第62話 お前がやらねば誰がやる

「……えーっと……ごめんなさい、昨日の晩なに食べたっけって考えてて聞きそびれちゃいました。あの……な、なにをしろって言いました……?」


 ショーコの問いにレオナが答えようとした時、部屋の扉を二度叩く音が聞こえた。

 レオナが小さく「うん」と呟くと、扉を開けて一人の男が入室した。


「失礼、遅れましたな」


 ショーコはその顔に覚えがあった。先日、魔動車ターミナル前で群衆を煽る扇動集団ジョナ達と衝突していた評議員――ベネディクト・ガルシアだ。

 『え? そんな人いたっけ?』と思うのも無理はない。その場限りの登場で特に目立った活躍もなかったもんね。

 気になる人は第四十四話を見返そう!


「彼は魔族対応部門の責任者ベネディクト・ガルシア評議員だ。議員、例の情報データをもらえるかな」


 ベネティクトが小さく頷き、一枚の紙切れを卓上に置く。

 そこに描かれた魔法陣が光を放ち、何らかの文字情報が表示された。


「神聖ヴァハデミア共和国では、過去十年間で十一名の市民が行方不明となっております。これは彼らに関する資料ですが、失踪するような動機は一切無い者ばかり。何の前触れもなく突然姿をくらましている。我々の見解では……彼等は“魔物に攫われた”と睨んでおります」


「えっ……さ、攫われたって……認めちゃうんスか?」


「ええ、魔族対応部門を担当する身としては不本意ですがな」


 彼は公衆の面前では『魔物が市民を攫っている』という陰謀論を否定していたが、今、この場では認めた。

 その表と裏・・・の違いにショーコはゾっとした。


「捜査の結果、南方の離れ山に魔族の残党が巣くっているという情報を掴みました。数は把握できていないが、一種の集落コロニーを形成している可能性すらある」


 ベネディクトが指を回し、今度は魔法陣上に立体的な地形図が現れる。

 そこに映されたのは、三つの山々が連なる山岳地帯の俯瞰図だった。


「共和国政府は三度に渡って調査団を派遣しましたが、命からがら帰ってきた者は皆口を揃えてこう報告しております。『あの山にはドラゴンが居る』と」


 ベネディクトの説明にレオナが付け足す。


「調査団の記録映像を見たところ、“ファーヴルム級アークドラゴン”が確認された。一匹で中規模国家を滅ぼして余りある力を持っている魔物だ。共和国にとって脅威であり、一刻も早く対処せねばならない問題というわけさ」


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って。そのなんとか級なんとかドラゴンとかよくわかんないんスけど……ま……まさか……」



「そう、さっきも言ったように、キミ達にそのドラゴンの討伐を依頼したいんだ」


「なっ!? ンなっ……! ンにゃんだってえええぇぇぇーーー!?」



 おそらく、くだんのドラゴンとはショーコ達が共和国上空で遭遇した巨大ドラゴンと同一個体だろう。

 思い出しただけで背筋が凍る。あまりに巨大で、あまりに恐ろしい存在。

 ショーコにとってはトラウマと言って差し支えない相手だ。

 そんなドラゴンを討伐しろなんて依頼、受けるハズがない。考えるまでもなくお断り。


 しかし、ショーコが返答するよりも早く――


「断る」


 ――意外にもマイがすぐに返事を返した。


「以前にも言ったはずだレオナ。私は魔族の残党狩りはしない」


「お前ならそう言うと思ったよ。だが今は急を要する事態なんだ」


「私は『断る』と言ったんだ」


「……マイ」


 いつになく険悪な雰囲気を醸し出すマイ。場の空気が張り詰め、緊張が走る。

 見かねたのか、フェイが口を挟んだ。


「実は私達も共和国上空で大型ドラゴンと遭遇しました。地上の方々は気づいていない様子でしたが……」


「ああ、ヤツはこの半年間で少なくとも八度は共和国の領空を飛び回っている。我々が認識阻害の魔法を行使しているおかげで一般市民は上空をドラゴンが飛んでいることなど知りもしないが、いつ何らかのキッカケで気付くかもわからない」


 レオナの発言にマイの顔色がさらに曇った。

 共和国の人々がドラゴンの存在に気付かなかったのは、ドラゴン自身が地上から視認されないよう魔法を駆使しているのだと思っていた。

 だが実際は、共和国政府が地上の人々に魔法をかけていたというのだ。


「……市民の目を眩ませ、都合の悪い真実を隠してるということか」


「それは言い方の問題だよ。知る必要のないことは知らない方がいい。不安になるだけだ」


 レオナの言うことはもっともだ。いつ何時なんどき、上空から災禍の炎が吹き荒れ、平穏な暮らしが灰燼と化すかわからないと知れば大混乱となるだろう。

 だが、それでも市民を騙していることに違いはない。それは純情なショーコにとって、そしてマイにとっても、どうにも気持ちの悪いものがあった。


「そんなウソなんてつかないで全部正直に話せばいいのに……」


「真実を話せばこの国の平穏は失われてしまう。我々の使命は平和を守り続けることだ。共和国だけではない、この世界全ての平穏を維持しなければならない使命がある」


 レオナの表情が、固く険しいものへと変わる。


「創世以来、五千年に及ぶ魔族との争いが終わって十五年……ようやく戦後の混乱も安定し、世界はより良き世界へと向上しつつある。そんな中で……再び魔族に平和を脅かされるようなことは絶対にあってはならない! どんな手を使ってでもこの平穏を守り切らなければならないんだ! どんな手を使っても……!」


 ショーコは気圧された。レオナの凄みに。レオナの強い意志に。


 彼女の“平和を守る”という強い覚悟は、初対面であるショーコにもひしひしと伝わってきた。

 彼女は本気で、何に変えてでも世界の平和を守り抜くと決意しているのだと理解した。


「市民が真実を知る前に手を打たねばならない。なんとしてでも魔物を殲滅しなければならないんだ。だからこそ“転移者”であるキミの力を借りたい。キミが本当に異世界からの“転移者”であるのなら、キミな特別な存在・・・・・なんだ。だから私は、マイ達だけでなくキミにも頼んでいるんだ、ショーコくん」


「っ……で、でも……みんな私に勝手に期待して色々頼み込んでくるけど、私ゃなんのスキルもチート能力も持ってない、英検も漢検も持ってないし因数分解だって出来ないただのジョシコーセーなんだよ。そんなザコザコJKにドラゴン退治なんて……」


「ショーコ、引き受ける必要などない。私達には関係のない話だ」


 たじろぐショーコに助け船を出すかの如く、マイが間に割って入る。

 頑なに拒み続ける彼女に、レオナは小さく息をついた。


「…………出来ればこの情報は明かしたくなかったが……先日、新たな行方不明者が出たんだ」


 マイの顔色が変わる。


「国内が評議員選挙に躍起になっている隙に、子供達が南方の離れ山に遊びに出かけたらしい。そこで……リジットという少年が姿を消した」


「……そ、それってもしかして……魔物に攫われたってことですか……?」


 ショーコの問いにレオナは無言で頷いた。


「話が漏れないように手は打ってあるが、事態は一刻を争う。今、あの子を助けに行けるのはキミ達だけなんだ。出来る限りの援助はする。どうか手を貸してくれ」


「わかりました」


 即答したのはフェイだった。

 マイが難色を示す。


「フェイ、お前――」


「マイさん、考える余地などないでしょう。子供の命が懸かっているんですよ」


「……それは……」


「なあ、アイツらは……マリーナ達は行かないのか?」


 クリスがレオナに問う。


「ああ、キミのお姉さん達は別の任務があって手が離せないんだ」


「じゃあアタシ達がドラゴンを退治したら、アイツらの手柄を横取りしたってことになるのか?」


「そういう見方もできるね」


「よし、引き受けよーぜ。アイツらの泣きッ面が楽しみだ。いいよな、マイ」


「……」


 マイはレオナを見やった。

 レオナもマイを見つめ返す。


 彼女の目には一点の曇りもなく、マイを真っ直ぐ見つめていた。


 しばらく考えたのち、マイは重く息を吐きだした。


「…………仕方ない」


 ついに折れたマイ。レオナは小さく口角を上げた。


「ありがとう」


「お前の為じゃない。子供を引き合いに出されたからだ」


「ふっ……やはりお前は変わっていないよ。昔からな」


 ショーコは焦った。自分以外全員了承。この状況で一人だけ「NO」の意思を表示し続ける胆力は彼女にはなかった。


「……わ、私……」


 それでもなお口ごもるショーコ。当然だ。ドラゴン恐怖症の彼女にドラゴン退治なんて了承できるわけがない。

 だが、レオナが恐怖に竦むショーコの肩に手を置き、真っ直ぐ目を見つめて言う。


「キミにしかできないことなんだ、ショーコくん。キミがやらねば誰がやる?」


 レオナの瞳と言葉に、ショーコは心を揺さぶられた。

 「キミは特別な存在」という彼女の言葉が真実に思えてきた。

 彼女の言うこと全てが、正しい・・・と感じられたのだ。


 それでなくとも、ここで自分が逃げれば魔物に攫われた少年も、いずれは共和国の人々にも危険が迫る。

 そんな事実を知りながら見て見ぬフリをするのは心に棘が刺さったかのようにこの先ずっと残るだろう。


「…………わかったよわかりましたよ。行けばいいんでしょ行けば。でもアブナイ戦闘はみんなに任すからね! 私はゴメンだよ! 私ゃいつだって傍観者だからね!」


「よかった……ありがとう、ショーコくん」


 ショーコをギュッと抱きしめるレオナ。筋肉質な身体ながら、その抱かれ心地はとても優しく、ふわ~っと甘い香りがした。


「ふおあっ……! こ、これが美人のハグ……た、たまらんわ……」


 思わず鼻血が出そうになっちゃうショーコであった。


 話が固まったところで、ベネディクト議員が咳払いをした。


「では、早速よろしいですかな。皆さんには相応の装備が支給されます。ご案内いたしましょう」



 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「こ、こ、これがドラゴン退治用の防具だってのかい……!」


 ベネディクトに案内された部屋に用意されていたのは甲冑等ではなく、白いカッターシャツと黒いビジネススーツ。そして黒いネクタイとサングラスという、あまりにもファンタジー異世界らしからぬフォーマルな服装だった。


「これは魔法耐性が高く、機能性にも長けている最高級品ですぞ。寸法は魔法で調整されるから心配無用。その黒い眼鏡サングラスはマナを可視化できる。きっと役に立つでしょう。では、着替えが済んだら外の者に声をかけてくださいますかな。すぐにでも離れ山へ向かってもらうので」


 そう言い残し、ベネディクトは部屋を後にした。


「……どっからどーみてもただのビジネススーツなのに、そんなにすごいもんなのコレ?」


「こういった服装は国家に仕える者が着るモノとして認知されています。共和国の依頼で動く私達にピッタリですね」


 フェイが普段もビジネススーツを着ているのは、彼女が〈ルカリウス公国〉に仕える身であるからというわけだ。

 そういえばハイゼルンやその部下達も同様の格好をしていたな。


「こんな高ぇー装備くれるなんて、さすが共和国サマは太っ腹だな」


 まっさらなスーツに袖を通すクリスの隣で、マイはひっじょーに険しい表情を浮かべていた。


「……イヤだ。こんなの着たくない」


「でもマイさん、曲がりなりにも政府の仕事なんですからちゃんと正装しないと」


「たまにはイメチェンすんのも悪くないぜ」


「マイさんならスーツ姿もカッコいいと思うよ」


「……しぶしぶ」


 説得されたマイは渋々スーツに着替えた。

「実際にしぶしぶって言いながら渋々行動する人はじめて見た」



 着替えを終えた四人は部屋に置かれた姿見で着こなし具合をチェックする。


「わー、なんか分不相応な感じがするなあ」

「お~、いいじゃんショーコ。なんか賢くなったっぽいぞ」

「その発言がスデにバカっぽいよ。ていうかクリス、ジャケットのボタン留めなよ。ネクタイもしないで首元も開けてて、なんか不良ギャルみたい」

「ショーコさんショーコさん、私はどうですか? 似合ってますか?」

「いや普段もスーツ姿だからいつもと変わりないよ」

「そうですか……シュン」

「実際にシュンって口にしてシュンとする人はじめて見た」

「おっ、文句言ってた割にマイも似合ってんじゃん」

「……」

「わ、ホントだ。なんか凄腕の殺し屋みたい」

「えげつないほど不機嫌そうなカオしてますね」

「こりゃドラゴンも裸足で逃げ出すな。ちょっとこの黒眼鏡グラサンかけてみ」

「……」

「怖っ」

「えげつないほどヤバイ雰囲気出てますね」

「こりゃ魔王も寝間着で逃げ出すわ」


 スーツを纏った四人がいつものようにわちゃわちゃとアホなやり取りをする。


 これから待ち受ける過酷な運命など知る由も無く……

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