第56話 最高の人生の探し方

 氷の竜フロストドラゴンを囲むようにグルグルと旋回する、二十一台の魔動二輪車――バイク。


 グスタフが単独で接近し、車体を飛び上がらせ、前輪を氷の竜の横っ面に叩き込んだ。バイク自体も対魔法加工が施されている為、ある程度冷気にも耐えられるようだ。


 相手が怯んだ隙に部下達も攻撃に出る。車体の側面に備えられた“銛”が射出され、氷の竜の体表に突き刺さった。


『ッ――! ~~~ッ!』


 銛は車体に鎖で繋がっている、いわゆる“アンカー”だ。

 もちろん対魔法加工製。銛の先端は“返し”になっていて抜けない仕様だ。


 銛を突き立てた二十台のバイクは四方八方へ散り散りに走る。さしものドラゴンだろうとこれだけの数と馬力で引っ張られれば動きを封じられる。


 だが、それもいつまで保つかわからない。対魔法加工と言っても完全に魔法を無効化するわけではないのだ。


「おい魔法使い! さっさと妹を引きずり出しやがれ!」


 グスタフの叫びにブリスは若干戸惑ったが、すぐさま冷静さを取り戻し、頷く。

 氷の中からアンナを助け出すため、十人の魔法使いに協力を求める。


「みんな聞け。あの分厚い氷の身体を破るにはゴリ押しではダメだ。三組に分かれて、段階的に攻める作戦でいこう。三人、三人、四人の組み分けだ。ヤツの氷の身体が大きく削がれたところで私が突っ込み、アンナを引きずりだす。いいな」


 ブリスの提案にタラーキが待ったをかける。


「ちょ、ちょっと待ってブリス。突っ込むって……相手の冷気は尋常じゃないのよ!? 直接触れたりしたら――」


「議論する暇などない。やるぞ」


 ブリスがショーコに施した炎の加護魔法はかなりの魔力を消費する為、今のブリスには使えない。つまり、何の対応策も無いまま冷気の塊に突っ込むつもりなのだ。

 本来ならば止めるべきなのだろう。だがブリスは妹の為ならその身を投げ出す。タラーキをはじめ、十人の魔法使いはそれをよく知っていた。


「これが最後のチャンスだ。残った魔力を全て注ぎ込んで――」


 ――ブリスが異変に気付いて口を止めた。


 氷の竜に突き刺さっている対魔法加工アンカーがどんどん凍結し始めていた。

 バイクに繋がっている鎖の一本が凍り、砕けて千切れた。続け様に二本、三本と次々に砕けてゆく。


「これは……魔力が強まっている!?」


 冷気はどんどん威力を増していく。足下だけでなく、周囲数メートルまで氷結が広がってゆく。

 さらに吹雪のように冷気が吹き荒れ、拳大の氷の欠片が宙を舞いはじめる。


 凄まじい魔力の潮流。もはや近づくことすら出来ない、全てを拒絶するかのような氷の魔法だ。


「っ……あの“転移者”め、余計なことをしてアンナの心を乱したのかっ……!」


 ブリスは舌打ちした。

 アンナの強い感情が、“外”の世界を拒絶する心が、氷の竜の力を高めているのだ。


「私は『妹を目覚めさせるだけでいい』と言ったのに……これでは余計に近づけないどころかせっかくの捕縛が破られてしまう! “転移者”の小娘が余計なことをしたせいで!」


「ブリスさん」


 取り乱すブリスに、フェイがなだめるように声をかけた。


「ショーコさんを信じてください。あの人は必ずなんとかします」


「なんとかするだと!? ドラゴンの魔力が強まっているのはあの“転移者”の娘のせいなんだぞ! 事態を悪化させている張本人が、この状況をなんとかすると本気で思っているのか!」


「はい」


「っ……な、なぜそう言い切れる。なぜそうもハッキリと自信を持って頷けるんだ!」


「理由はありません。ただ、私は信じているだけです。ショーコさんのことを」


「……っ……」



 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「……え、えっと……家を追い出されたって……アンナちゃん、いい家の人なんでしょ。なんで……」


「……私は……〈神聖ヴァハデミア共和国〉の〈ギルクス領〉に居を構える、ペンゼスト家に生まれました。魔法使いの家系の者は十一歳になると魔法学校へ行き、三年後に卒業した後、実家に戻って当主が課す【魔法使いの儀】を受けます。それに合格すれば、晴れて正式に魔法使いとなれる。でも私は……自分の魔力も制御できない落ちこぼれ……魔法使いの儀に失敗して……お父様は私を『ペンゼストの一族に相応しくない』と勘当したんです……」


「……そりゃ辛いね」


「それだけならいいんです。悪いのは才能が無い私なんだから……でも……追い出された私を案じて、お兄様は家を捨てて追いかけてきてくれたんです」


 アンナは苦しそうに胸を手で抑えた。


「お兄様は私と違って才能に溢れ、みんなから期待されていた。将来ペンゼスト家の当主になるはずだった……それなのに……私の為に約束された栄光を捨ててしまった……私は……お兄様の未来を奪ってしまった自分が許せなくて……情けなくて……」


 アンナの頬を涙が伝う。


「お兄様は『二人ならなんとかやっていける』と言ってくれたけど……現実は甘くない……仕事を求めてこの首都に来たのに、マトモな仕事は無く、政府は裏通りに住む私達に手を差し伸べることもなく見て見ぬフリ……生きる為に仕方なく違法魔術の仕事をして、やっと食べていけるようになったのに、私達ばかりが悪者にされて……」


「……」


「こんな世の中……もう……うんざり……」


 ショーコは懸命に言葉を探した。

 しかし、かける言葉が見当たらない。気の利いたことや、未来に希望を持てる話をするべきなのだろう。だがそう簡単に心に響くような演説など出来るものではない。


 それでも、ショーコは自分なりの言い方で彼女を説得しようと務めた。


「……その……えーっと……で、でもさ、こんなとこに引き籠もってちゃもったいないと思うな。せっかくの人生なんだからさ。外に出てパ~っと遊ばなきゃ」


 必死に促すも、アンナはその場で膝を抱え――宙にフワフワと漂う様に――聞く耳を持たない。


「そ、そうだ! 一緒にスイーツでも食べに行こうよ。共和国の首都なら食べ放題のお店もあるだろうしさ。おいしいお肉も食べよ! お金ならマイさんに出してもらって、遠慮無く食べ歩きしようぜ!」


「……」


「それから夜景も見に行こっ! 高いとこから街を眺めたらキレーだよきっと。他にも色んなとこ周って遊ぼ。一緒にさ。ねっ」


 アンナは顔を上げてショーコの顔を見る。

 だが瞳を潤わせ、唇を震わせ、再び下を向いてしまった。


「……ごめんなさい……もうイヤなんです……なにもかも……」



 一度閉ざしてしまった心をそう簡単に開くことはできない。


 彼女がこれまでどんな経験をしてきたのか、どれほど辛い出来事があったのか、ショーコには想像もできなかった。

 アンナは閉じ籠ることを選択したのだ。無理矢理“外”に引きずり出すべきではない。


 ……それでもショーコは声をかけ続けた。


 氷の竜を止める為だけではない。なにより、アンナの為に。



「……気持ちはわかるよ。私も中学一年の運動会で、リレーのバトン落として優勝逃しちゃったことがあってさ」


「……?」


 突然の意味不明な体験談に、アンナは目を丸くした。


「次の日、風邪っぽいって嘘ついて学校休んじゃったんだ。皆から責められたり白い目で見られると思ってね。その次の日も、そのまた次の日も休んだ。ずーっと自分の部屋で漫画読んだりゲームしたりネットサーフィンして過ごしてた」


 『ゲーム』や『ネットサーフィン』などアンナには意味の分からない単語が続いたが、それでも彼女は耳を傾けていた。


「正直、すっごく快適だった。誰にも気を遣う必要もないし、絡まれることもない。読みたい漫画も見たいアニメも山ほどあるから、いくらでも引き籠もってられる気がしたよ。でも……ふと思ったんだ。なんで私がこんな狭い部屋に閉じ込められなきゃならないんだって……いや、部屋の広さは問題じゃないんだけどさ」


 ショーコはいたずらっぽく笑った。


「私が泣き寝入りしたら、クラスの子達は『よっしゃー負かしたー!』って勝った気になるって思うと、なんかムカついてきてさ。でも私が堂々と学校に行ったら、それだけで私の“勝ち”なんだって思ったんだ。『お前らなんかに屈しないぞ!』って意思表示になるからね。……まっ、こんなショボい話アンナちゃんとは比べ物にならないだろうけど」


「そんなことは……」


「アンナちゃんは『世の中がマシになるまで待つ』って言ってたけど、周りが変わるまで黙って待つなんて、なんか悔しいじゃん。『お前らなんかに負けるもんか』って、胸張って堂々としてようよ。それだけでこっちの“勝ち”なんだよ」


 アンナの表情が少しずつ変わってゆく。ショーコの言うことにも一理あると思い始めているのだ。

 もちろん、勝ち負けだとか単純に割り切るのは簡単ではない。ショーコはアホだからこそ、そういう考え方で乗り切ることができるのだろう。


 だが自分も……ショーコのように物事を単純に捉えられれば……アンナはそう思いはじめていた。


「でも……私がいればお兄様に迷惑がかかるし……」


「アンナちゃんと一緒にいることを選んだのはお兄さんだよ。なのにアンナちゃんが悲しそうに塞ぎ込んでちゃ、お兄さんも悲しいと思うな」


「……お兄様が……選んだ……」


「誰かの為じゃなくても、世界には楽しいことがたくさんあるんだから、満喫しなきゃもったいないよ。一緒にここを出よっ。人生は踊らなきゃ!」


「……」


「それに、こんなとこに引き篭もってちゃスイーツ食べ放題に行けないからね」


「……ふふっ」


 アンナの表情が――ようやく――緩んだ。



「選択肢は二つ。氷の中に閉じこもって、世の中が変わるまで十年でも二十年でも待ち続けるか…………二人で“外”に飛び出すか」


 誘うようなショーコの笑顔。

 アンナは目を伏せた。



 僅かな間考え……アンナは口角を上げた。


「――…………スイーツの誘惑には勝てませんね」


「そうこなくっちゃ!」

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