第61話 世界で一番つおいヤツ
未舟ショーコはそわそわしていた。
これから“最初の転移者”と(やっとこ)会えるというのに心の準備が出来ていない。
ハイゼルンが「まあ座って待ちな」と促すも、落ち着かないショーコは部屋の中で右往左往するのみ。
クリスとマイは椅子に腰かけ、フェイはショーコの傍に寄り添う形で直立している。
いよいよか……思えば長い道のりだった。
ドワーフの村で強盗団と戦ったり、ローグリンド王国で差別主義集団と抗争したり、エルフの森で精霊から試練を与えられたり……
いや、まあショーコ本人は特に戦ったわけではないかもしれないけど、色々あったのは事実だ。
この旅の目的は、“最初の転移者”に会い、元の世界に帰る方法を教えてもらうことだった。
ようやく元の世界に帰れる。そう思うとショーコの胸の内には安堵する気持ちと名残惜しい気持ちが同居していた。
この世界に居続ければ今後も危険な目に遭うだろう。共和国上空でドラゴンと遭遇したことも記憶に新しい。平和になったとは言え、この世界では文字通り何が起きるかわからない。
だが、元の世界に帰るということはフェイ、クリス、マイとの別れを意味する。ここまでの旅路で互いに助け合い、支え合い、笑い合ってきた仲間達と。
みんなと一緒だったからここまで来れた。みんなと一緒だったから楽しかった。
いつか離ればなれになることは分かっていたが、それでもやはり辛いものは辛い。
まだショーコの中では彼女達と別れる覚悟が出来ていなかった。
もとよりショーコは何かを“決断”することが苦手だった。いや、嫌いだった。
どの高校へ進学するかも自分で決められず、友人に合わせて同じ学校を選んでいた。選択科目も同様だ。
友達の誕生日プレゼントだって自分では選べないので、本人に欲しいものを直接聞いてプレゼントしていたくらい。
ゲームで最初にどの仲間を選ぶかで数日悩み、結局ネットの『初心者にオススメはコレ!』ってな感じの記事に頼る始末。
そんなショーコにとって、この世界に残るか元の世界に帰るか、どちらか選ばなければならないことは苦痛だった。いっそ無理矢理誰かに決めてほしいとすら思う。
だが、自身で決断しなければならない時は必ず来る。
今、この瞬間にも“その時”は刻々と近づいてきている。
「……」
ショーコは心の中で、まだ“その時”が来てほしくないと思っていた。
「――来た」
マイが呟く。
ショーコはハっと顔を上げた。
部屋の扉を叩く音。
一呼吸間を置いて、両開きの扉がゆっくりと開かれた。
「……!」
そこに立っていたのは、凜とした女性だった。
「待たせたね」
背が高く、細いながらも筋肉質な体つき。うなじにかかる程度の長さの、目も眩むほど美しい金色の髪。
一言で言うなら美人だが、誰の目にもただ者ではない人物だとわかる
背には身の丈以上の大きさの大剣が背負われている。変わった形で、長い刀身から複数の刃が“枝分かれ”していた。例えるなら、クリスマスツリーのようなシルエットをした剣だ。
さらに特異なのは、鎧のような装甲が肩と胸、腰の辺りに“部分的に”装着されていることだ。
普通、鎧といえば全身を包み隠すものなのだが、彼女の場合は身体の一部のみを覆っている形だ。
よくアニメやゲームの女性キャラが露出の高い衣装で部分的に鎧を装備している、いわゆるビキニアーマーと呼ばれる格好をしていたりするが、それとはまた違う。ちゃんと服を着ており、服の上から身体の各所に装甲が装着されている。
だが、全身を鎧で包んでいないにも関わらず、彼女からは威厳と品格が感じられた。
この女性が……“最初の転移者”か……
ショーコは心の中で「転移者っていうとなんとなく男をイメージしてたけど、女だったとは意外だ……あ、自分も女じゃん」って思ってた。
「……え……えっと……」
ショーコがしどろもどろっていると、金髪の女性が口を開いた。
「話は聞いているよ。“
低頭する金髪の女性。
地位も年齢も上でありながら十代の少女であるショーコに頭を“下げられる”その姿勢は、彼女の人間性を示していた。
「い、いやいやこちらこそありがとうございますですはい」
つられてショーコも頭を下げる。下げてから「はっ、何に対してお礼を言ってんだあたしゃ」と我に帰った。
下げた頭を元に戻し、ショーコが問う。
「あ……あの……あなたが……“最初の転移者”……なんですよね……?」
金髪の女性は顔を上げ、呆気にとられたような表情をした。
「えっ?」
「えっ」
「……」
「…………え……?」
そして、気品溢れる佇まいから一変して、金髪の女性は大口を開けて笑った。
「ふはっはっはっは! いや、申し訳無い。そんな風に思われていたとはな。誰も何も教えてないのか?」
ハイゼルンがイタズラっぽく肩をすくめた。マイも鼻を鳴らす。
ショーコはどういうことなのかイマイチ理解できていなかった。
「すまんな。まったく、どいつもこいつも性根の悪いヤツばかりだ」
そう言うと、金髪の女性がショーコに対して右手を差し出した。
「私は“レオナ・オードバーン”。十五年前、“最初の転移者”と……そこにいるマイと共に世界を旅して周り、魔族の王を倒した一人さ」
「……魔王を倒した……」
マヌケっぽく口を開けたまま、ショーコは金髪の女性――レオナの右手を取り、握手を交わした。
「ってことは……“最初の転移者”本人じゃなくて……仲間の一人ってこと?」
「うん、そういうことだね。ご期待に添えなくて申し訳ないが、赦してくれるかい?」
「い、いえいえ! ゆるすなんてそんなメッソーもない」
世界を救った英雄だというのに腰が低いというか気ぃ遣いというか、とにかくいい人っぽいレオナの態度にアタフタするショーコ。
そんな彼女に、フェイがいつものごとく解説をする。
「ショーコさん、レオナ・オードバーン卿は共和国評議員でありながら、【十三騎士団】の団長でもあるんですよ」
「じゅうさんきしだん? なにその小学生が好きそうな名前の組織」
「世界各地のあらゆる脅威を取り除き、世の安寧を保つ集団です。魔族の生き残りを討伐したり、悪事を働く者を成敗する正義の味方ですよ。たった十三人だけながら神聖ヴァハデミア共和国を……ひいてはこの世界を守護する、名実ともに世界最強の騎士団と言えるでしょう。オードバーン卿はそのリーダーなのです」
「つまり……悪者をやっつける正義のヒーローチームってとこか」
なんだかよくわからないが、凄そうな肩書きを前にショーコは思わず息を呑んだ。
椅子に腰かけたまま、ハイゼルンが付け足す。
「本来なら“氷の竜騒動”も十三騎士団が出張る案件だったんだが、お前らが片付けちまったわけだな」
「ほー、アンタが
クリスが茶化すように言うと、レオナは彼女に目を向けた。
「キミはローグリンドの賞金稼ぎのクリス・ピッドブラッドだね」
「おっ、アタシを知ってんのかい」
「勿論。キミのご家族とは同僚だからね」
その言葉を聞いた途端、クリスは眉間に皺を寄せた。
「……同僚?」
「なんだ、聞いていなかったのか? キミの姉達も十三騎士団の一員だよ」
「!」
クリスの顔色が変わる。先程すれ違った姉と弟が、世界を守護する騎士団の一翼だとは考えもしなかった。
思い返せば、政府高官しか立ち入れない本庁深部の廊下ですれ違った時点で、彼女達が相応の位に就いていると気付けたはずだったのだが。
「キミのご家族には随分助けられているよ。彼女達は世の平和の為に尽力してくれている。身内として誇らしいだろう」
「……アイツらが十三騎士団? 冗談じゃねーっての。あんなのを加えるなんてよっぽど人員不足だったんだな」
「ふふっ、話に聞いている通りの女性だなキミは」
僅かに口角を上げた後、今度はマイに視線を移すレオナ。
「久しぶりだね、マイ」
「ああ……」
マイはいつにも増した仏頂面で応対する。
「変わってないな。あの頃から何も」
「……お前もな、レオナ」
マイの過去を知る者は皆、口を揃えて「ずいぶん変わった」と言っていたが、レオナだけは全く逆の言葉を述べたのをショーコは不思議に思った。
「いい加減、我々と共に世界の平和維持に協力する気になったか?」
「答えるまでもないだろう」
「ははは、そうだな。お前はそういうヤツだ、うん。いいさ。マイには自由でいてほしいからな」
「ふん」
マイはまるで幼少期によく面倒を見てもらっていた近所のお姉さんに久しぶりに会ったのにいまだ子供扱いされてブーたれているかのような様子だった。
「へっ、天下のマイ・ウエストウッドも世界最強の女騎士には頭が上がらないか」
「バカを言うなクリス。この十五年お役所仕事に勤しんでいたヤツなんかより腕を磨き続けてきた私の方が五倍は強いに決まってるだろう」
「ふっはっはっは! こんなぶきっちょな甘ちゃんより私の方が二十倍は強いさ」
「働き過ぎで脳みそが絞りカスになったかレオナ」
「やっぱり相変わらず子供のままだなマイ」
「私の方が強い」
「私さ」
「……」
「……」
マイが無言で腰の刀に手を当てる。
レオナも背負った大剣の柄を掴んだ。
「ちょちょちょちょぉい!? 何ケンカしそうになってんスか! 元仲間同士で!」
ショーコが慌てて止めに入る。
不満そうな顔をしながらマイは渋々臨戦態勢を解いた。同時にレオナも手を元の位置に戻す。
「……いつか捩じ伏せてやるからな」
「ふはは、いつでも受けて立つよ」
魔王を倒した英雄パーティーのクセになんで険悪な仲なんだよ……とショーコは思ったが、あえて無言で通した。
場の空気を変えようとフェイが話を振る。
「ところで、オードバーン卿にお会いできて光栄ではありますが、“最初の転移者”様本人はどちらにおられますか?」
「ああ、すまない。“アイツ”は……別件で手が離せなくてね」
レオナが一瞬、憂いたような表情を滲ませたのをショーコは確かに見た。
「別件って……なにかあったんスか?」
「極秘の案件故詳細は明かせないんだ。悪く思わないでくれ」
「い、いえいえ、別に大丈夫です全然ハイ」
内心、ショーコは胸を撫で下ろしていた。この異世界を離れる時期が先延ばしになったからだ。
クリスが頭の後ろに手を回してため息をつく。
「なーんだ。せっかく海越えてまで来たってのに“最初の転移者”に会うのはおあずけかよ」
「まあまあ、相手は世界を救った英雄なんですから、ご多忙なんでしょう」
「えっと……それじゃ“最初の転移者”に会えるのはいつ頃になりそうですか?」
ショーコの問いに対し、レオナは少し渋そうな表情を見せた。
「うん、その件なんだけどね……答えは君達次第ということになるんだよ」
「はぇ?」
アホみたいな反応のショーコを補佐するようにフェイが尋ねる。
「どういうことですか?」
「うん、実はね……」
レオナは卓を囲む十三の椅子の一つを引き、腰を下ろした。
ショーコは心の中で「あれ……? この流れ……ま、まさか……」と思った。
そして、そのまさかだった。
「君達の腕を見込んで頼みたいことがあるんだ」
「まっ! まっ! またかあぁ~~~っっ!」
ショーコは天を仰いだ。
またしても、またまたしても頼み事。
目的に近づくためには○○をしてくれというクエストばっかり。“最初の転移者”本人が出てこなかった時点でなんとなくそんな予想もしていたが……
「新世組との戦いも精霊の試練も氷の竜騒動もぜ〜んぶ発端はこういう頼まれ事だったんだよ……もういい加減アレしてコレしてって依頼されるのイヤだよ……よよよ……」
しかし怪我の功名とでも言うのか、何度も経験してきたショーコは分かっていた。ここでゴネても話は進まない。さっさと依頼を受けてサクっと解決するのが賢い選択だ。
半ば諦めたような態度でショーコは溜め息をつきつつ尋ねる。
「はあ……わかりましたよやりゃあいいんでしょうやりゃあ。で……その頼みたいことってなんすか?」
「うん、実はこれは現在共和国内で最も重要な問題なんだがね……」
そこでレオナは口を止めた。続きを言いよどんでいる様子で、ショーコは不思議に思った。
そして、何かを飲み込むかのように一端間を置いてから、彼女はゆっくりと口を開いた。
「悪いドラゴンを退治してほしいんだ」
「 はぇ」
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