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植物園は、学園に行っている間は、時々エレンさんが様子を見にきてくれていました。
何の異常も無いようで、自分の心を慰めるように土を撫でます。
後で、ディランさんにちゃんと話に行った方がいいでしょうか。
お姉様の従姉妹の事を相談して、私の失礼な態度を謝罪して。
ずっと、その事を考えながら土に触れていましたが、でも、私がディランさんに会いに行く必要はありませんでした。
「飯だ。晩飯食いに行くぞ。話がある」
第一部隊長さんに報告を行ったその日の夕方、ディランさんが音もなくやってきたと思ったら、すぐに、連れ出されていました。
今日は強引にではなく、手を握られて連行されていました。
話に行こうかとは思っていたので、会いたかったような、やっぱり会いたくなかったようなと、複雑な心境です。
植物園を出る時、どこから持ってこられたのか、魔法士団のローブを剥ぎ取られて、代わりにレースと刺繍が上品に施されたものをかけられました。
貴族の御令嬢がお忍びで使うようなやつですね。
視界の位置を調整するのにモソモソしていたら、くくっと笑い声がふってきます。
隙間からちらりと見ると、いつもと変わらない様子のディランさんと目が合いました。
そんなディランさんに連れていかれた先は、とても格式高そうなお貴族様御用達の高級料理店でした。
無理です。回れ右したいです。ていうか、しました。
「おぃ、どこへ行こうとした」
首根っこ掴むのやめてください!
必ず掴まないと気が済まないのですか。
「こんなお店のテーブルマナーは身につけていません」
恥ずかしいけど、無理なものは無理です。
「いいんだよ、そんなもんは」
抵抗虚しく、ズルズルと引っ張られていきます。
案内された先は、個室でした。
「個室があるから、ここにしたんだ。別に素手で食べたって見てる奴は俺しかいないよ」
「さすがにこの場で素手では食べませんが……」
「たとえばの話しだ」
椅子の上で小さくなっていると、ディランさんは慣れた様子で注文を済ませていきます。
そこだけ見ると、立派な紳士ではありました。
辺境伯爵家の御令息でいらっしゃいますものね。
横暴な鬼隊長でも、御令息でいらっしゃいますものね。
たとえ、狂戦士でも。
「おい、何か俺の悪口思っているだろ」
料理が揃ったところで、顔を見せろと言わんばかりにローブを剥ぎ取られました。
「いえ、別に……ディランさんが本当に貴族の御令息だったんだなんて思っていませんから」
「言葉にするようになった事を、俺は喜ぶべきか?」
料理を食べるように促されて、口を動かしながら、ディランさんにも視線を向けていました。
ディランさんは、改めて見ると、所作が綺麗でした。
こういう所も、お姉様と並ぶと、釣り合いの取れたお二人なのだろうなって思っていました。
せっかくの高級料理に集中します。
とっても美味しいお食事でした。
黙々と食べて、幸せを噛み締めます。
ディランさんも食事を進めていたので、手元を見つめてしばらく無言でしたが、
「学園で何かあったのか?」
ディランさんの方からその話題を振ってきました。
やはり、先程の私の態度が気になっていたようです。
「先程、アーサー様に報告した件です」
フォークとナイフをお皿に置きました。
「女生徒は、エステルお姉様の従姉妹だそうで、何かお姉様に不利な状況にならないか心配しています。ディランさんに先に相談すればよかったと思っていました」
「あいつはしっかりしているから、気にするな。どうにかなるだろう。それに、もし伯爵家が何かやらかしていて連座だとかでエステル自身に影響があるようなら、うちの親父も黙ってはいないから心配するな。お前はお前のやるべき事をすればいい」
「ディランさんのお父様も、エステルお姉様の事を大切になさっているのですね」
「ああ。うちの兄弟は男ばかりだからな。エステルは親父にしてみたら娘みたいなものだ。だから、安心しろ」
安心すると共に、複雑な心境でした。
お姉様達に辛い思いをさせた元凶の親娘。
もし、ディランさんのお父様が、私の存在を知ったらと思うと……
しかも、今はこうやってディランさんとも関わりを持ってしまっていますし。
男爵家の人達のあの怒りを思い出します。
きっと報復されるわね
何を考えているのか。
また余計な事を考えてしまいました。
今は、そんな事よりもお姉様のことが大事です。
「起きてもいない事を心配するよりも、エステルとはどうだったんだ?」
それも聞いてくれるのですね。
「学園に行くと、すぐにお姉様に会えて、お姉様と一緒にごはんを食べて、お茶会しました。とても……楽しかったです」
「どんな話をしたんだ?」
エステルお姉様を思っているのか、ディランさんの眼差しはとても優しいものになっていました。
「学園で過ごすにあたっての注意事項を教えていただいたのですが、公爵令嬢のアリソン様と、お姉様のやり取りが面白くて、仲の良い様子が伝わってきました。ツンデレ?って、お姉様がアリソン様の事を呼んでいました。親しげにお二人が喋っていたかと思うと、すごく難しいお話をされたりもして、お姉様って、すごく聡明でいらっしゃいますね。お姉様が、すごく楽しそうにされてて、私、それがすごく嬉しくて。お仕事だけど、学園に通えて良かったです。ディランさんが、お姉様のことを色々と教えてくれたから、たくさん話す事ができました。今度、本をお貸しする約束もしました」
一気にたくさん話したのに、ディランさんはちゃんと聞いてくれていました。
ダミアン様に手を握られて困っていたら、アリソン様に助けられて仲良くなれましたって話のところだけ、ディランさんの目つきが鋭くなって、ちょっと怖かったです。
「あと、学食のお料理って、とっても美味しいですね。あれだけでも、学園に通って良かったって思えました」
「ははははは!それは良かったな!何よりも大事な事だからな!」
「大事な事って言うのなら、そんなに笑わなくても!」
抗議の視線を向けても、ディランさんは笑うのをやめるつもりはないようです。
「楽しめる事があるのなら、何よりだ」
「いつまで学園に通うのかはわかりませんが、今だけはお姉様達との時間を楽しんでもいいのでしょうか」
「ああ。存分に楽しめ。本来なら、お前も当たり前に通っていたはずの場所なんだ」
そんな当たり前があったのかもとは想像できませんが、ふと、思い出した事がありました。
「お姉様に、町で一緒にお買い物をしましょうって誘われたのですが、どうしたらいいのでしょうか」
昨日の帰り際のことです。
お誘いを受けたのは。
日にちはまだ決まっていませんが、行く事は決まってしまいました。
「別に行けばいいだろう。買い物くらい普通のことだろ」
「私、でも、町でお買い物とかした事がありません。必要なものは、頼めばエレンさんが買ってきてくれるので」
「お前は、重症だな。そしてあのエレンを買い出しに使えるのはお前くらいだ」
呆れられました。
「学園がお休みの日はお姉様がお忙しいそうで、まだまだ、先の話なのですが」
「なら、その前に予行練習ができるな」
予行練習とは?
ディランさんは、それはそれは邪悪な笑みを浮かべていました。
「予行練習は予行練習だ。見たい物、欲しい物があるのなら考えておけ」
また首根っこを掴まれるような、嫌な予感しかしません。
美味しいデザートをディランさんの分まで私に分けてくれたのだとしても、邪悪な笑みが帳消しになることはありませんでした。
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