第54話 氷の竜vs地の竜

「――――」


「……ハイゼルン……」


 街の片隅にある葬儀屋。

 棺の中で眠るように安置されたハイゼルンを見つめ、グスタフは小さく彼の名を呼んだ。


 ショーコ逹は氷の竜を止めに向かったが、ハイゼルンの亡骸をそのまま放置するわけにもいかず、グスタフ逹は遺体を回収してから後を追うことにしたのだ。


「う~……ちょっとマシになってきた。やっぱりもう二度と酒なんか飲まないぞ」


 水で顔を洗い、手ぬぐいで拭きながらマイが呟く。

 あんまりヘベレケだったもんで、休憩も兼ねてグスタフ逹“後続組”に加わったのだ。


「……ずいぶん冷めてるんですね」


「む?」


「マイ・ウエストウッドさんはハイゼルンと戦友だったんでしょう。どうしてそんなに平然としていられるんですか」


「そうだな……私達が戦線を組んでた頃、コイツは傭兵で明日をも知れない命だった。それなりの覚悟はしていたものだ」


「……だとしても、そう簡単に割り切れないですよ……ハイゼルンが死んじまうなんて……俺達これから……どうすりゃいいのか……」


「死んじゃいないさ」


「え……?」


「ハイゼルンは生きてる。生き続ける。今も、これからも……だろう?」


 マイの言葉にハッとしたグスタフは、自身の胸に手を当てた。

 その通りだ。彼と共に駆け抜けた日々は決して消えない。彼は生き続ける。彼の意志を受け継ぐ者がいる限り……


「……そうですね。俺って奴は……なにやってんだ。こんなんじゃどやされちまうとこだ」


「お二方、用意できました」


 グスタフの部下が報せに来た。

 彼らはこれから氷の竜フロストドラゴンの追跡に向かう。

 先行組と後続組に分かれたのはハイゼルンの遺体を回収する為でもあったが、先行組が氷の竜を足止めしている間に後続組が対魔法獣用の装備を整えるためでもあったのだ。


 先程までの悲しみに沈んだ眼から一転し、グスタフの眼はハッキリと“前”を見つめていた。


「よし、ガンつけに行こうぜ」



 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 共和国の大通りにて、氷の竜フロストドラゴン地の竜ランドドラゴンの大怪獣バトルが幕を開けた。


 初手は地の竜の頭突き。四角く巨大な石頭が炸裂した。

 氷の竜の顔面にヒビが入るも、身体を翻し、氷の尾をブン回して地の竜の首根っこに叩きつけた。

 相手がグラついた隙を突き、氷の竜が飛びかかる。前足で地の竜の頭を地面に押しつけた。


『グオオオ……!』


 唸り声を上げる地の竜。石と土で出来た身体が冷気によって徐々に凍結し始める。

 気付けば、先程の攻撃で氷の竜の顔面に入ったヒビが冷気で再生していた。


『ゴオオアアアアア!』


 地の竜が押し返し、形勢を立て直した。

 間合いを取り、両竜がゆっくりと睨み合う。互いに相手を観察し、付け入る隙を探る様子はまさに動物同士のケンカの様だった。


「くっ……相手の方がパワーは上らしい」


「あの強すぎる冷気も厄介だ。接近戦は不利だぞ」


 タラーキ逹――十人の魔法使いはアンナの才能に改めて戦慄する。

 十人がかりで造った地の竜とアンナが一人で造った氷の竜にやや押されているとは、恐るべき魔力だ。


「ちょ、あんたら大人十人がかりのクセに何を弱気な――」


 ショーコの視界に十人の魔法使いの一人である灰色のローブを纏った男が映り、思い出した。彼はハイゼルンの事務所を炎で襲撃した人物だ。

 あの威力の炎なら、敵の冷気を打ち消せるのではなかろうか。


「あ、アンタ事務所に放火した人スよね!? あのドラゴンにも一発カマしちゃってくださいよ!」


「いや……あの時の炎はブリスが描いた魔法陣で唱えたものだ。魔法使いには得意な魔法と不得意な魔法があって、私も炎を生み出せはするが大した威力ではないのだ」


「えっと……つまり事務所に放火したのはブリスの魔法を借りてたってコト?」


「そういうことだ。ブリスは別格だが、我々一人一人は大した力を持っていない分、互いを補い合い支え合っているんだ。食事に出かけた時は皆で割り勘してるし、一着しかない一張羅をみんなで着回してる」


「いい話風のこと言ってんだから後半の貧乏エピソードは言わなくていいよ」


 二匹のドラゴンの睨み合いの均衡は、氷の竜によって破られた。


『~~~~~っ!――』


 超高音の咆吼が吹雪きとなって吹き荒れた。

 思わず地の竜が顔を伏せる。

 その隙を狙い、氷の竜が飛びかかろうとした。


 が――


「どらあ!」


 遅れて駆けつけたクリスが氷の竜の頭部に強烈な一撃を叩き込んだ。

 氷の巨体に亀裂が入り、地面に打ち付けられる。しかし――


「――っ! ……っかぁ~! 冷てぇえ!」


 クリスの右腕を包む装甲が氷に覆われた。

 “芯”まで完全に凍ったわけではないが、ほんの一瞬触れただけでこの威力。凄まじいほどの冷気だ。


 一足遅れてフェイとブリスが合流。氷の竜の眼前――ショーコの隣に陣取った。


「クリスさん! 大丈夫ですか!」


「無闇に近づくと危険だ。魔法に対して物理で挑むのはあまりに愚策。セオリーを知らんのか」


「てめっ、さっきまでのペコペコした態度貫き通せコラ」


「確かに頭を下げたが、もし妹を助けられなかったらこの街ごと全て焼き払うぞ」


「そんなに大事なのに違法魔術作らせてたなんてサイテーな兄貴だな」


「アンナにはそんなことさせていない。違法行為などさせるものか。あの子は清廉潔白だ」


「ちょちょちょ! バチバチしてる場合じゃないよ! どうすればドラゴンを止められるの!?」


 ショーコに諭され、ブリスはバツの悪そうな顔を浮かべた。


「……今、アンナは氷の竜の中で眠っている状態だ。無意識下で魔力が暴走している故、冷気が強すぎて近づけないし、ダメージを与えても冷気ですぐに再生する」


 ブリスの言う通り、クリスの馬鹿力パンチで入った亀裂もスデに冷気によって“穴埋め”され、元通りに戻っている。


「止めるにはアンナを目覚めさせる他に方法はない。だがあの子は眠りが深いタイプだ。耳元で爆竹を破裂させても起きないくらいで毎朝大変なんだ。そこで“転移者”に力を借りたい。憧れの存在に呼びかけられればさしものアンナでも目が覚めるだろう」


「眠り姫を叩き起こす王子様役ってわけか。それくらいなら私でも出来るかも――」


 ショーコがチラと視線を移動させたその時――彼女は見逃さなかった。


 氷の竜が身体を大きくのけぞらせて息を吸い込むのを――



『――ッッッ!』


「――! 伏せろ!」


 氷の竜の口内から濃縮された冷気の波動が放たれた。


 咄嗟にブリスが魔法陣を描き、炎の大渦を繰り出す。

 超低温の冷凍光線と超高温の火炎がぶつかり合い、凄まじい熱風と水蒸気が周囲に吹き荒れた。


「うわああああ! 熱い! 冷たい! 熱い冷たいアツイツメタイ!」


 氷炎の激突に、ショーコが思わずわけわかんない声を上げる。熱波と寒波を同時に浴びるなど初めての体験だ。


 ――冷気の波動が止む。

 同時にブリスの炎も収縮した。


「――っはあ! はあっ! はあっ……くっ……我が妹ながら……とんでもない魔力だ……」


『――ッ!』


 矢継ぎ早に氷の竜の眼前に大きな魔法陣が浮かび上がる。

 人間大の氷柱つららが激しい雨のように、あるいはマシンガンのように放たれた。


「っ! ぬぅああああああ!」


 ブリスが炎の壁を作り上げる。

 氷柱の雨は炎の壁にぶつかり、瞬時に蒸発して露と消える。


『――――!』


 氷柱の機関銃フリーズマシンガンは十秒以上続いた。

 ブリスが生み出した炎の壁ファイヤーウォールはそれらを見事防ぎ切ってみせたが、その代償は大きかった。


「っ……はあ……! はあっ……!」


 ブリスの魔力は激しく消耗していた。

 また先程のような冷凍光線フリーズブラストや氷柱攻撃を繰り出されれば防ぐのは厳しいだろう。


「くっ……このままでは……」



 その時――


「魔法送番組『政府批判アワー 不信任だヨ! 全員解散!』をご覧のみなさんこんばんは。希代の報道王、ジョナ・ジャーナルです。共和国政府本庁近くの大通りから放送いたしております。ご覧ください! 共和国の首都に魔物が出現しました! それも二匹! 氷のドラゴンと石のドラゴンです!」


 突如、戦闘のすぐ傍でテレビの生中継のような撮影――魔法送の生配信が始まった。

 ショーコは彼らの顔に見覚えがあった。魔動車ターミナル前で政府への不満を煽っていた扇動集団だ。


「我々は常日頃から『政府は魔族の存在を隠蔽している』と皆さんに訴えかけていましたが、これはまさにその証拠と言えるでしょう! この二匹のドラゴンが共和国の近くに生息していると知りながら、政府は対処を怠っていたのです!」


 リーダーのジョナが視聴者達に語りかける。仲間の一人がジョナと二頭のドラゴンに向けて魔法陣を掲げ――どうやらカメラの役割をしているらしい――その様子を視聴者に配信しているのだ。


『――――……!』


 氷の竜がジョナ逹に気付く。


「ち、チーフ! ドラゴンがこっち見てますよ!」


「む! カメラ目線とはふてぶてしいトカゲめ。ようし、視聴者によく見えるようしっかり映せ」


「いや……なんかヤバそうな雰囲気ですけど……」


『ッ~~~――!』


「こ、こっちに来ますよ!? や、やべえ!」


「う、うろたえるな! ジャーナリストはうろたえないッ!」


「どひえ~~~!」


『グオオオオオォォォオオオ!』


 寸前、地の竜が横から飛びつき、氷の竜を妨害した。

 二頭の竜はゴロゴロと転がり、取っ組み合いを再開する。


「……あ、危なかったぁ……」


「い、今の……あっちのドラゴンが守ってくれたように見えませんでした……?」


「ば、バカを言うな。魔族がなんで我々を庇う。偶然だ偶然! それより番組を続けるぞ!」


 命拾いしたにも関わらず配信を続けるジョナ逹。自身の身よりも視聴数稼ぎの方が大事なのだ。

 そんなバカどものカメラ前に割って入る少女の姿があった――ショーコだ。


「ちょっとちょっと! こんな時に動画配信なんかしてるんじゃないよ! 逃げて逃げて!」


「な、なんだキミは! 我々は政府の秘密を曝く崇高な番組を――」


「んなことどうでもいいから! ほらほら散った散った! 食べられても知らな――」



「ショーコさん!」


 フェイの呼ぶ声。

 振り返るショーコ。


「えっ?」



 彼女の瞳に映ったのは、大きく開かれた氷の竜の口だった。



「えっ」

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