第59話 約束


――それから、アンナの本当の戦いが始まった。


 評議員選挙投票日まで一週間を切っている中での突然の立候補。それも、何の政治的実績も無い十六歳の小娘が名乗りを上げたのだ。無謀なのは誰の目にも明らかだった。


 それでも彼女は懸命に戦った。

 ショーコ逹やタラーキら十人の魔法使いも協力した。


 他の立候補者とは資金も人員も圧倒的に少ないが、彼女達は出来うる限りの努力を尽くした。



「えー、毎度ーお騒がせーしております。アンナ・ヴァレイ・ペンゼストでーございーます。アンナーヴァレイ、アンナー・ヴァレイ・ペンゼストをー、よろしくー、ぁよろしくーおねがいーいたします」

「ショーコさん、選挙公報が板に付いてますね」

「いやー、ウチの地元じゃ耳にタコが出来るくらいやってたからねこういうの」



 昼間は演説活動に東奔西走し、夜は演説台本と配布用のチラシ作り等。

 短期間でアンナの名前と存在を市民に印象付けるために、彼女達はほとんど休まず活動し続けた。


 その甲斐もあってか、共和国民のアンナ候補への認知度は意外にも高かった。


 まず“氷の竜フロストドラゴン騒動”の魔法送はかなり広く視聴されたのが大きな要因だ。そりゃ大国の首都でドラゴンが暴れ回った映像なんて話題を集めて当然だ。

 同時に、映像後半のアンナの出馬表明と共和国民への訴えも大勢に視聴されたのだ。


 アンナの演説を見た人々の中には、彼女のことを魔法のドラゴンを作り出す危険人物と見なす者もいたが、訴えに共感する者も大勢いた。良くも悪くも話題を集めたのだ。

 路地裏で苦労してきたという境遇も共感を呼び、貧困に苦しむ人々や貧富の格差に疑問を持つ層からの支持も獲得できた。


 さらには現職評議員のハイゼルンがアンナを応援したことも追い風となった。

 自身も出馬しているので本来なら対立候補という立場なのだが、それでもハイゼルンは彼女を支持した。


 こうしてアンナは驚異的な勢いで支持を獲得してゆき、それがまた話題を呼んで注目されていった。


 焦ったのは他の候補者達だ。

 過去の選挙では現職評議員の九割以上が再選しており、口にはしないが誰もが「今回も当選するだろう」とタカをくくっていた。

 が、全くのノーマークだった新人候補であるアンナの飛躍的な活躍に「あれ? もしかしてヤバイんじゃね?」と脅威を感じ、負けじと選挙活動にさらなる力を注いでいった。


 アンナというダークホースの存在が、選挙全体の活力剤となっていったのだ。



 ――そして……運命の投票日。


 アンナ陣営は首都の裏通りにある空き家となっていた建物を選挙事務所として利用していた。


 投票会場は政府本庁に設けられており、国民が投票しやすいように早朝から夜通しかけ、翌朝まで――つまり丸一日――受け付けられている。投票締め切り後すぐに開票が行われ、正午に選挙結果が発表されるのだ。

 六一六名の立候補者の中から得票数の多い上位五十二名が共和国評議員として選ばれる、単純に言えば人気投票だ。ちなみに、評議員間に優劣を付けないようにする為、得票数は伏せられる。

 ショーコの世界からすればオカシな仕組みだが、この世界ではこれが普通なのだ。


 投票期間が終わり、時刻は正午を回った頃……決して綺麗とは言えない事務所の壁に映された公共魔法送を、アンナ達は固唾を呑んで見守っていた。


『――……以上五十二名が得票多数で、神聖ヴァハデミア共和国評議員として選定されました。国民の皆さん、投票ありがとうございました』


   「……」

「……」

     「……」


 選挙結果が発表され、事務所内の全員が一様に暗く、浮かない表情をしていた。

 フェイもクリスも口を真一文字に結び、タラーキ逹も悔しそうに唇を噛みしめている。


『第一回の評議員選挙以降、国民の投票数は回を重ねるごとに減少していましたが、今回の……第七回神聖ヴァハデミア共和国評議員選挙では劇的に増え、過去最多となる投票数を記録しました。それほど今回の選挙には多くの国民が関心を持ったということでしょう』


 選挙結果を聞いている一同のもとへ、席を外していたショーコが布で手を拭きながら戻ってきた。


「ふー、クリスお先~。トイレ空いたよー。どーぞ使ってー。換気扇回すの忘れないでねー」


「……ショーコさん」


 何も知らないノーテンキなショーコにフェイがアイコンタクトでそれとなく伝えようとする。

 さすがのショーコも場の落ち込んだ空気に何かがあったであろうことを察した。


「れ……? なんか暗いフイーンキだね……ま、まさか……クリス、我慢できなかった……?」


「殴り殺すぞ」


「ショーコちゃん……私、落ちちゃった」


 アンナは苦く笑いながら結果を伝えた。


「あら……そっか……」


 正直、誰も驚きはしていなかった。むしろ「やっぱりか……」という思いを抱いていたくらいだ。

 そりゃそうだ。マトモに考えれば当選するワケがない。年齢制限が無いとはいえ、十代の若者が政治家に選ばれるなど到底あり得る話ではない。


 皆、心のどこかではわかっていたのだ。アンナ自身でさえ。

 でも、誰も口にはしなかった。たとえ勝ち目はなくとも、行動することに意味があるのだから。


「皆さん、こんな私に力を貸してくださって本当にありがとうございました」


 アンナは自分を応援し、協力してくれた仲間達に向かって深々と頭を下げた。


「皆さんが応援してくれたから頑張れました。落選したのは私の力不足です。がんばってもらったのにごめんなさい。こんな私を支持してくれた人達にも、いずれお礼と謝罪をするつもりです。本当に……ありがとうございました」


 ……場に静寂が流れる。


 皆懸命に尽力した。悔いは無い。やり切ったのだ。それでも結果が出なかったのは仕方がない。

 誰もアンナを責めたりはしないし、責めるつもりもなかった。



 そんな中、口を開いたのはマイだった。


「アンナ、お前の“勝ち”だ」


「えっ……?」


「先程の魔法送で、過去の選挙に比べ投票数が劇的に増えたと言っていただろう。お前が『この国を良くしてくれると思う人に投票してほしい』と人々に訴えかけた、その想いが届いたんだ。国の行く末に無関心だった大勢の人々を立ち上がらせたんだ」


 マイはアンナの目を真っ直ぐ見つめて言う。


「お前は世の中を変えたんだ。自分を誇れ。お前の“勝ち”だ、アンナ」


「マイさん……」



 ――その時、点けっぱなしになっていた公共魔法送の画面が慌ただしくなった。


『――……速報です。えー、たった今入ったニュースです。今回の選挙で当選した現職評議員のイグネス・ネスロ評議員が、自身へ投票するようにと有権者に金銭を譲渡していたことが発覚しました』



「……へっ?」


 突如飛び込んできた報道に一同が耳を傾ける。


『この不正によりイグネス氏は評議員の資格を剥奪されました。よって、評議会が一席空席となるため、今回の選挙で五十三番目に得票数の多かった候補者が繰り上がりで評議員に選定されます。その候補者は…………――アンナ・ヴァレイ・ペンゼスト氏です』



「……」

       「……」

  「え……」



 ――誰もが耳を疑った。


 互いに顔を見合わせ、唖然とする。


 当選した議員の不正が発覚し、代わりにアンナが当選したというのだ。


 まさか、ホントに? そんなことってあるの?


 皆が状況をうまく飲み込めないでいる中……クリスが両手を天に突き上げた。


「うおおーーー! マジかよッ! 聞いたか今の! 当選だってよ!」


 その言葉に、ようやく事態を飲み込めた一同が同様に歓喜する。


「や、やったぁーーー! アンナが当選したぁー! 当選だあーーー!」


「おめでとうアンナ! この国の人達があなたを選んでくれたのよ!」


「すごいぞ! 俺達みたいな路地裏暮らしから評議員が出たんだ! アンナ、お前は俺達の誇りだ! 希望だ! やったぁー!」


 一度は落選を受け入れた分、反動で喜びも一入ひとしおだ。


 アンナの当選は、新たな評議員を生んだ以上に大きな意味を持っていた。

 路地裏の貧困層の少女が国の未来を担う政治家になったのだ。富裕層や現職の政治家ばかりが評議会を占める中で、これは一種の革命ともいえる。


 そう、彼女達はこの国の常識をひっくり返したのだ。


「…………私が……評議員に……」


 まだ信じられないアンナの肩に手を置き、ショーコが笑いかけた。


「おめでとうアンナちゃん。政治家になっても贅沢しないで、晩ご飯の残り物でコロッケ作るような気持ちを忘れないでね」


「……ショーコちゃん……ありがとう」



 ようやく場が落ち着くと、外から騒がしい物音が聞こえてきた。


 「なんだろう?」と思ったその時、突然事務所の中へ群衆が雪崩れ込んできた。

 新聞記者や公共民間を問わない大勢の魔法送配信者が押し寄せてきたのだ。


「ペンゼスト評議員! 『おはようヴァハデミア』のリポーターです! 史上最年少で評議員に選ばれた感想をお聞かせください!」


  「『情報交差点』の記者ですが、世間を見返してやった今のお気持ちは!」


 「『ズームイン共和国』です! ハマグリと金目鯛どっちが好き!?」


「わ、わっ、わ!」


 当選が決まった途端に湧いてくる記者達。

 現金なものだが無理もない。十六歳の娘が、魔法のドラゴンで街を襲った少女が評議員になったのだ。話題製においては比類無きものだろう。


 狭い事務所がぎゅうぎゅう詰めの大混乱。

 アドレナリンが出ていたドラゴン騒動の時とは違い、アンナはアワアワと対応に困り果てるばかりだ。


 そんな彼女に助け船を出したのは……意外にもショーコだった。


「あ~、ダメダメ。ちょっとどいてどいて。私達はこれから大事な“約束”があるんだから。この一週間ずーっと忙しくって後回しにしてた約束がね。さ、出かけるよアンナちゃん」


「あっ、う、うん」


 アンナはショーコに手を引かれ、記者達をかき分けるように“外”へと向かう。


 ショーコが事務所の扉に手をかけたところで、記者の一人が質問した。


「ちょ、ちょっと! 出かけるって……いったいどこにですか?」


 ショーコは振り返り、笑って答えた。



「スイーツ食べ放題だよ」

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