「あら、ステラのそのブレスレット。可愛いわね」


 昼食を食べていると、お姉様が私の手首に視線を移しました。


 制服の袖から見えていたようで、なんとなく後ろめたい事をしてしまっているみたいで、反応できずにいました。


「どうしたの?あ、まさか、貴女の婚約者に贈られたものとか?」


「いえいえ!違います!そんな人ではありません!」


 思わず言うと、


「あら、それじゃあ、本当に誰かに贈られたものなのね。センスいいわ。その人」


 お姉様は、微笑ましいといった様子で私を見ています。


「その人、紫色の瞳とか……そうなのね!ちょっと、ステラ、貴女、その人から随分とアプローチされているみたいじゃない。自分の“色”を貴女に身に付けさせるなんて」


 エステルお姉様は私の表情の変化を見て察したようで、何も返事ができずにいるのに、ニッコリ笑って言いました。


 手首を見ました。


 それはたまたまであって、ディランさんにはそんな意図は無いと思います。


 お出掛けした時、まったくそんな様子は見られませんでしたから。


 だから、お姉様の考えすぎです。


「嫌ですわ、無自覚なんて。あまりにお子様だと、大きな魚に逃げられてしまうわ」


 アリソン様に、呆れるように言われてしまいました。


「何かお返しはしたの?」


 お返し……焼き菓子はお買い物に付き合ってくれたお返しなので……


「その様子だとしていないのね。だったら、今度の休みに、私と買いに行きましょうか」


「でも、何を買えばいいのか」


「カフスボタンなんかどう?自分の色の物を渡すの」


「カフスボタン……」


「お店を紹介するわ。一緒に素敵なものを探しましょう」


「はい!」


 お姉様とちゃんと約束ができた上に、楽しみな事ができました。


 良い物がみつかるといいなぁって、とっても明るい気持ちで教室に戻ると、着席しているダニエル様の表情がとても固いことに気付きました。


 “ダニエル様、何かありましたか?”


『あ、ステラちゃん。うん、学園内で、人が消えたってがあって


 “消えているのですか?”


『うん……もうちょっと確認してみる』


 ダニエル様は集中されているようで、それからしばらく座ったまま微動だにしませんでした。


 次にダニエル様から声をかけられたのは、放課後の事でした。


『ステラちゃん。男子学生が四名ほど、何処かへ行くみたいなんだ。追う事はできる?中庭を通って南校舎の方へ向かっている』


 “はい。使い魔を偵察に向かわせますので、少しおそばを離れます”


『了解』


 ダニエル様が窓際に寄ってくれたので、そこから外へと使い魔を放ちました。


 芝の上を走り抜けて、男子学生を探します。


 あの人達でしょうか?


 数人の学生が、校舎の奥まった所へ向かっていました。


 彼らの足下近くまで、ハムスター型使い魔を接近させると、見えてきたのは、これは、転移ゲート?


 男子学生は地面に置かれたいくつかの魔法石の間に集まっています。


 そして、視界が揺れたかと思うと、どこかの広い空間に出ていました。


 そこには、人がたくさんいるのが見えます。


 年齢はバラバラ。


 でも、若い人が多いです。


 みな、テーブルを囲んで何かをしていました。


 手にはカードを持っています。


 これが、ゲームでしょうか?


 学生達も、慣れた様子でそれぞれ好きな場所へと向かっていました。


「ステラ?何を呆けているのかしら?」


 目の前では、アリソン様が心配そうに私を覗き込んでいました。


 椅子に座ってボーッとしているように見えたのだと思います。


「あ、私、自習室に寄って帰ります。アリソン様、お先に失礼します」


 場所を移動して、自習室の椅子に座り、集中し直しました。


 使い魔は会場の隅に移動して、周りの様子を窺っています。


「ステラちゃん」


 自習室にダニエル様が様子を見に来てくれましたので、簡単に状況も説明します。


「ダニエル様、今、賭博らしき事をしている会場に入り込めています。このまま観察を続けます」


「わかった。念のため、ここに誰かに迎えに来てもらうから待ってて」


 自習室を出て行くダニエル様を横目に、会場に意識を戻しました。


 学生達が学園から直接、この会場に来るのは驚きました。


 違法な事ではないのでしょうか?


 お酒を飲んでいる人もいれば、パイプを咥えている人もいます。


 嗅覚は機能していないのですが、何か体に悪そうな匂いがしてそうです。


 あれは違法薬物なのでしょうか?


 制服を着た学生達の姿を探すと、同じようにパイプを口にしていました。


 ゲームに使用するテーブルがいくつが並んでいて、奥にはお酒を作るカウンターがあります。


 さらにその奥に、お金と何かを交換している人の姿が見えます。


 女性はいないと思っていましたが、つい今しがたそこに到着したばかりの学生の元へ、露出の多い服を着た女性が近付いていきました。


 その女性が何かを話しかけると、学生と腕を組んで、会場の奥へと消えていきました。


 ソニアさんが私を誘ったゲーム会場とは、まさかここの事なのでしょうか?


 明らかに、まともな御令嬢が出入りするような場所だとは思えません。


 こんな場所に私とお姉様が連れてこられていたのなら、どんな事になっていたか。


 そこで、背後に気配を感じて振り向きました。


 私の後ろに立っていた人を見て、驚きました。


「アーサーから連絡を受けた」


 まさか、ディランさんが来てくれるとは思いもしませんでした。


 ダニエル様がお兄様に伝えて、それから、ディランさんに頼んだのでしょうか?


 騎士の隊服ではなく、私服姿で、隣の椅子に座ると、私を見守るように静かに待ってくれています。


 外はすっかり暗くなっていました。


 おそらく、施錠されるギリギリの時間です。


 ずっと監視するわけにもいかないので、どこかにこの会場の場所がわかる目印はないでしょうか。


『あら、今日は本当に子ねずみちゃんになっているのね』


 その声に、心臓をあの冷たい手で鷲掴みされたような感覚に陥り、恐怖を覚えました。


 魔女……


 すぐさま使い魔を消しました。


 見つかった……


「おい、ステラ、どうした?」


 どうしよう……


 魔女がいるとは、思いもしませんでした。


 まさか、あの会場はロット男爵家が……いえ、もしかしたら、カティック伯爵家絡み……?


 魔女が来る。


「ステラ!」


 無意識のうちに震えていたようで、ディランさんに両腕を掴まれ、それに気付かされました。


 正面から、顔を覗き込むように、見つめられています。


「何があった」


「あ……」


 何をどう言えばいいのか、少なからず動揺している私は上手く説明できそうにありません。


「ステラ」


「はい」


「とりあえずここを出るぞ。うちのタウンハウスが近くにある。来い」


「はい?」


「話を聞かせろ」


「え?」


 ディランさんに手を取られて暗くなった外に出ると、いつの間にか雨も降っていたようでした。





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