トボトボと歩いていました。


 これから何が起きるのか。


 協力とは何をさせられるのか。


 たった一日で目まぐるしく状況が変化してしまいました。


 いやいや、そもそもディランさんの言うことなんか聞かなければいいのです。


 魔法の一件についてだけは、大きな男の人が怖い顔で迫って来たら、逃げたくなるのは当然なのですから!


 正当防衛!


 正当防衛を主張します!


 だいたい、年下の婦女子を脅すとは、騎士の風上にも置けません。


 鬼!


 悪魔!


 部屋に戻るために廊下を歩きながら、心の中で罵詈雑言を叫んでいると、


「ステラ」


「ひゃい」


 突然名前を呼ばれて、飛び上がっていました。


 心の声が漏れ出てはいなかったかと焦って振り向くと、ギデオン様でした。


「で、本当に俺に言うことはないんだな?」


 また、同じ事を尋ねられました。


「しつこいと、娘に嫌われるわよ。ギデオン」


 その横にはエレンさんもいて、茶化すように言いますが……


 ディランさんとの植物園でのやり取りは、特に報告する事でもないですし……


 特に思い当たる事はと首を傾げると、ギデオン様は真面目な顔で言いました。


「ディランは、お前の呪いのことを知っているのか?それとも、あいつに関係があることなのか?」


「いえ、ディランさんは何も知りませんし、関係もありません」


 私の呪いは、あの魔女との関係は、私自身の問題なので、ディランさんも、もちろんエステルお姉様も関係ありません。


 あの魔女とオードリー様の関係は日記に書かれた事でしかわかりませんが、魔女はこの呪いを通じて私を見ています。


 監視しているのか、観察しているのか、魔女から興味本位の視線が向けられているのを時々感じます。


 どこで何をしているのかわからない魔女。


 でも魔女は、いつでも私の事を知る事ができる。


 私の様子を知る事が……


「あら可哀想。関係ないって、彼、蚊帳の外なの?アレだけステラちゃんの事を気にかけているのに」


 おどけたように言ったエレンさんを、ギデオン様が射殺すように睨みました。


 蚊帳の外……蚊帳とは虫除けのテントで、その外側にディランさんがいると言う事でしょうか?


 エレンさんは、時々変わった言い回しをします。


「さっき、ディランのやつ、妙なことを言ってきたぞ」


「妙なこと?」


「お前の同意は得たと」


 取り引きのことでしょうか?


「はい、確かにディランさんとは約束しました」


 正確にはちゃんと返事をしたわけではありません。


 でも、あれ以上拒否をしたり逃げたりすれば、どんな強硬手段に出るか。


「エレン。前もって施しておく身を守る魔法は無いのか」


「あらー、そんなに心配しなくても大丈夫よ。お赤飯炊いて待ってあげていたら」


 えっと、お赤飯とは遥か東方の国から商人によって持ち込まれた食べ物で、お祝い事の時に食べる物でしたでしょうか?


 ギデオン様はさらに不機嫌になりました。


「シャーリーの所で酒飲んでくる……」


 シャーリーさんは魔法士団の食堂で働いている女性で、実家の酒舗も時々お手伝いされています。


 ギデオン様はその酒舗へ行かれるようです。


 心なしか、その背中に哀愁が漂っています。


「ギデオン様、どうしたのでしょうか」


「いいの、いいの、放っておきなさい。男親がいつかは必ず通る道なのだから。それよりもステラちゃん。新しいお洋服があるから、明後日はそれを着るといいわ。後でお部屋に届けてあげるわね」


「明日ではなくて、明後日ですか?」


「ええ。そうよ。じゃあ、後でね」


 ん?と頭に疑問符が浮かびましたが、そこでエレンさんとは別れて出入り口へと向かいました。


 執務室や会議室、研修室に植物園がある詰所と呼ばれている建物を出て、営舎の方へと足を向けると、視界の端に何かが映って思わず振り向きました。


 たった今出て来たばかりの建物の壁に、腕を組んで寄りかかっているディランさんがいたのです。


 訓練用の服に着替えていて、腰には刃を潰した剣を所持しています。


 夜通し任務に就いて、帰ってきたかと思えば魔法士団に突撃して、さらに今まで訓練に励んでいたのでしょうか。


 タフ過ぎる事には感心しますが、今度は何ですかと、身構えます。


 真っ直ぐに姿勢を正したディランさんは、真面目な顔でそれを告げてきました。


「ステラ、明後日は休みだそうだな?朝から遠乗りに行く。準備はやっとくから、始業の鐘が鳴る頃、魔法士団の営舎の門前で待っていろ。いいな?」


 それは、目的も行き先もわからない突然のお誘いでした。


 断っていいですか?


「断るなよ」


 声に出す前に釘をさされました。


 拒否権はないのですね。


 軍法会議が頭をよぎります。


 何の言葉も発する間も無く、言いたい事を言ったディランさんは、スタスタと去って行きます。


 その背中を見送り、嫌だ、行きたくない、何で私をと、半泣きになりながら営舎へと帰りました。






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