キョロキョロと、馴染みのない場所を見回していました。


 もう間も無く、お昼休憩を知らせる鐘が鳴る頃です。


 確か、こっちの方向に第一部隊の詰所があるはずなのですが。


 お城に併設されるように建っている騎士団の建物は、部隊ごとにいくつか分かれており、ここ以外の他の場所にも多く点在しています。


 学園に編入して数日が経ちました。


 今日が初めての休日となります。


 それで、第一部隊の方々は近衛騎士とも呼ばれており、王族をお守りする部隊なのですが、第二王子殿下の学園での状況を報告してきて欲しいと言われたので、ここまでやってきました。


 ジェレミー様には初日に見た事はすでに報告していますが、第一部隊の隊長さんが直接話を聞きたいそうです。


 それでここにいるのですが、詰所となると同じような建物がたくさん並んでいるので迷ってしまいます。


 でも、人に尋ねるのも勇気がいるものです。


 ジェレミー様から、不審者と間違われるから、ちゃんと顔は隠さずに行くことと言われてその通りにしていますが、そこら中にいる騎士さんからチラチラと視線を向けられる事が非常に気になっていました。


 ますます声をかける事ができません。


 やはりこの肌の色が目立つのか、異質な存在に思えるのか。


「おい」


「ひえっ」


 背後から突然声をかけられて飛び上がりました。


 よくよく考えると、ちゃんと知った人の声なのですが、突然声をかけられたことに驚いていたのです。


 音も気配もさせないのはいつもの事だと言っても、慣れるはずがありません。


「こんな所で、どうした?」


 私の姿を見かけたのか、ディランさんが声をかけてくれたようでした。


「アーサー・ギルマン様に直接報告をするようにと、ジェレミー様が……」


「ああ、それならこっちだ」


 ディランさんが一緒に行ってくれるようです。


 それには、とっても安心しました。


 慣れた様子で歩いていくディランさんの後ろを、小走りでついて行きます。


 建物の一つに入ると、角の向こう側から声が聞こえていました。



「これが、尋問でわかったことだ」


「了解した。前々から思っていた事だが、貴殿は普通に喋っているとまともな人間に思えるのに、何故、特にエドガーに対してはあの口調を貫く」


「俺の楽しみのうちの一つだからだ。エドガーはクソ真面目だからからかい甲斐がある。それと、男ばかりの魔法士団では時には女役がいるだろう」



 ディランさんと共に隊長さんの執務室へ向かうと、ちょうどその前でエレンさんとお話ししていたようでした。


 私に気付いたのか、エレンさんが女性と見間違うような微笑みを向けてくれます。


「あらステラちゃん。もしかして学園生活の報告?」


「はい!」


 見知った方々に挟まれると、安心するものです。


「………………君が学園での殿下の護衛を任されているんだね」


 隊長さんと思われる方が、少しだけ疲労を滲ませて私に向き直りました。


「はい。ステラと申します」


「私は、第一部隊の隊長を任されているアーサー・ギルマンだ。君がいる学年に弟が在籍している。使い魔を任されたダニエルだ」


「ダニエル様のお兄様でしたか」


 言われてみれば、どことなく雰囲気が似ていました。


 そして、ダニエル様と同じように物腰が柔らかそうな方です。


「大体のことは聞いているが、君が実際に見て、気付いたことがあれば教えてほしいが」


 なので、スムーズに話し始める事はできました。


「えっと、今学園に通われている登録魔法使いは、ダニエル様以外でいますか?」


「いや、魔法が使える者は他にいないはずだが」


 登録魔法使いとは、グリース王国に住む者で魔力がある場合は必ず国に届け出て登録されなければならず、魔法士団に所属の有無は関係ありません。


「私も、そのようにジェレミー様に確認を取りましたが……」


 ソニアという女生徒はお姉様の親戚関係にある方だから、言っていいものか不安はありました。


 隣に立つ人を見上げる。


「どうした?」


 急に視線を向けたものだから、ディランさんから訝しむように見られます。


「あの……えっと……」


 エステルお姉様に不利な状況になった時、ディランさんに責められたらちょっと辛いなと思う自分がいました。


 エステルお姉様を心配しているのはもちろんなのですが。


 前もって相談した方が良かったのかもと後悔しつつも、自分が任された事を、俯きながら喋りました。


「殿下とよく一緒にいる女生徒をご存知でしょうか」


「ああ。報告は聞いている。殿下に婚約者はいないから、今のところは傍観されている状況だ」


「その女生徒から、妙な気配を感じました。教室にいる時は特に感じられませんでしたが、殿下と二人でいる時に、どの属性でも無い魔力を感じました」


「ダニエルからも報告があった件だね。なるほど、どの属性でもない魔力……当然ながら魔法は専門外だが、こちらでも調べてみよう」


「上手く説明できませんが、気持ちの悪い魔力です」


「ダニエルにはその魔力の性質が判別できなかったようだが、君は気持ち悪いと思ったんだね」


「はい。私が気づいた事は、今のところこれだけです」


「いや、十分だ。君から話を聞けてよかった」


 アーサー様は、労うように微笑んでくれました。


「君に託された事とはまた違った事で、伝えておきたい事がある。これもダニエルから報告があった事だ。学園内で違法薬物の取り引きらしきものが行われているらしい。本来は、情報収集はダニエルの得意分野なのだが、ただ、風属性のダニエルは闇属性の魔法と相性が悪いようだ」


「あ、私の使い魔が一緒だから、ダニエル様は本来の魔法が使えないのでしょうか」


 ダニエル様の風魔法がどういったものかは知らされていませんが、属性の相性は確かにあります。


「そのようだ。だが、それは君のせいじゃない。今回は、王族の護衛を優先させるから、違法薬物の件はこちらで引き続き調査する」


「私も気を付けておきます」


「そうしてもらえると助かる。これは、公にはされていない事だが、学園の卒業生が麻薬中毒で廃人となるケースがいくつか出初めている。在学中に常習者となっているのではと。この一年くらいの間で何かが起きているようだ。併せて気にかけてもらえるといいが」


「わかりました」


「情報共有できた事はよかった。君を推して正解だったよ。また直接報告をお願いするかもしれないが、その時は申し訳ないがここに足を運んでほしい」


「はい」


 報告は以上で終わりましたが、なんとなくディランさんに視線を向けられなくて俯いていると、


「じゃあ、ステラちゃん。一緒に帰りましょうか」


 エレンさんが声をかけてくれました。


「はい。ディランさん、ここまで案内してくださって、ありがとうございました」


 そのお礼も、微妙に視線を逸らしながら言ってしまって、そこでディランさんとは別れたのですが、とても失礼な態度だったと植物園に戻りながら自己嫌悪に陥ってしまっていました。



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