「ディランさん。タウンハウスに行くと言っても、もう、エレンさんからかけてもらった魔法が解けています」


「うちなら平気だ」


 日が暮れた中、シトシトと雨が降っており、雨よけ用の外套を頭からかぶせてもらうと、見覚えのある軍馬に乗って辺境伯家のお屋敷へと向かっていました。


 ディランさんは何も考えてなさすぎです。


 頭が良いくせに、ミラージュ家に私を連れて行って、何と思われるか考えていません!


 そんな抗議をする間も無く着いた先は予想通りの大きなお屋敷で、玄関には出迎えてくれた使用人さんが、何人もいました。


 どんな顔をされているのか、見ることができません。


「魔法士団の子だ。風呂に入れて、着替えを用意してやってくれ。それと、学園のパーティーに参加する予定だから、ついでに磨き上げといてくれ」


「学園のパーティー?」


 私には何のことかわかりません。


 問い返す間も無く、ディランさんがそう言うと、私はすぐにお屋敷の使用人の方々の手でお風呂に連れていかれていました。


 断る間も無く、磨き上げられていました。


 明らかに余計なことまで追加されてしまったようで、小一時間後、


「私……爪をこんな風に綺麗にしてもらったの……初めてなのですが…………」


「だろうな」


 ミラージュ家のメイドさんが嬉々として塗ってくれました。


 薄いピンク色に塗られた爪は、綺麗な艶をだしていました。


「よく似合っている。あとは、ドレスの採寸だ。仕立て屋が時間外だが来てくれた」


「はい?」


「デザインは後でいくつか俺に見せてくれるそうだ」


「ディランさん!?」


「希望はあるか?」


「ありません!いりません!」


「じゃあ、いいな。俺が決める」


「必要ありません!」


「制服でパーティーに出席するつもりか?悪目立ちするぞ」


「うっ……そもそも、パーティーが何のことか、それに、私なんかが似合うわけないです……」


「ちゃんと似合う物を選んでやるから、心配するな。それに、使うのは俺個人の金だ」


「そういう問題じゃなくて!いえ、問題です!私のドレスにディランさんのお金を使わせるわけにはいきません!」


「必要経費だからいいんだよ」


 どうしてこんな事になっているのか。


 私はさっきまで、お仕事をしていたはずなのに。


 頭を抱えてぐったりしていると、ディランさんに案内された客間の椅子に座るように促されました。


「それで、何があった?」


 それは先程の事ですね。


「使い魔が見つかって……だから、すぐに隠しました」


「誰にだ」


「……事情があって、話せません。ギデオン様に報告します」


「わかった。今日はこのまま泊まっていけ。明日は学園が休みだろう?」


「いえ、戻ります。これ以上のご迷惑は」


「あー、せっかく特級の肉を焼いてもらっているのに、アレが無駄になるのか。客人に出す予定だったものは使用人は食べられないから、捨てるしかない。あー、もったいない」


 ぐっと、呻いてしまいました。


「うちの料理長が作るプリンは美味いんだけどなぁ」


 ぐぐっ。出口に向かいかけた足が止まりました。


「ほら、こっちだ。もう料理はできてる。冷める前に食べるぞ」


 今度はすぐ隣の部屋に案内されて、そこには私達以外は誰もいないようでした。


 テーブルの上にほかほかの料理が並べられています。


「ほら、食べろ」


「…………いただきます」


 とってもおいしいお食事でした。


 ディランさんと二人なので、緊張せずにいただく事ができました。


 食事を進めながらも、わからない事を尋ねます。


「ところで、パーティーとは何のことでしょうか?」


「学園の創立記念パーティーの事だ。毎年この時期に大々的に催される」


 ディランさんは詳しく説明してくれました。


 学園の創立記念パーティーとは、全学年が参加するもので、ドレスコードがあるとのこと。


 在学生ではなくても招待状があれば参加可能だそうです。


 事前に誰に招待状を送るのか学園に申請します。


 なので、人が多く集まる日を警戒するために、ディランさんは私のパートナーとして学園を訪れるおつもりなのだと話しました。


「あくまで仕事だ。それなら仕方がないだろ?」


「はい」


 ちょっと腑に落ちませんが。


 明らかにディランさんは楽しんでいるような……


 食事が終わると、ゆっくり休めと先程の客間に送り届けられました。


 慣れない部屋で寝るのは、変な感じがします。


 王都に来てから、自分の部屋以外で寝るのは初めての事かもしれません。


 野原のお昼寝は数えません。


 枕が変わると眠れないのかなと思っていましたが、でも、ふかふかのベッドは気持ちよくて、すぐに意識は旅立っていました。


 そして、また、夢を見ていました。


 タリスライトの夢です。


 お母様がいました。


 シリルにぃ様も。


 川の向こう岸に立っていて、私がいくら呼んでも近くには来てくれません。


 離れていくのは私の方で、私は船に乗っていました。


 イヤ。


 離れたくない。



 シリルにぃ様



 気付くと、私の周りには誰もいなくて、真っ暗闇でした。


 怖い声が聞こえて来ます。



   貴女は一人っきり。


   みんな貴女の事を忘れてしまう。


   貴女はいらない子。


   貴女は選ばれない。


   いらないから、置いてけぼり。



 怖い声が囁いてきます。


 そんな事はないと首を振りました。


 でも、暗闇の中では一人っきり。


 寂しくて泣いていました。


 ずっとずっと泣いていました。


 ずっと泣いていると、誰かが手を握ってくれました。


 大きくて、温かくて、安心できる手です。


 その手に引かれて、光の方へと歩いていくと、朝を迎えた明るい部屋の中で目覚めました。


 体を起こすと、枕元にハンカチが置かれていました。


 寝る前にはなかったはずですが、メイドさんが置いてくれたのでしょうか。


 ベッドから降りて、部屋の隅に置かれた洗面器で顔を洗ってスッキリすれば、怖い夢の事はもう記憶から薄れていました。


 乾かしてもらっていた制服を着て、お部屋から出て廊下を見渡すと、ちょうど向こう側の角を曲がって来たディランさんの姿がありました。


 私の姿を見て、朝からからかうような笑みを向けてきます。


「その制服姿もいいな」


「………………お世話になりました」


 不満を言いたくても、時には大人の対応をしなければなりません。


 よその家で騒いではダメです。


 ディランさんの視線は無視して、美味しい朝食をご馳走になってから、馬で魔法士団の方へと送ってもらいました。


 門の所でディランさんとは別れて、とりあえずは着替えるために自分の部屋へ向かいます。


「あら、ステラちゃん。朝帰りなのね」


 欠伸を両手で隠したところを、エレンさんに見られてしまいました。


「その爪も素敵よ。やっぱり女の子は磨かれてさらに輝くものよ。ふふっ、ディランは噂になっても構わないのね。清々しいわぁ」


「噂ってなんですか!?」


 エレンさんの言葉に、何のことかと動揺しました。


「あ、大丈夫、大丈夫。心配しなくていいのよ」


「本当にですか?」


「本当、本当」


 本当に大丈夫なのか、疑いたくなりますが……


「あの、エレンさん。呪い絡みで困ったことになりました。報告したいこともあります」


「そう……ギデオンと一緒に聞きましょうか」


 それを伝えると、エレンさんの表情から笑顔が消えました。


 エレンさんはすぐに知らせに行ってくれて、私が着替え終えて応接室に行くと同時に不機嫌な顔をしたギデオン様も合流して、お二人と向き合うようにソファーに座りました。


 昨日、使い魔を通して見た事を報告します。


「使い魔を、学生が学園から直接向かった場所に侵入させることができました。そこは、どこかの会場で、若い男の人が多くて、みんなでカードゲームをしていました。お金を賭けていたようです。そこでは、麻薬らしき物の取り引きも行われていました。場所を確認しようとすると見つかって……」


 パクパクと、途端に言葉が失われました。


「なるほど、貴女に呪いをかけた人物がいたのね?」


 頷いて答えます。


「俺からエドガーに報告する」


「あら、エドちゃんになら私からするわよ」


「やめろ。今回は、真面目にやれ」


「失礼な。いつも真面目よ」


「ステラは?大丈夫なのか?何か体調に異変はないか?」


「はい、今のところは何も」


「エレン。ステラに変わったところは無いか?」


「そうね。今のところは」


「あと、ディランには何もされなかったか?」


「ディランさん?はい。お世話になっただけで、特には」


「なら、いい。お前はもう、今日は植物園にでも引きこもってゆっくりしていろ。行くぞ、エレン」


「はーい」


「はい。お話しを聞いてくださり、ありがとうございました。」


 ギデオン様とエレンさんが騎士団の詰所へと向かう姿を見送り、私も植物園へ向かいました。


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