんずと服を掴まれてバランスを崩しそうになり、マーシュに抗議の声を上げる。

 だが。


「お前、暇なんだろ?少し手伝え」

「はぁっ?!冗談でしょ?!何で僕が」


 不満げに頬を膨らませるテラに、マーシュはニヤリと笑って言った。


「気にはならないのか?エマがここで何をしていたのか。さすがにエマの代わりをしろとは言えないが、エマがいた時の俺の代わりくらいなら、やらせてやっても構わないぞ?」

「なにその上からの言い方」


 そうは言ったものの、マーシュの提案にはテラも異論は無い。


「分かったよ。マーシュがそこまで言うなら手伝ってあげてもいいよ」

「よし。じゃ、これに着替えろ」

「は?」

「そんな『天国の住人』丸出しの格好じゃ、ここへ来た魂が勘違いするからな」


 マーシュが手にしていたのは、黒を基調とした執事服。

 対して、テラが身に付けていたのは、ゆったりとした白のローブ。


「確かに」


 小さく頷き、テラはマーシュから執事服を受け取る。


「どうでもいいけど」

「どうでもいいなら言うな」

「エマの好きな色ってね」


 テラの言葉に、マーシュがピクリと反応をする。


「赤、なんだよ」

「えっ」


 魂の情報のインプットを中断し、マーシュは顔を上げてテラを見た。


「その色、エマの好きな色に合わせたの?確か、ここずっと、黒かったよねぇ?」


 そう言ってテラが指をさしたのは、マーシュの髪と両の瞳。


「バカ言え。これが元々の俺の姿だ」

「だろうね。初めて会った時も、その色だったし。まぁ・・・・黒よりはそっちの方が似合ってると思うよ?」

「そりゃどうも。って、お前は俺をなんだと」

「じゃ、僕着替えて来るから」

「おい、テラっ!俺の話をっ・・・・ったく、あいつは」


 ヒラヒラと片手を振りながらルームの奥へと姿を消すテラに溜め息をつくマーシュだったが。


『なんだ、もう戻してしまったのか』

『えっ?』

『赤い髪も、似合っていたが』


 ふいに、初めてエマに正体を明かした日の会話が、甦って来た。


「なんだよ。赤が好きなら最初からそう言えば良かったのに」


 エマを想い、マーシュの胸をじんわりとした温かさと切なさが満たす。


「マーシュ!なんかこれ、ちょっと大きいんだけどっ」

「・・・・あぁもう、めんどくせえなぁ・・・・」


 ルームの奥から聞こえるテラの声に、マーシュは苦笑を浮かべながら、テラの元へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る