結城美波は証明したい

かるまる

第1話

 9月の最終金曜日。高校受験が近づいてきたことから目を背けつつ、私、結城美波ゆうきみなみは書店へと急いでいた。

 今日は私の大好きなコミック『あかねの初恋』の最新巻の発売日なのだ。

 残暑厳しい中、書店にたどり着いた私は、鼻歌混じりでコミックコーナーに向かった。

 書店の中はクーラーが効いていて快適だ。夕方といえど、平日ということもあって、そこまで人は多くない。

 私はコミックコーナーに向かうと、他の本には目も暮れず、『あかね色の初恋』を手に取った。発売日だと、ほぼ100%の確率でお目当ての本が買える。これは田舎のいいところだ。

 『あかね色の初恋』に想いを馳せ、焦る気持ちを落ち着かせてレジに向かおうとしたところ、少し挙動の怪しい制服の男の子を見かけた。あの制服は、黒田中学の隣の校区の後藤中学校のものだ。

 小太りで、明らかにヤンキーといった格好。ボタンは3つ開けていて、髪は茶色に染めてある。えりあしの長さがうっとうしいなという印象しかない。

 叩き起こされた朝のようにげんなりとした心になりつつ、不審に思われないように男の子の様子を伺った。

 その男の子は『バクチパンチ』というマンガを手に取ると、重そうなスクールバッグを手に、通路の奥へと歩いて行った。私はその男の子を「ヤンキー君」と名付けた。

 まさか、万引き……?そんな疑いを持った私は、そのヤンキー君を追いかけた。

 ヤンキー君は通路の突き当たりを左に曲がる。私もその後をつけた。

 ヤンキー君を追って、となりの通路に移動すると、曲がり角には同じ制服の別の猫背の男の子いて、通路の真ん中付近にはスーツを着たサラリーマンがいた。2人とも熱心に立ち読みをしているようで、私の方を向きもしない。

 ヤンキー君は何食わぬ顔で、立ち読みをしている2人とは向かいの列の本をながめていた。ヤンキー君の手から『バクチパンチ』が無くなっているのを確認した私は、店員さんの元に走った。

「すみません!万引きです!」

 レジにいた女性店員さんにそう訴えると、店員さんはおどろいた顔をした。

「本当ですか?どちらのお客様でしょう?」

 私はヤンキー君を指さした。

「あの人です!」

「あ?」

 ヤンキーの男の子は私を怪訝そうな顔で見た。

「すみません。あなたが万引きされているという目撃証言がありまして……」

「おれが?」

「はい。荷物を確認させていただけますか?」

「いいけどよ、おれはなんもしてねーぜ?」

 ふと、ヤンキー君の余裕な態度に違和感を覚える。なんでそんなに堂々としているんだろう?

 ヤンキー君は乱暴にペラペラのスクールバッグをポンと床に放り投げた。

「見てみろよ。なんも出てこねぇから」

「うそです。マンガが1冊出てくるはずです」

 店員さんは少し戸惑ったように言った。

「えっと、荷物をチェックさせていただきます。それで、はっきりすると思いますので」

 そう言って、店員さんはスクールバッグの中を探りはじめた。

「マンガなんてありませんけど……?」

 スクールバッグを探り終わった店員さんが首をかしげた。

「え?ホントに……?」

 頭にハンマーでなぐられたような衝撃が走る。

「はい」

「そんなばかな!」

 あわてふためく私に、ヤンキー君はニヤニヤと笑った。

「言っただろ?何も出ねえって」

 私は信じられない光景を前に、動揺を隠しきれない。

「そ、そんな!私にも見せてください」

 私はスクールバッグを何度も何度もくまなく探した。

「なんで……?」

 いくら探しても、教科書とノート、筆記用具とそんなありきたりなものしか出てこない。

「なんで?どうして!?」

 ヤンキー君は私を見下すように言った。

「あんた、おれが万引きしたところを見たのか?」

「それは……!」

 確かに、万引きしたシーンを直接見た訳じゃない。でも、確かに手に取った『バクチパンチ』はなくなっていた。

「あの、どうなんですか……?」

 店員さんが困惑気味に私の顔をのぞき込む。

 なんで?どうして?そんな疑問で頭がいっぱいになる。確かにあの時……。それとも、気のせい……?いや、そんなはず……。

「あ、あの……」

「オイ、姉ちゃん。どうなんだよ?」

 なんだか、追い詰められた気分になる。パニックで思わず泣いてしまいそうだ。

 そんな時、私の後ろから、女の子の声が聞こえた。

「美波。あなた何してるの?」

 振り向くと、めがねをかけた少女がヘッドフォンを首にかけながら、あきれた顔をしていた。

 めがねの奥からは、切長の目がこちらをのぞく。髪は肩まで伸ばしていて、その目のせいか、全体的にクールな印象を与える。この少女は早乙女琴音さおとめことね。私の親友である。琴音は頭脳明晰で、全国模試では中学3年間、1度もトップの座を明け渡したことはない。噂によると、円周率を50000桁言えるとか、フェルマーの最終定理を6歳で証明したとか。この噂に対して、本人は「出来るわけないじゃない。バカじゃないの?」と言っていた。ただ、円周率は10000桁まで覚えていて、フェルマーの最終定理は8歳で証明したらしい。

「どうせまた、やっかいなことに首を突っ込んでいるんでしょう?」

 琴音はうでを組んで言った。一気に全身の力が抜ける。安堵なのか、情けないのか、自分でもわからないけど、なぜか自然と笑いが出た。

「あはは。その通りでさ。ちょっと助けてくれない?」

「嫌よ」

 口では嫌と言うが、どう見てもややこしい状況にいる私に話しかけてくれた時点で、琴音は私を助けてくれるつもりだ。

「そこをなんとか!」

 琴音はあきらめたようにため息をついた。

「全く。今日は何に巻き込まれたの?話してみなさい」

「神よ!」

 私が手を組み、ひざまづいていると店員さんが困惑しながら言った。

「あの……。あなたは?」

「早乙女琴音といいます。この子の保護者です」

「保護者って……」

「他に言いようがないわ」

「親友とかは?」

「保護者の方が正確ね」

 琴音はかたくなに譲らない。

「で?あんたは何しに来たんだよ?」

 ヤンキー君が不機嫌そうに聞く。

「別にあなたに用はないわ。この子が面倒ごとに巻き込まれているようだからね。それを解決しようとしているだけよ。

 まあ、この子が面倒ごとに巻き込まれるのはよくあることね」

 ぽかんとしている店員さんとヤンキー君を無視して、琴音は私に聞いた。

「それで?何があったの?話してみなさい」

「うん。えっとね……」

 私は自分がマンガを買いに来たこと。その時に、怪しい行動をとるヤンキー君を見つけたこと。となりの通路に行ったら、ヤンキー君の手から『バクチパンチ』が消えていたこと。その時、近くに猫背の男の子やスーツのサラリーマンがいたことなど、事細かに状況を説明した。

「なるほど。それで、このえりあし君が万引き犯と思ったわけね」

 琴音はヤンキー君を指差して言った。

「オイ。変なあだ名付けんなよ」

「それなら、『ほうきヘア』か『えりあし君』のどちらがいいか選びなさい」

 独特の2択だ。

「じゃあ、えりあし君かな!」

「決まりね」

 琴音はめがねを上げ、私に言った。

「いちおう、あなたが万引きを見かけたという場所に案内して」

「うん。こっちの通路だよ」

 私は奥から2番目の通路に琴音を連れて行った。

「ここに平積みされている『バクチパンチ』を手に持って、1番奥の通路にヤンキー君が歩いて行ったの」

「オイ。あんたも変なあだ名付けんなよ」

「じゃあ、『ヤンキー君』か『えりあし君』どっちがいい?」

「それなら『ヤンキー君』かな!」

「じゃ、決まりだね」

 琴音は奥の通路に歩いて行った。そこでは、さっきのサラリーマンと猫背の男の子が立ち読みを続けていた。

「さっき言っていたのは、この2人?」

「そう。位置も変わってないと思う」

「わかった。

 店員さん。ここは防犯カメラに映ってないんですか?」

 店員さんは申し訳なさそうに言った。

「はい。お金がないので、防犯カメラは少ないんです。

 この通路はちょうど死角になっているんです」

「そうですか」

 琴音はそう言うと、ヤンキー君に聞いた。

「ひとつ聞いてもいいかしら、えりあし君?」

「ヤンキー君じゃねえのかよ」

「それは美波が勝手に付けただけよ」

「あんたも勝手に付けただけじゃねえか……

 ややこしいから、統一してくれ」

「嫌よ」

 琴音はめがねを上げた。

「それはさておき。あなたはなぜ、疑われたと思う?」

「は?」

「疑われた理由よ。何か、まぎらわしいことでもしていたの?」

 ヤンキー君は首を振った。

「してない。なんで疑われたかなんて、知らねえよ。

 財布とマンガ見間違えたんじゃねえか?」

「そう。まあ、いいわ。

 店員さん」

「はい?」

「念のため、防犯カメラの映像を見せていただけますか?」

 店員さんは顎に手を当てた。

「うーん。あんまりお客様にお見せするものではないんですが……」

 琴音はたたみかけるように言った。

「このままでは、話が進みませんし、1度だけ見せていただけますか?1度見れば、覚えられるので」

 琴音は映像記憶を持っており、1度見たものは大抵覚えている。

 店員さんは少し悩んだものの、とうとう首を縦に振った。

「わかりました。お見せします。

 事務室に一緒に来てください」

 琴音は丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます」

「こちらに」

 そう言って、店員さんは私たちを事務室に誘導して行った。

「どのタイミングからお見せしましょうか?」

「とりあえず、そこのえりあし君が入店したタイミングから」

「わかりました」

 そう言って、店員さんはリモコンを操作し、ヤンキー君の入店した時間から再生し始めた。

 ヤンキー君が入店した時間は私が来る20分程前だった。重そうなスクールバッグを抱えていたせいか、汗を拭うような仕草を頻繁に見せながら入店していた。

 その5分ほど後に、1番奥の列にいたサラリーマンが入店して来た。サラリーマンの男性はヤンキー君とは対照的に、汗を拭ったりする仕草はなかったものの、少しネクタイを緩める動作をしているのが映っていた。

 その後すぐに、猫背の男の子が入店してきた。こちらはスクールバッグが見るからにスカスカなせいか、足取り軽く入店して来た。

 その後、私が入店し、先程の騒動が始まった。案の定、万引きシーンは映っていない。手掛かりらしい手掛かりは映っていなかった……と思いきや、琴音が口を開いた。

「わかったわ」

この映像を見た琴音は静かに、しかし、自信満々にそう言った。

「え?わかったって?」

「そのままの意味。なぞが解けたという意味よ」

 琴音の言葉に、ヤンキー君がつっかかる。

「オイ。なぞってなんだよ。俺が何かしたってのか?」

 それを琴音は鼻で笑った。

「心当たりあるでしょう?」

「ね、ねぇよ」

 ヤンキー君は明らかにどうようを見せた。

「ないのなら、えりあし君。あなたが何をしたか、私が話してあげるわ。

 とりあえず、表に戻りましょう」

 そう言うと、琴音は事務室の扉を開け、レジ前へと歩いて行った。私たちも戸惑いつつ、それについて行く。

「そもそも、この事件のなぞはひとつ。盗まれたマンガがどこへ消えたかの一点のみ」

「俺が万引きをしているところが、防犯カメラに映ってたのかよ!?」

 琴音は意外そうに言った。

「映っているわけないじゃない。あの通路は死角になっていると店員さんが言っていたでしょう?」

「だったら……!」

 反論をしようとしたヤンキー君を無視して、琴音は話を続けた。

「ただ、おもしろいものは映っていたわ」

「おもしろいもの?」

 私の質問に、琴音はいたずらっぽく笑った。

「それは後でのお楽しみ。

 まず、えりあし君の行動をまとめましょう」

 琴音はそのまま、書店の入り口に向かって歩き続ける。

「えりあし君はマンガを手に、となりの通路に向かう。

 ここで美波の死角に入ったえりあし君は、とあるトリックを使った」

「トリック……?」

 琴音は店の入り口付近でぴたりと動きを止めた。

「それは……」

 琴音は店から出ようとする人のうでをつかんだ。

「どこに逃げる気?お友達のピンチよ?」

 琴音がつかんだ人の顔を見ると、万引きがあった奥の通路にいた、ヤンキー君と同じ制服を着た猫背の男の子だった。

「いや、僕は……」

「あなたのスクールバッグ、ずいぶん重そうね。

 おもしろいことに、入店時の映像では、あなたのスクールバッグは中身がほとんど空に見えたわ。ちょうど、今、えりあし君が持っているスクールバッグのようにね。

 どうしてそんなに中身が増えたのかしら?」

 男の子の顔から、血の気が引いていく。

「いえ。正しくは、あなたのスクールバッグは誰と入れかわったのかしら?」

「っ!」

「ねえ、琴音。どういうこと?」

 琴音は猫背の男の子からスクールバッグをうばった。

「こういうことよ!」

 琴音はスクールバッグの中身を手早くひっくり返した。

 スクールバッグの中身から、ふうの切られていない『バクチパンチ』が出てきた。

「な、なんでこの人のスクールバッグから……?」

 店員さんは目を白黒させた。

「この2人はけったくしていたのよ。

 美波の死角でマンガをスクールバッグに入れたえりあし君は、この猫背君とスクールバッグを入れかえたのよ。

 誰かに目撃され、問い詰められた時に言い逃れできるようにね」

 ヤンキー君も猫背の男の子も、かんねんしたのか下を向いてうなだれている。

「防犯カメラを見た時に気が付いたわ。えりあし君のスクールバッグの異変にね。

 入店時は重そうなスクールバッグだったのに、店員さんに見せた時に軽そうなスクールバッグに変わっている。

 それがわかれば、後は簡単よ」

 琴音は猫背の男の子から手を離した。

「ちなみに、入店時は男の子がえりあし君の。えりあし君がお友達君のスクールバッグを持っていたんでしょう。

 今日のように、万引きを目撃された際、スクールバッグの中身の教科書の名前と、自分の名前が違ったら、トリックがバレてしまうもの」

 琴音は店員さんに『バクチパンチ』を拾い上げ、手渡した。

「そのマンガに、えりあし君の指紋が付いているでしょう。監視カメラの映像とあせれば、立派な証拠になる。後はお任せします」

「あ、はい……」

 なかば放心状態の店員さんは、あっけに取られつつ、『バクチパンチ』を受け取った。

「では、私はこれで」

 琴音はそう言うと、きびすを返した。

「ああ、美波。ひとつだけ。

 お人好しなのはいいけど、多少は後先考えなさい。万引きを見かけたら、こっそりと店員さんに教えること。いい?

 今回はあなたが正しい。けれど、正しいことをするからこそ、慎重に行動しなさい」

「はい。すみません」

「わかればよろしい」

 そう言うと、琴音は何も買わず、そのまま店を出て行った。

 多分、店の前を通りかかった時に、もめている私を見つけたのだろう。そして、それを助けに来てくれたのだ。お人好しなのはどっちよ……。

 私は遠くなっていく琴音を見ながら、呟いた。

「ありがとう、琴音」

 さっそうと立ち去る幼なじみの後ろ姿がちょうど見えなくなった頃、自転車に乗ったお巡りさんが到着したのだった。

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