初めての授業は、先生が何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。


 特に数学や、領地の運営についてなどは。


 わからない言葉や記号がたくさん出てきました。


 歴史の授業は面白かったのですが、どこまで真剣に取り組まなければならないのか、先行きは不安です。


 慣れない事に頭をたくさん働かせた私は、お昼頃にはふらふらになっていました。


 机の上に突っ伏してしまいます。


「これくらいで疲れてしまうなんて、どうしたものかしらね」


 顔を上げるとアリソン様が、城壁の如き存在感で立っておられました。


 口調は呆れたように仰っていますが、私に向ける眼差しは保護者のようでもあります。


 アリソン様の向こう側には、近付きたくてもこちらに来られない様子のダミアン様がいて、とうとうダニエル様に連れ出されて行くのが見えました。


「まぁ、仕方ありませんわ。行きますわよ」


 どこへ?と見上げています。


「空腹に耐える修行をなさっているのなら、止めませんわ」


 お昼ごはん!


 勢いよく立ち上がりました。


 午前中の授業が全て終わったので、昼食の時間となるのは必至!


「まぁ。まだそれだけ元気があるのなら十分ですわね」


 アリソン様の後ろについて教室を出たところでお姉様も合流し、向かった場所は、とても広い食堂でした。


 天井が高く、ここも、とても開放的で明るい場所です。


 多くの学生がカウンターで料理を受け取って、自らテーブルへ運んで着席していました。


「ここはどんな爵位の家の者も、自分の事は自分でしなければならないの。公爵家の私も、王家の殿下も、自分の食事は自分で運ぶわ。貴女、そんな事はできないとか言わないわね?」


「はい。いつもしている事なので大丈夫です」


「そう」


「でも、たくさんの種類があるんですね。迷ってしまいます……」


 カウンターの横に置かれている大きなメニュー表には、色々と書かれてあって、中にはどんなお料理なのかわからないものもありました。


「選ぶのが面倒なときは、ランチセットを頼むといいわ。私もいつもそうしているの」


 エステルお姉様がニコニコしながらそう勧めてくれたので、じゃあ私も同じ物をと、それを頼みました。


 ホカホカと湯気の立つランチプレートを受け取ると、四人掛けのテーブルに移動して、アリソン様とは向かい合って、そして私の隣にはお姉様が席に着きます。


「まずはいただきましょうか」


 アリソン様に促されたので、温かいうちに目の前の料理を口に運びました。


「美味しい……」


 高級な食材が使われているのがわかりましたし、この美味しい食べ物が無料なのには感動していました。


 正確には無料ではないのですが、魔法士団の食堂のお食事も大好きですが、学園へ来ればこれが毎日食べられるのなら、頑張って通おうと思えます。


 一心不乱にカトラリーを動かしていると、視線を感じて顔を上げました。


 まず、目の前のアリソン様が、微笑ましいと言いたげに私の事を見ていました。


 続いて隣に視線を移すと、お姉様も同様に。


 食べるのに夢中になり過ぎて、おかしな事をしてしまったのかと焦りました。


「あの、ごめんなさい、私、慣れてないので、どこかおかしな所がありましたか?」


「ううん。マナーはちゃんとしているのに、なんだか食べる姿が可愛らしくて。とっても美味しそうに食べるから」


 美味しそうに食べると、ディランさんに言われた事を、お姉様にも言われてしまいました。


 アリソン様もどうやら同じ事を思っているようで、お姉様の言葉に、うんうんと頷いています。


「デザートはテラスで食べましょうか」


 デザートまで食べられるのかと、食いしん坊認定された事も忘れて、すぐに意識はカウンター横のメニュー表に向かっていました。




 空になった食器類を一度片付けると、今度はデザートプレートとお茶を、外のテラス席に運びました。


 お姉様は特別な時に、お砂糖を三個、お茶に入れて甘くするのが好きだって、ディランさんが言っていました。


 本当にその通りに、お姉様はお砂糖を三個、ぽちゃぽちゃと入れていました。


 という事は、今は特別な時なのでしょうか。


 そのお茶を飲む仕草が、お姉様はとても優雅でした。


 公爵令嬢で王太子様の婚約者のアリソン様と並んでいても、何の遜色もありません。


 お二人の姿は、とても憧れるものです。


 それから、これもディランさんから聞いたことですが、お姉様はハーブクッキーがお好きなようで、確かに好んで食べているようでした。


「ステラは、お休みの日は何をして過ごしているの?」


 お姉様の観察を行なっていると、黙々と済ませたお食事の時とは違い、たくさん質問されていました。


「私は……」


 でも、普段は植物園にしかいないので、特にこれといった話題がなくて、


「草花が好きで……」


「あら素敵。植物に詳しいの?」


「はい」


「それは良い事を聞いたかも。私は、あとは本を読むのも好きよ」


 あ、確か、外国の物語が好きだと聞きました。


「私も、外国の、タリスライト王国の古いお伽噺が好きで、不思議なお話から、怖いものまで」


「あら。興味あるわ」


「エステルさんがよろしければ、お貸ししましょうか?」


「本当?それはとても嬉しい」


「近いうちに持ってきますね」


「楽しみにしてる」


 私達が和やかに話す中、アリソン様は聞き役に徹している様子でしたが、とある時、厳しい表情に変わったのが気になりました。


「殿下はまた、困ったものね」


 アリソン様の視線を追うと、一人の女生徒とダミアン様が並んで歩く姿が小さく見えました。


 今はダニエル様はそばにいないので、その様子を近くで確認することはできません。


 私と同じような距離にダニエル様が見守るように待機されているので、側近となられる方は大変なのだと知りました。


 それで、何が問題なのか考えていると、アリソン様が説明してくれました。


「殿下は女性が好きで、でも、一人の女性と親しくなると、周りが見えなくなるのよ。かと言って、貴女にベタベタと触るのも許せるものではないけど」


「一緒に歩いているあの子、私の従姉妹なのだけど、伯爵家の子でソニアって言うの。入学してからダミアン殿下と親しくなって、ずっと一緒にいるのよ」


 お姉様も、大変困ったように話されました。


 お姉様の従姉妹……伯爵家……


 それで、改めて殿下に視線を向けると、親しげに笑い合う二人の姿が、遠目に見えました。


 やはり、私にはその問題点がまだわかっていませんでした。


 でも、その時、その二人を見た瞬間、ぶわっと肌が粟立ちました。


 気持ち悪い……


 二人の周りに、ゾワゾワとした黒いモヤが見えて、それは私の闇魔法とはまた違ったもので、得体の知れない存在に恐怖を覚えました。


 一瞬で、足元から体が冷えてきます。


「ステラ、大丈夫?顔色が悪いわ」


「あの、はい、少し風に当たり過ぎたみたいで……」


「大変。医務室に案内するわ。病み上がりだって言ってたものね」


 “ダニエル様、あのお二人、様子がおかしいです”


 お姉様に答えながらも、使い魔を通してダニエル様に話しかけていました。


『どういう事?』


 “変な気配があります。ダニエル様からは確認できませんか?”


『僕にはいつもと同じように見えるけど……あ、でも、えっと……縛られてる……?ああ、そうだね、何か様子が変だ。僕が、二人に話しかけてくる』


 ダニエル様が、すぐにお二人の所に近付くのが見えました。


 途端に、黒いものは見えなくなります。


 殿下が不機嫌な様子でダニエル様を見ていますが、この場でとりあえずは、二人の間に介入する事には成功していました。


 何が起きていたのか。


 私にはまだ、何もわかりません。


 やっぱり学園生活は、平穏無事には終わりそうにありませんでした。





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