第3話 鼓動
新曲「BOG~Brave Of Grain~」は、繊細なこころをもつ若者たちが、きゅうくつな現代社会で自らを信じて立ち向かう勇気を歌った、メッセージ性の高い曲だ。また、全部出してスッキリしろよって、ダブルミーニングでもあるみたい。誰に笑われたって、いつも自分らしく、あるがままのこころで突き進め。そんな意味が歌詞にこめられている。
「B・O・G! B・O・G!」ってサビに合わせて頭をガンガンゆらすのが、もう、ほんとにサイコー。KAZUHIKOのヘッドスピンとか、禿げちゃうんじゃないか心配になるほど異次元すぎてやばいし。
ほんとに、ほんとに、こんなサイコーの舞台の隣に――
なんで、
時はちょっとさかのぼる。
ゲリラライブに万が一でも遅れないように、ショッピングモールに3時間も前にやってきた。当然、弟は彼らに興味がないから、「早く帰ろうよ~」とさっきからうるさい。それに、お父さんやお母さんまでも、「まだ時間もあるし、さきに買い物だけ済ませちゃおう」と、最前列で決戦の時を待つわたしの手を引き、併設スーパーへと向かうことになった。
でも、これが命取りだった。
日曜の夕方ということもあって、レジはめちゃめちゃ込んでいた。おまけに前の前のお客さんが、なにやらお店の人に文句をつけていて、余計に買い物が遅れてしまった。
さらに――。
暑い暑いとジュースを飲みまくった弟は、お腹を壊してトイレにこもるし。
お父さんはスマホを落として、店内を探し回るし。
お母さんはレジがお会計を打ち間違えたとかで、サービスカウンターに並ぶし。
ああああああ!!
全部の『あ』に点々がつくぐらい、こころが叫びっぱなし。
全ての問題が片づき、急いで会場にかけつけると、すでにファンであふれかえっていた。そりゃそうだよ。伝説の第五章から、第六章にメンバーチェンジして初めてのライブだし。リーダーのT-dashはそのままだけど、ボーカルがJUKIYAに変わってかなり注目されてるんだから。
会場を取り囲んでいるのは、背の高い、いわゆる大人の女子ばかり。結構、お母さんぐらいの年の人たちに人気があることが初めてわかった。特設ステージ自体、お世辞にも大きいとはいえず、むんむんと人がひしめき合って、全然、前が見えない。
こ、こんなことって……。
絶望に打ちひしがれるわたしに、
「あれ? 村山じゃん」
なんと、佐藤が声をかけてきた。
てゆうか、なんで
「なに? なんか、ここでイベントがあるわけ?」
やっぱりね。こいつはファンじゃない。ああ、よかった。いっしょの趣味じゃなくて。
「どんなやつが来るのか知らないけど、村山は、このイベント見に来たの?」
やつって言い方なによ。やつって。
「買い物帰りの人が集まりすぎて、ここからだと全然ステージが見えないな」
そうよ。もう終わりよ。全部、終わり。もう、終わったの。いいから、わたしに話しかけないでよ。
「強引に前にいこうぜ」
ほんとにいいって。そのおせっかい。
勝手に皆みたいに笑ってればいいって。
でも――。
突然、佐藤から手をぎゅっと握られて。
「ほらほら、いこうぜ」
ぐいぐいと目の前のファンを押しのけて。
わたしの手を引いて。
なんだか汗ばんで。
そんなんで。
そして――時計の針は現在まで追いついて。
「B・O・G! B・O・G!」
会場は大盛り上がり。
いつの間にやら、彼らのパフォーマンスに圧倒されて、ファンも恥ずかしそうにサビを口ずさんでいた。
ファン――いや、ほんとはちがう。
ただの買い物帰りのお客さんたちだ。
ほんとは、ぜんぶ知ってるんだ。
彼らは大して人気がないって。
彼らに夢中になってるのなんて、わたしだけだって。
そうやって、寂しい自分をごまかしてたって。
でも――。
「村山! これ、めっちゃいい曲じゃん」
こいつが。
「なんてグループ名なの?」
「……ストマックエイク」
「へえ、そんな名前なんだ」
「第六章……」
「家に帰ったら、別の曲も聴いてみようかな」
会場を揺らす「B・O・G!」コール。
彼らのサビはまだまだ終わらない。どうせ皆は知らないでしょ。ここからが見せ場だってことを。トーンが一回下がって、再び一気に盛り上がるんだ。
よく見ると、
激しい重低音がこの胸をどんどんと叩きつける。なんだかよくわからない熱におそわれながら、なぜかステージよりもこいつが気になって――。
――って。
……。
て!?
「みんな、もっと素直になれよ! 声が聞こえねーよ!」
なにそれ。
なにそれ。
なに、それ。
了
そわそわしちゃって ~PART1~ 小林勤務 @kobayashikinmu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます