第58話 世界を変える火花になれ
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「――……っ……う……」
「アン、気が付いたか」
意識を取り戻したアンナの瞳に写ったのは、心配げな表情を浮かべる兄ブリスだった。
「平気か? どこか痛いところはあるか? 冷え症とかなってないか?」
「お兄様……い、いえ……私は平気です」
「良かった……お前さえ無事でいてくれれば……私は……」
ブリスは涙を拭い、安堵の息をついた。
彼の視線は、兜を投げ捨て――救出した瞬間に魔法の炎は消えた――息を荒げて仰向けになっているグスタフに向く。
「礼を言う……妹を助けてくれて……」
頭を下げられたグスタフは鼻を鳴らした。
「……俺達の仕事は市民の生活を守ることだ。お前の妹も……お前も、この国の市民だからな」
そのすぐ傍で、フェイとクリスとマイに囲われていたショーコも意識を取り戻した。
「う~ん……はっ! ここは誰? 私はどこ?」
「ここは共和国首都の大通りだ。お前は
「ご無事で何よりですショーコさん」
「ドラゴンに食われてケガ一つねーなんて大したモンだな」
「は、はは……貴重な経験しちゃった。就活で履歴書に書けると思えば儲けモンかな」
ショーコはちょっと照れた様子で頭を掻いた。
ドラゴン騒動がようやく収束し、一同が安堵の息をつく。
……が、それはまだ少し早かった。
「失礼! 『政府批判アワー 不信任だヨ! 全員解散!』のジョナ・ジャーナルです。いやぁ~大変な目に遭いましたね!」
一部始終を生配信していた魔法送配信グループが駆け寄って来た。
「えっ? えっ、えっ?」
ジョナは棒状の魔道具――おそらくマイクのようなものだろう――をショーコとアンナに向ける。
「今回の騒動は政府が魔族の存在を隠蔽し、対応を疎かにしていたのが原因と言えますが、被害者としてどう思われますか? この件は来週に迫った評議員選挙に影を落とすこととなりそうですね」
「こっちも取材させて! 『報道交差点』の者です! 魔族に襲われた話を聞かせてください!」
「『おはようヴァハデミア』のリポーターです。明朝の放送で流しますのでインタビューさせてもらえますか」
「『ズームイン共和国』です! ハマグリと金目鯛どっちが好き!?」
ジョナ逹だけではない。他の記者や野次馬も群がってきた。
ブリス逹は押しのけられ、ショーコとアンナの二人はあっという間に取材陣に取り囲まれてしまった。
「えぇい我々が先だぞ! 公共魔法送の連中はいつだって後追いだ! ジャーナリストなら我々のように現場で身体を張って取材しろ!」
「何を! お前ら民間配信者は周りに迷惑かけてばかりなクセに!」
取材陣がヤイノヤイノと言い争いを始める。
“ドラゴンに食べられた少女”の話なんて視聴者ウケ間違い無い。我先にと取材をせがむ。
「ちょ、ちょいと皆さん! 取材はご遠慮ください! まずはマネージャーを通して――」
群衆をなだめようとするショーコだったが、そこでとある不安が頭をよぎった。
過度なストレスによってアンナが再び魔法を暴走させてしまうのではないか、と。
しかし、それも杞憂に終わる。
「みなさん、私の話を聞いてください」
アンナが口を開いた。
渦中の少女の言葉に群衆はピタリと騒ぎを止めた。一斉に彼女を注視し、発する言葉に耳を傾ける。
「……あのドラゴンは本物の魔族ではありません。私が魔法で作りました。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「…………へ?」
一同が耳を疑い、呆気にとられる。
「まさか」「ありえない」「この少女が?」と口々に呟く。
「私の名前はアンナ・ヴァレイ・ペンゼストといいます。一族から勘当された、未認可の魔法使いです」
群衆がさらにザワつく。
ペンゼストの名は誰もが知る魔法使いの名家。その一員が今回のような騒動を起こしたとあれば一大スキャンダルであった。
「私と兄がこの国で目にしたのは……残酷な貧富の格差でした。兄は貧困に苦しむ人達を見て見ぬフリはできず、助けようとしたんです。私逹は二年間、この国の裏通りで懸命に生きてきました」
辛い日々を思い出してか、十人の魔法使い逹が顔を歪める。
「次第に私は……多くの人々が貧困から抜け出せないこの社会を、兄に罪を犯させるこの社会を憎らしく思うようになりました。そして何より、何もできない自分自身に……そうやって溜め込んだ怒りと悲しみが、無意識に魔法のドラゴンを作りだしてしまったんです。本当に……すみませんでした」
魔法送視聴者に向けて、街の人々に向けて、アンナは誠意を込めて頭を下げた。
「……で、では、今回の騒動は社会そのものが原因ということですね?」
ジョナの質問にアンナは少し考えてから答えた。
「……悪いのはこの国だと、そう思っていました。そして、ちっぽけな私にはどうすることもできない……だから、いつか世の中がマトモになるまで耐えるしかないと……でも、待っているだけではダメだと教えてもらいました。文句を言うだけじゃなく、行動する……私達一人一人が世の中を良くしようとする意志を持つべきだと……友達に教わったんです」
アンナはショーコに視線を送った。
ショーコは無言で口角を上げる。
「それは具体的にどういうことですか? 行動するとは……あなたは一体何をしようと言うのでしょうか?」
「……私は、共和国評議員選挙に立候補します」
「はっ!?」
「なに!?」
突然の出馬表明に一同がザワつく。ブリスなんか目が飛び出るほど驚いた。
「この魔法送をご覧の皆さん、この国を良くしたいと思うのなら、選挙に行きましょう。私に投票してくれなくてもかまいません。『この人ならきっと社会を良くしてくれる』と思える人に投票するんです」
取材陣が構える映像配信魔法陣にそれぞれ目線を配りながら、アンナは訴えかけた。
「自分一人の票で世の中が変わるわけがないと思う方もいるでしょう。でも、一人一人が投票することで結果が変わるのです。何より……自分の意志を持って行動することに意味があります。世界をより良くしようという意志を持って行動した時点で、あなたの“勝ち”なんです」
生配信を政権放送に利用されたジョナは慌てて主導権を取り戻そうとする。
「で、ですがあなたは今回のドラゴン騒動の張本人なのでしょう。そんな危険人物を評議員になど誰が認めるでしょうか」
「――その心配にゃ及ばねえぜ」
どこからか、鶴の一声。
アンナもショーコ逹も群衆も一斉に振り向く。
――声の主は、衛兵を引き連れた共和国評議員、ハイゼルンだった。
「ッ!? ハ、ハイゼルン!?」
炎の剣で刺され、死亡したハズの男の姿にグスタフは目を疑った。
ずかずかと足を進め、道を譲る群衆の中を堂々と歩いてくる。
「い、生きてる! 歩いてる! オバケ!? ゾンビ!?」
パニくるショーコに答えるように、ハイゼルンが右手の中指に嵌められた指輪を見せた。
事務所内に展示されていた、炎属性の魔法を無効化する魔道具――
事務所で襲撃を受けた後、ショーコ達を追う前に念のため装備していたのだ。
「コイツのおかげで平気だったんだが、蹴落とされて気絶しちまってな。気付いたら棺桶の中だったんでおったまビックリだったぜ。ちゃんと確認しろよなグスタフ」
ダハハと笑うハイゼルン。死にかけておいてこの対応。たいしたタマである。
「やかましいっ! 生きてんならさっさと目ぇ覚ませコラァ~ッ!」
グスタフは涙を浮かべ、笑いながら怒鳴った。
「生きてると言っただろ?」
マイは「え? 気付いてなかったの?」という表情。
「ンならもっとわかりやすく言ってくださいヨォーッ!」
突然の評議員の登場に、政権嫌いのジョナが揚げ足を取ろうとマイクを向ける。
「ハイゼルン評議員、心配には及ばないとはどういうことでしょうか? 説明してください」
「第一に、未成年の魔法使いが自身の意志と関係無く魔法を暴発させた際、本人はその責を負わない。第二に、この騒動での死者はゼロだ。破壊された建物とケガ人には魔法損害保険が下りる。第三に、評議員に年齢制限はねぇ。赤ちゃんだって出馬できるんだぜ」
ショーコは「そんな無茶な言い分が通るわけ……」と思ったが、ジョナは「グ、グムー……」と引き下がった。どうやらこの世界の法律的には至極真っ当な言い分らしい。
この短時間で情報を集め、状況を確認したハイゼルンの手腕は流石と言う他ない。
「つまるとこ、その嬢ちゃんは法的にはシロってこった。だが、ツレの違法魔術精製は別問題だがな」
「っ……」
タラーキ達、十人の魔法使いは観念したように目を伏せた。
いよいよ年貢の納め時。たとえドラゴンから街を救っても、彼らが違法行為をしていた事実は消えないのだから。
衛兵が手枷を用意し、宣告する――
「ブリス・ジャンヴェイル・ペンゼスト。違法魔術“シャブラグ”精製の罪で逮捕する」
――その言葉にタラーキ達は耳を疑った。
「……!? ま、待ってください。なんでブリスだけ……」
「魔術精製現場を精査したところ、残された魔術的痕跡は全て彼“のみ”のものだった。他の者が加担していた証拠は一切無い」
「なっ……!?」
タラーキがブリスに目をやる。ブリスは無言のまま、目を合わせようともしなかった。
彼は違法魔術を精製していたこの半年間、仲間達の魔術痕――つまり犯罪の証拠をその都度丁寧に隠滅していたのだ。
「ブリス……お前……!」
「お兄様……」
一切の抵抗を見せず手枷を嵌められ、連行されるブリス。
まるで最初から全て自分一人で責を負うつもりだったように。
去り際にショーコの眼前で足を止めると、彼女に向かって頭を下げた。
「……ありがとう、妹を助けてれくて。色々すまなかった」
「は、はい! あ、あの……知った風なこと言ってすみませんでした。えっと、獄中生活がんばってください」
ショーコの物言いにブリスは小さく笑った。
衛兵に連行され、去りゆく兄の背を見つめながら、アンナは呟いた。
「……初めて見ました。この国に来てから……お兄様が笑ったの」
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