第19話 冥界デート~マーシュの決意~

「ナズナ?そっか、今日お前Hの監督」

「そのワンピース・・・・」


 マーシュが『ナズナ』と呼んだその女性は、マーシュの言葉が耳に入っていないのか、じっとエマのワンピースを見ている。


「あぁ、ありがとな、ナズナ。エマ、そのワンピースな、ナズナに色々相談に乗ってもらって仕立てたんだ。あいつ、昔からセンスいいんだよ。俺のセンスじゃとてもそんなワンピースには仕上がらなかった」


 ナズナの視線を追うように、マーシュも頬を緩めてエマのワンピースに目をやり、うっとりとした表情を浮かべる。


「ほんとに、ナズナが居てくれてよかったよ。どうだ?メチャクチャ似合う」

「マーシュのバカっ!」


 緋色の吊り目を更に吊り上げて、ナズナはマーシュを睨みつけた。

 少なくとも、エマにはそう見えた。


「えっ?なんだよいきなり」

「もう知らないっ!」


 緋色の大きな瞳から透明な滴が零れ落ちる直前。

 ナズナはクルリと後ろを向いて、その場から走り去って行った。


「おいっ、ナズナっ!・・・・ったく、なんだあいつ?」

「マーシュ」

「ん?あぁ、悪いな。あいつ、俺の幼馴染みで」

「鈍感か」

「・・・・は?」


 くっきりとした大きな二重の目を呆れた様に細め、エマはマーシュを置いて冥界へと続く道を戻る。


「えっ?俺?!なんかしたかっ?!」


 マーシュは慌てて、エマの後を追った。




「大丈夫だ。それは現世で調達してきたやつだから」


 目の前に置かれたピンク色をした可愛らしいハート型のカップを前にして戸惑うエマに、マーシュは笑いながら言った。

 冥界の住人の憩いの場だという、鮮やかな色のカフェ。

 カフェの色自体は黒をベースにしているのだが、訪れた客の座る席は、その客の好む色へと変わる。

 故に、カフェ内は様々な色で溢れていた。


冥界ここでは今、現世の食品ブームでな。この店では現世から調達してきたものが色々と提供されているんだよ」

「なるほど」


 今、マーシュとエマが座っている席の色は、白。

 2人が座ったとたんに、席は黒から白へと変わった。


「エマも、白が好きなのか?」

「特に白が好きな訳ではないが、マーシュが白が好きだと言っていたからな」


 ボソリと言いながら、エマはハート形のカップに注がれた紅茶を口にする。

 マーシュが言うのなら、これは間違いなく現世の紅茶なのだろう。

 そう、安心して。


「これも美味しいが、わたしはマーシュが淹れる紅茶の方が、ずっと好きだ」


 カチャリとカップをソーサーに戻し、エマはふぅっと息を吐いた。

 口元に手を当て、視線をカップへと注ぐ。

 マーシュの想いは、冥界に着いたその日に聞かされていた。

 それに、エマも薄々は気付いていたのだ。

 自分の、真島マーシュへの想いに。

 だからこそ、『兼恋人』のマーシュの肩書きも、受け入れる事ができた。

 けれども、このままマーシュと結ばれる事に、エマは抵抗を感じてもいた。


 自分は、生前の罪を償ってもいない。

 ましてや、自分の生を自分らしく全うしてもいない。

 このような状態で、マーシュと共に冥界で生きる事など、許されていいはずがない、と。


 地獄のHでマーシュに心の内を告げようとしたエマだったが、ナズナという名の女性の登場によって遮られてしまった。

 ナズナが去った後に、話を続ける事も出来なくは無かったが、ナズナの心情を察するとどうにもあの場で話を続ける事が憚られ、場所を変えようとやってきたのが、このカフェ。

 隣の席に新たな客が訪れたのか、エマの視界に入っていた床の色が黒から温かみのある淡いピンク色へと変化する。

 まるでそれは、自分の胸の内に息づいている淡い恋の色のようだと。

 微笑みながらふと顔を上げたエマの視線の先。


 惚けた顔をしたマーシュが、赤い瞳を潤ませてじっとエマを見つめていた。



「具合でも悪いのかと心配になるじゃないか」

「だって・・・・エマが、エマが・・・・」


 感極まった様子で、マーシュが呟く。


「恋人みたいなこと、俺に言ってくれたから・・・・」

「大げさな」


 言いながらエマも顔を赤らめて俯く。

 俯いた拍子に、ハラリと零れ落ちた髪が、熱を持った頬を隠す。

 カフェでのあまりのマーシュの惚け具合に、マーシュの体調を心配したエマは早々にカフェを出て、マーシュを連れて住居へと戻ったのだ。

 ところが、マーシュに具合を尋ねてみれば、ただただエマの言葉に感激のあまりに呆然としていただけとのこと。

 おまけに、そんな心配までしてくれるとはと、押し倒さんばかりの全力でマーシュに抱きしめられたエマは、やっとの思いでマーシュの腕から逃れたのだった。

 マーシュから贈られたワンピース姿のまま、疲れ果てたエマはリビングのソファの上で膝を抱えて座っている。

 そのすぐ隣に腰をおろし、マーシュは言った。


「俺、受け入れるよ」

「何を?」


 怪訝な顔で首を傾げるエマに、マーシュは笑顔を向ける。


「エマが自分で決めた事なら、なんでも」

「・・・・そうか」

「だから今日、デートに誘ってくれたんだろ?」

「・・・・鈍感なのか鋭いのか」

「えっ?」

「いや」


 抱えた膝を離して立ち上がり、エマは言った。


「着替える。ルームαで待っててくれ」

「え?」

「マーシュ、私はこれから着替えたいんだ。早くここから出てくれないか?」

「・・・・そこはまだ、ダメなのか」

「何が?」

「いや、別に。でも、なんでルームα?今日はせっかくの休みなのに」


 マーシュの問いに答えることなく、エマは微笑を返した。

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