植物園の木製の扉を後ろ手に閉めました。


 誰かが追ってくる気配は無いようです。


 ここは、魔法士団の敷地の奥まった所にあって、通路から見たらただの部屋の入り口です。


 ここにいれば見つからない。


 動揺を押し隠して、心を鎮めるように植物達の世話を始めました。


 しばらく作業に没頭していました。


 でも、どうして、こんな状況にと……


 ここは大丈夫だと、油断してました。


 ふと、扉の方に視線を向けて、“ひっ”と小さく悲鳴を漏らしてしまいました。


 作戦を変えたのか、ディランさんが音も立てずに一つしかない扉の前を陣取っていたのです。


 いつの間に入ってきたのか。


 どうやって入ってこれたのか。


 今日は、何が何でも逃がさないとの意思を感じました。


 扉を背に立ち、腕を組んで私の手元をずっと見ています。


 作業の邪魔をする気はないようですが、これが終わると何を言われるのか。


 コソコソと移動して、大きな木の後ろに隠れました。


 隠れても、ディランさんの視線はこっちに向けられています。


 扉の近くに置いてきた使い魔が、それを確認しました。


「ステラ、本当に怪我は大丈夫なのか?」


 ディランさんを見ていた事を見透かしたように声をかけられてしまい、


「わ、私はステラではありません。でも、怪我は完治していますのでお気遣いなく」


「そうか……誤魔化さなくていい」


 すぐ様否定はしてみたものの、ディランさんは確信を得ているようにジッと私のいる方向を見つめています。


 どうしようと、辺りを見回します。


 私がわずかに逃げる気配をさせたのが気に障ったのか、こっちに近づいて来たので、ディランさんの足元を影で縛って扉から逃げようと算段すると、それを見越したように、一瞬で距離を詰められていました。


 瞬間移動のような速さに、今度は私の魔法が置き去りです。


 さすが、鍛え抜かれた騎士でした。


 あっと言う間に目の前に来たディランさんは、私のフードを取りました。


 構える暇もありません。


「ようやく、顔が見れたな」


 私も、大人になったディランさんの顔を、初めてまともに近くで見ました。


 紫の瞳には、目を見開いた私が映っています。


 いつぶりかわかりません。こんなに間近で人と見つめあったのは。


「ステラだ」


 存在を確かめるように名前を呼ばれます。


「顔を隠すな。もったいない」


 観念しました。


「……ごめんなさい。私を、あの時、助けようとしてくれたのに、あなたと最後まで一緒にいなくて。ディランさんを置いて、隠れて、逃げて」


「いい。お前が無事なら、それでいい。でも、何でこんな所にいるんだ。エステルに会うつもりはないのか?」


 首を振って答えます。


「エステルの事を恨んでいるのか?」


 顔を上げて、とんでもないと、ぶんぶんと首を振りました。


「そうか」


 ディランさんは安心したように微笑み、それは初めて見せる、とても優しい表情でした。


 お姉様のことをとても大切に想っているのが伝わってきました。


 それに、ほんの少し一緒にいただけだった私の無事も、喜んでくれています。


 この人はこういう人なのだと、すぐに理解できました。


「私の方こそ、お姉様に恨まれて当然なのです」


「それは無い。エステルは、お前がいなくなって抜け殻みたいになっていたんだ。ステラが生きている事を知れば喜ぶはずだ」


「ダメです。もし、あなたがお姉様に私の事を話すのなら、あなたを呪い殺して、私も死にます。他の人にだって知られたくないです」


「エステルに遠慮しているわけではなくて、それ以外の理由があるのか?」


「理由は言えませんが、私は、私が生きていると知られるのが怖いです」


「生きているのを知られると……?じゃあ、父親にもあれから会っていないのか?」


「はい。お父様もお姉様も、私は死んだと思ったままで構いません」


「…………そうか、わかった。ステラが望まないのなら、エステルには黙っている」


 そこで安堵したわけですが、気になる事はありました。


「お姉様は元気にされているのでしょうか?抜け殻とはどう言う意味ですか?」


「ステラの葬儀が終わって、数年は何もできないくらい元気がなかった。でも今は経済的にも独立して忙しそうに過ごしている。エステルは、去年から王都にある学園に通い始めているな」


 心配な事もありますが、お姉様の近況が聞けて嬉しくなりました。


 すぐ近くの学園に通われているのなら、遭遇しないように気をつける必要がありますが、それでも元気でお過ごしならなによりでした。


 学園の制服姿は素敵だろうなぁって、緩んだ表情を見られている事も気付かずに、お姉様の事をアレコレ考えている、そんな私は忘れていたのです。


 目の前のこの人に、先程何をしたのかを。


「ところで、城の敷地内で攻撃魔法を使った場合、処罰されるのは知っているな?」


 現実に引き戻されて、顔を向けると、ディランさんは、それはそれは恐ろしい微笑を浮かべていました。


「被害者である俺は、お前を如何様にもできる」


 先程の、エステルお姉様を想っての優しい表情とは打って変わって、腕を組んで見下ろす様は、上納金を要求する裏社会の人のようでもありました。


「暴行罪、傷害罪、殺人未遂、内乱罪、反逆罪。どれがいいか?」


 ダラダラと嫌な汗が出てきます。


 ん?と返答を求められて、動揺を隠せずに視線が彷徨っていました。


「上には黙ってやっててもいいが、騎士の俺が嘘をつくのもなぁ……」


 ディランさんは白々しくも、悩ましげな風を装って頭を押さえています。


 記憶の中のお兄ちゃんはもっと真っ直ぐなイメージでしたが、随分と捻じ曲がって育ってしまったようです。


「お前は俺と取り引きする気はあるか?」


 悪魔と取り引きですか。


「嫌なら、第二部隊の隊長にお前の事を告発しなければならない。そうなれば、軍法会議にかけられ、素性やら何やらを徹底的に調べ上げられ……」


「脅迫ですか!」


「いやいや、取り引きだ。お前は今後、俺の求めに応じて協力をしなければならない」


「協力……?」


「それから、俺と二人の時は必ず顔を合わせて目を見て話すこと。フードを被るな。顔を隠すな」


「二人になる状況を、今後も作ると言う事ですか!!」


「あぁ、そのつもりだ」


 ディランさんは、怖い微笑みをやめません。


「今度は、絶対に、逃がさないからな」


 最後にそれを言うと、涙目の私を置いて、ディランさんは満足したように帰って行かれました。


 どうして、こんなことになったのでしょう……




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