6
トボトボと歩いていました。
これから何が起きるのか。
協力とは何をさせられるのか。
たった一日で目まぐるしく状況が変化してしまいました。
いやいや、そもそもディランさんの言うことなんか聞かなければいいのです。
魔法の一件についてだけは、大きな男の人が怖い顔で迫って来たら、逃げたくなるのは当然なのですから!
正当防衛!
正当防衛を主張します!
だいたい、年下の婦女子を脅すとは、騎士の風上にも置けません。
鬼!
悪魔!
部屋に戻るために廊下を歩きながら、心の中で罵詈雑言を叫んでいると、
「ステラ」
「ひゃい」
突然名前を呼ばれて、飛び上がっていました。
心の声が漏れ出てはいなかったかと焦って振り向くと、ギデオン様でした。
「で、本当に俺に言うことはないんだな?」
また、同じ事を尋ねられました。
「しつこいと、娘に嫌われるわよ。ギデオン」
その横にはエレンさんもいて、茶化すように言いますが……
ディランさんとの植物園でのやり取りは、特に報告する事でもないですし……
特に思い当たる事はと首を傾げると、ギデオン様は真面目な顔で言いました。
「ディランは、お前の呪いのことを知っているのか?それとも、あいつに関係があることなのか?」
「いえ、ディランさんは何も知りませんし、関係もありません」
私の呪いは、あの魔女との関係は、私自身の問題なので、ディランさんも、もちろんエステルお姉様も関係ありません。
あの魔女とオードリー様の関係は日記に書かれた事でしかわかりませんが、魔女はこの呪いを通じて私を見ています。
監視しているのか、観察しているのか、魔女から興味本位の視線が向けられているのを時々感じます。
どこで何をしているのかわからない魔女。
でも魔女は、いつでも私の事を知る事ができる。
私の様子を知る事が……
「あら可哀想。関係ないって、彼、蚊帳の外なの?アレだけステラちゃんの事を気にかけているのに」
おどけたように言ったエレンさんを、ギデオン様が射殺すように睨みました。
蚊帳の外……蚊帳とは虫除けのテントで、その外側にディランさんがいると言う事でしょうか?
エレンさんは、時々変わった言い回しをします。
「さっき、ディランのやつ、妙なことを言ってきたぞ」
「妙なこと?」
「お前の同意は得たと」
取り引きのことでしょうか?
「はい、確かにディランさんとは約束しました」
正確にはちゃんと返事をしたわけではありません。
でも、あれ以上拒否をしたり逃げたりすれば、どんな強硬手段に出るか。
「エレン。前もって施しておく身を守る魔法は無いのか」
「あらー、そんなに心配しなくても大丈夫よ。お赤飯炊いて待ってあげていたら」
えっと、お赤飯とは遥か東方の国から商人によって持ち込まれた食べ物で、お祝い事の時に食べる物でしたでしょうか?
ギデオン様はさらに不機嫌になりました。
「シャーリーの所で酒飲んでくる……」
シャーリーさんは魔法士団の食堂で働いている女性で、実家の酒舗も時々お手伝いされています。
ギデオン様はその酒舗へ行かれるようです。
心なしか、その背中に哀愁が漂っています。
「ギデオン様、どうしたのでしょうか」
「いいの、いいの、放っておきなさい。男親がいつかは必ず通る道なのだから。それよりもステラちゃん。新しいお洋服があるから、明後日はそれを着るといいわ。後でお部屋に届けてあげるわね」
「明日ではなくて、明後日ですか?」
「ええ。そうよ。じゃあ、後でね」
ん?と頭に疑問符が浮かびましたが、そこでエレンさんとは別れて出入り口へと向かいました。
執務室や会議室、研修室に植物園がある詰所と呼ばれている建物を出て、営舎の方へと足を向けると、視界の端に何かが映って思わず振り向きました。
たった今出て来たばかりの建物の壁に、腕を組んで寄りかかっているディランさんがいたのです。
訓練用の服に着替えていて、腰には刃を潰した剣を所持しています。
夜通し任務に就いて、帰ってきたかと思えば魔法士団に突撃して、さらに今まで訓練に励んでいたのでしょうか。
タフ過ぎる事には感心しますが、今度は何ですかと、身構えます。
真っ直ぐに姿勢を正したディランさんは、真面目な顔でそれを告げてきました。
「ステラ、明後日は休みだそうだな?朝から遠乗りに行く。準備はやっとくから、始業の鐘が鳴る頃、魔法士団の営舎の門前で待っていろ。いいな?」
それは、目的も行き先もわからない突然のお誘いでした。
断っていいですか?
「断るなよ」
声に出す前に釘をさされました。
拒否権はないのですね。
軍法会議が頭をよぎります。
何の言葉も発する間も無く、言いたい事を言ったディランさんは、スタスタと去って行きます。
その背中を見送り、嫌だ、行きたくない、何で私をと、半泣きになりながら営舎へと帰りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます