第63話 イケメンと陽ギャ
――神聖ヴァハデミア共和国政府本庁格納庫(裏門)
修理を待つ旧型魔動車、導入を待つ新型魔動車が並ぶ車庫の奥に、ショーコ達四人とベネディクト議員の姿があった。
ここで、魔族討伐任務へ臨むブリーフィングが行われる。極秘の任務故、人目につかない場所が望ましいのだ。
「いやあ、皆さんよく似合っていますな。汚した場合はクリーニング代払ってもらうがね」
ベネディクト議員がスーツ姿の四人をおだてる。
ジャケットの前ボタンも開けっぱなしのマイ。サングラスの下には不機嫌そうな表情が隠されている。
クリスはジャケットどころかシャツの首元も留めず、裾も出してネクタイすらしていない。見るからに不良な感じだ。
キチンと着こなしているのはフェイ一人。普段からスーツな上、几帳面な性格も相まって三つ星ホテルマンのような佇まいだ。
だがその隣のショーコはネクタイも歪みまくり。子供が背伸びしてスーツを着ている感がバンバンに出ている。見事なまでにデコボコな四人組だ。
「ショーコさんとペアルックが出来て嬉しいです」
「フォーペアだけどね。いやビジネススーツにペアルックって概念あんの?」
「いい加減機嫌直せよマイ~。けっこう似合ってるぜ。赤ん坊の頃からその格好だったみてーだよ。スーツ着る為に生まれてきたって感じ」
「それ以上ウザ絡みすると奥歯全部へし折るからな」
わちゃわちゃする四人に、ベネディクトが咳払いをして注意を引いた。
「話を進めてよろしいかな。こちらで武装の類も用意したので自由に使ってくだされ」
ベネディクトが右手を挙げて合図を出す。床が開き様々な武器が並べられた陳列台が複数せりあがってきた。さらに格納庫の壁が反転し、同様に多様な武器が顔を見せる。
「わ……すごい。スパイ映画みたい」
剣、斧、槍、弓、破壊球、石鎚、鉤爪、盾……ハルバードやモーニングスター、何故かヨーヨーや
その中で、クリスはとある武器に目が留まった。
「あっ! ヴァンピード!」
かつて彼女がそう名付け、使用していた武器。引き金を引き、殺傷能力の高い弾丸を打ち出す、扱いやすくも恐ろしい凶器。
クリスが扱っていたのはハンドガンタイプだったが、それだけでなく銃身の長い狙撃用の物や散弾銃、連射式といった様々な型が用意されている。
「それは“転移者”様発案の“ジュウ”というものですな。一般には流通していない、特製の武器ですな。持ち運びにはこの魔法陣を使うといい。空間魔法が印されていて、様々な物資を携行できますぞ」
クリスはベネディクトから紙切れを受け取る。そこに描かれた魔法陣に手を当てると陣が光り始めた。
陳列台に並べられた銃を魔法陣に
あらゆる型を一通り収納し、再び触れると発光が止んだ。紙切れを折り畳んで持ち運べば、いつでもどこでも取り出せるわけだ。
「引越し業者が泣いて悔しがるなこりゃ」
「四次元ポッケだあ」
ショーコはポソっと呟いた。
「“新しい転移者”様もどうぞ武器をお取りに。どれでもレンタル無料ですぞ。壊した場合は買い取ってもらうがね」
「微妙にケチだな……でも確かに、私もなんか持ってた方が――」
ショーコは手前の剣を手に取ってみたが――すげえ重い!
「んぐほッ! すげえ重い!」
当然だ。鋼の塊だもん。
漫画やアニメでは片手でヒョイヒョイできるものだが、ノーマルピーポーのショーコにはできるわけがねーのである。
「い、いや、そもそも私ゃ武器なんて必要ないもんね。身を守る用に盾でも装備した方が――」
今度はホームベース形の盾を手に取っ――すんげえ重い!
「すんげえ重い!」
「お前一人でよくそんな騒げるな」
「こんな重いの持ち歩くなんてやってられんよ! 夏休み前に置き勉の教科書や図工の作品や植木鉢全部持って帰る時みたいな苦しみ! こりゃダミだ。やっぱ私には剣も盾もいらないや」
ブーたれながらショーコは陳列台に盾を戻した。
「まさか無手で魔族と戦うおつもりで? いくら“転移者”殿とはいえさすがに無茶では」
「あー大丈夫大丈夫、私は戦わないし、何があってもみんなが絶対守ってくれるから」
「……なるほど、随分とお仲間を信頼しているのですな」
マイは僅かに口角を上げ、クリスは鼻を鳴らし、フェイは嬉しそうに笑った。
「まあ、確かに“新たな転移者”殿の手を煩わせることはほとんどないか。“彼等”も同行するのだから」
「かれら……?」
「すみません。お待たせしました」
――後方からの声。
振り向くと、二人の男女の姿があった。
二人共、レオナと同じように、胸や肩、腰など身体の各部に鎧のような装甲を纏っている。
一人は見るからに爽やかそうな金髪の好青年。いわゆるイケメンというヤツ。
もう一人は黒髪にカラフルなメッシュが入った快活そうな少女。
「少々準備に時間がかかりまして、皆さんの貴重なお時間を奪ってしまったことをお赦しください」
「ウェーイ! みなさんお待ちかねぇ~↑? ヨーカちゃんが来ましたよ~☆ ちょい遅なってメンゴな。メイクに手間かかってな。オトメはオシャレが命やかんね!」
「!」
二人共、装甲を纏った点は共通しているが言動は真反対だ。
一方は礼儀正しい騎士っぽいが、一方はまるで騎士らしくない。いわゆるギャルというヤツだ――いや、なんで異世界にギャルがおるのだ。
「任務に同行させてもらう、強力な助っ人というやつですな。二人とも十三騎士団の一員ですぞ」
「ぎ、ギャルだ……ギャルがいる……」
ファンタジー異世界に似つかわしくないギャルの登場にワナワナするショーコ。
が、どういうわけかクリスも同様に動揺する。
「ちょ、ちょっと待てぃ! 同行するって……コイツらがか! そんな話聞いてな――」
「クリ
クリスが言い終える前に、メッシュ頭のギャルが彼女の土手っ腹にタックルをかました。
「うぐぇっ!」
「ひっさしぶり~~~クリ姉~~~☆ ガチでオヒサじゃん! なっつゥ~! 四年ぶり? 五年ぶり? とりま感動の再会に涙チョチョ切れまくりすわ~~~↑↑↑」
クリスの胸に顔を押しつけ、グリグリするメッシュギャル。
それを微笑ましく眺めながら金髪イケメンが言う。
「久しぶりですね、クリス姉さん」
二人が口にした意外な言葉をショーコは聞き逃さなかった。
「姉さんって……もしかして――」
「自分は、神聖ヴァハデミア共和国十三騎士団が一人、カイル・ウォーシャンと言います。よろしくお願いします。みなさんには姉がお世話になっているそうで、本当にありがとうございます」
「ウチはヨーカ! ヨーカのウォーシャンやっ☆ よろピコな!」
爽やかイケメン――カイルは綺麗な姿勢で頭を下げ、陽ギャル――ヨーカはポーズとともにウィンクをバチコーンとキメた。
「キャラの温度差がすごい……」
「お二人もクリスさんの弟さんと妹さんなんですね」
「元! だ!」
フェイの言を力強く訂正するクリス。
「えー、んなサガること言わんとってよクリ姉~↓ ウチらズッ
「るせー! お前らと組むなんざゴメンだ! 田舎に
抱きつくヨーカを振りほどこうとするクリス。顔をぐにぐにされながらも離すまいとするヨーカ。
「あーん☆ オヤメになって~」
「まあそう邪険にせずに。カイル卿とヨーカ卿はそれぞれ魔族討伐任務に従事したことがあるので、その経験と知識が役に立つはずですぞ」
ベネディクトの言にカイルが続く。
「姉さんが我々を嫌っているのは承知しています。ですが今は魔族を討つのが先決。どうか同行を許してくれませんか。この通りです」
「っ! オネシャス!」
深く深く頭を下げるカイルを見て、慌ててヨーカもそれに倣った。
「……チッ! 仕方ねー。カイルは目上のモンには逆らわねーし、ヨーカもアタシを崇拝してるから大目に見てやる。だが
「ヤッター☆ クリ姉大好き~! マジあざみじゅうばん! 愛してるぜベイベ☆」
「……あ、あの~……ところでそのハチャメチャな喋り方は一体……」
ヨーカのわけわかんねー物言いに、ついに我慢できなくなったショーコは禁忌の疑問に触れることにした。
「あ~コレな? 初見はみんなビビるわな。コレな、“転移者”様がな、自分の世界にはこ~ゆ~喋り方する人もいたよ~ってチラッと言ってたらしくてな、ウチらみたいな若いオトメ連中がな、それをヒントにな、自分らなりにこんなんちゃうかって作った言葉なんスわ。普通とちょっと違うけど、ヒトと違うのってカッコイイじゃん? イケてるやん? 泣けるやん?」
つまり“最初の転移者”がギャル語の存在をほのめかして、それを基にこの世界独自に発展したギャル語……ということらしい。
ショーコの世界のものと似てはいるが、ところどころおかしいのはそもそも別物故。
日本刀にそっくりなマイの刀剣や、カンフーにそっくりな武術ジェン・チーなど、異世界同士でありながらそっくりなものに進化、発展することがままあるようだ。
「っちゅか“新しい転移者”様ってスゲー若いやん! もっとアダルティーと思ってた↑ えっ何歳? 自分何歳?」
「えぁ……じゅ、十六歳です」
「マ!? それマ!? ウチとタメやん! え~めっちゃテンション上がる~↑↑↑」
屈託の無い笑顔でショーコに抱きつくヨーカ。
元々ショーコはギャルという属性に若干の苦手意識を持っていたため、ちょっと引き気味だった。
「ヨーカ、あまり
カイルに嗜められたヨーカはショーコから離れ、ビシッと敬礼ポーズを取った。
「は〜い☆ おけはざま〜♪」
「なんで異世界で桶狭間って単語が出てくるの……」
ベネディクトが再び咳払いをし、話を戻す。
「では、そろそろ出発してもらいますかな。
ベネディクトの示す方へ目を向ける。魔動二輪車――ショーコの世界で言うバイクが複数台並んでいた。
「えっ、ちょ待って。私免許持ってないからバイクなんて乗れないよ」
「そんなもの不要ですぞ。まあ運転するにはそれなりにバランス感覚と慣れが必要ではあるが」
「それもどっちも持ってないんですけど」
「わーい♪ カイ
「ヨーカ、女の子がおケツなんて言わないほうがいいよ」
魔動二輪車に跨がるカイル。後に相乗りするヨーカ。
それを見ていたフェイは「なるほど」と頷いた。
「ショーコさん、私のうしろ、空いてますよ」
「あ、ごめんフェイ。クリス、うしろ乗っけてくれる?」
「アタシを選ぶとはわかってんじゃねーか」
「クリスはゴリラみたいな筋肉してるから細身のフェイより安心感あるし」
「ド突き回すぞ」
ショーコとのタンデムの夢が破れたフェイはシュンとした。
「……シュン」
クリス、フェイ、マイ、カイルがそれぞれの魔動二輪車の鍵を回す。
魔法式エンジンに火が入り、咆哮を上げる。車体から振動が伝わり、なぜか気分が高揚してくる。
機械の鼓動が、乗る者の魂を鼓舞する……それが
「……」
――ふと、ショーコは周囲を見回した。
傍には様々な格闘術に精通したエルフ、世界を救った剣士、目の前には山をも震わすハードパンチャー。
それに加えて、世界最強と呼ばれる十三騎士団が二人。
改めて思う。私、必要なくね? と。
もちろん危険な場所に行きたくないというのもあるが、このメンバーに自分がいる意味が感じられなかった。
レオナに背を押された時はついノせられてしまったが、今になって思えば自分に何かができるとは到底思えない。
何の役にも立たない無能な自分が、皆の足を引っ張るのではないか……そう思えて仕方ない。
「あの……やっぱりこれ、私いらないんじゃない……? むしろお荷物なんじゃ……」
「なにを言っているショーコ」
マイが答える。
「お前がいなければ、誰が私達を笑わせる?」
「……!」
その言葉に、どこか救われた気がした。
「……でへ……でへへへ」
照れくさそうに笑うショーコ。
フェイとクリスも小さく笑った。
「なんなんめっちゃ仲良さげじゃん。いいな~。カイ兄もウチのことホメ倒して」
「ヨーカはよく頑張ってると思うよ」
「よっしゃ、そんじゃ魔族の連中にカチ込みかけるとすっか!」
クリスがアクセルを吹かす。
元魔王城の裏門がゆっくりと開く。
四台の
……悪いモンスターを退治する為に。
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