第53話 キャッチ・ユー・イフ・ミー・キャン
人々の喧噪で賑わう、共和国首都の繁華街。
世界各地の様々な料理とアルコールが入り乱れる雑多な飲食街は、数え切れないほどの市民でごった返していた。
時刻は日付を跨ぐまで二時間余り。夜も更け入り、一日の勤めを終えた労働者達が思い思いに食事と会話と痴話喧嘩を楽しむ時間帯だ。週末ということもあってかなりの賑わいを見せている。
そんなガヤガヤした通りを歩く数人の男女――彼らは日中、駅前で政府への不満を煽っていた扇動集団だ。
「やりましたねチーフ! ルガーシュタインが不祥事で失脚なんて!」
「正式発表まだだけど既に噂は広がってます。これで政府に対する信頼度はガタ落ちですわね」
チーフと呼ばれたリーダーの男性は鼻を鳴らした。
「フンッ、ルガーシュタインは前々からいけ好かないヤツだった。あの男のスキャンダルをスッパ抜くのはこの希代の報道王、ジョナ・ジャーナルの役目だったというのに……」
彼らは共和国内で起こる事件やニュースを世間に広めることを旨とした民間魔法送グループだった。
駅前で政府への不満を煽っていたのも、市民が声を上げる様や評議員と衝突する様子を配信するのが目的だったのだ。
つまるところ、彼らは行きすぎた取材や過激な物言いで視聴数を稼ごうとする偏向報道団体である。
「現職評議員が連行される現場を押えられてたらたんまり視聴数稼げただろうに。惜しいことしたわ」
「あのオッサン、顔がムカつくからキライって市民も多いもんな」
「だがまだ特大のネタが残っている。『政府は魔族の存在を隠蔽している』という真実を我々が曝けば大ヒット間違い無しだ。なんとか魔族の存在証明を押さえねば――」
――その時、物々しい騒音と激しい揺れが繁華街を襲った。
突然のことに誰もが体勢を崩す。
「おわっ……!」
「な、なんだ!? 地震か!?」
いや、地震ではない。
『――――ッッッ!』
ドラゴンの地響きだ。
「わあちゃああああああああああ!」
「ほげええええええええええええ!」
眼前を通り過ぎる
そりゃ日頃から『政府は魔族の存在を隠している』とは言っていても、まさかホントに目の前に
『ッ……――!』
氷の竜は繁華街の市民には目もくれず、ドスドスと足を鳴らし、身体を左右に揺さぶりながら彼方へと走って行った。
「……な……な……なんだぁありゃあ!? ど、ど、ど……ドラゴン!? ホンモノの!?」
「ま……まさか……魔族の生き残りが本当にいたなんて……」
「い、行くぞお前達! 特ダネだ! 急げ!」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「あのカチコチトカゲ、羽があんのにドスドス走ってるってことは重すぎて飛べねーらしいな。飛ばねー竜はただのブタってワケだ」
夜の街を駆けるクリス、フェイ、そしてブリス。
氷の竜が通った後は地面が氷結しているため、どっちへ行ったかは一目でわかる。デカイ分、速度もさほどだ。追いつくのも時間の問題だろう。
「ブリスさん、どうしてドラゴンは……妹さんは政府本庁へ向かっているのでしょう?」
「氷の竜の行動理念はアンナの深層心理によるものだ。自分達を苦しめる“敵”を排除するために動いている。……私は常日頃から政府への不満を口にしていたし、我々が貧困に喘いでいるのは国のせいだとあの子に話していた」
「つまりアンナさんの心の奥には『共和国は敵』だとすり込まれていて、共和国の象徴である本庁を破壊する気だと」
「この時間だと本庁内に人は少ないだろうが夜勤の者もいるだろう。それに平和と復興の証である“元魔王城”が壊されては市民が活力を失う……」
「あんだよ、あんなに共和国がキライっつってたわりにそんなこと気にすんのか」
「あの子に業を背負わせたくないだけだ。こんな国滅びればいい」
「ダブスタもここまでいくと呆れるな」
道に散らばる氷の欠片を踏み砕きながら、三人は氷の竜の後を追う。
……その後方には、遅れに遅れるショーコの姿があった。
「はひっ、はひっ……み、みんな待っちょくれぇ~……!」
彼女は運動が得意ではない。フィットスポーツのテレビゲームも二日でリタイアしたし、マラソン大会の順位も後ろから数えた方が早かった。追いつこうとすがるも脇腹が痛くてもうフラフラだ。
すると、彼女の左右を背後から
「左から失礼」
「バタバタ走ってカッコ悪い。本当に“転移者”なのかしら」
ブリスの仲間である十人の魔法使い達だ。
魔法使いだけあって走ったりせず、魔法を利用して移動している。石畳を繋ぎ合わせ、まるで空飛ぶスケボーのように低空飛行していた。
「あっ! な、なにそれズルい! 未来のスケボー!?」
「ただの浮遊魔法よ」
「わー! 私も乗せてー!」
女性魔法使いが乗る石のボードに飛び乗るショーコ。
多少フラついたが女魔法使いの背中に抱きつく形でなんとか相乗りできた。
「どわっ!? あ、危ない! 無断乗車しないでよ!」
「やっほーぃ! 楽チン楽チン~! ありがと魔法使いのおねーさん」
「タラーキよ。私の名前」
「サンキュータラーキ。こいつぁ速いし楽だし便利だね」
空飛ぶ石板に相乗りしたショーコがフェイ、クリス、ブリスの三人を追い越す。
「あははは! いまどき走ってやんの~。やーいやーい」
追い抜きざまに挑発するショーコ。
「あっ! てめっ、ショーコ! ずりーぞコラッ!」
「せいぜいガンバリなよ~ドンガメさん逹~」
「おい! お前も魔法使いならなんかやれよ!」
「上から命令するな」
「てめっ、こんな時までそーゆーこと言うのかよ!」
クリスがブリスにイチャモンつける様を尻目に、ショーコは夜風を肌に浴びながら飛ぶ。
「いやー、やっぱ魔法使いってスゴイんだね~」
魔法使いの女性――タラーキが応える。
「こんなの初級魔法よ。私達はブリスやアンナほど魔力が強くないからね」
「そういえばさっきあの子の魔力がどうのこうの言ってたけど、どういうこと?」
「魔力は読んで字の如く、魔法を操る力よ。強い魔法を扱うには強大な魔力が必要になる。だけど同時に、魔力を駆使し続ければ心身を激しく消耗するわ。……例えば、疲れてヘトヘトなのに走り続けるとどうなると思う?」
「ふにゃふにゃになっちゃうとか?」
「もっとずっと」
「……鼻の穴かっぴらいてふがふがになる?」
「もっと」
「そ、そんなの死んじゃうじゃん!」
「そう、今のアンナは体力が走り続けるのを止められない状態なのよ」
「い、命に関わるってことか……フェイが氷のドラゴンを『マナが実体化しただけ』とか言ってたけど、それは?」
「“マナ”は魔法に用いられる、目に見えないエネルギーのこと。火を起こすのに空気が必要なように、魔法を使うにはマナが要る。木々や花々、水、土……この世界の“自然”が生み出すエネルギーよ。強い魔力を持つ者ほど“マナ”を操れる量も多いの。あのドラゴンはアンナの強い魔力によって凝縮された“マナ”の塊。あれが具現化し続ける限り、アンナの魔力は消耗し続けているの。だから一刻も早く止めないと……!」
「いたぞ!」
魔法使いの一人が声を上げる。
前方に氷の竜の後ろ姿が確認できた。建物にぶつかりながら前進を続けている。
「わ! わ! ホントにいた! 早く捕まえなきゃ! 魔法でパーっとやっちゃって!」
「回り込むわよ!」
浮遊石板に乗った十人の魔法使い(+ショーコ)は高度を上げ、ドラゴンの頭上を飛び越えた。
タラーキ(+ショーコ)は先行し、ある程度の距離で地上に降りた。氷の竜を正面から待ち構える形だ。
「で、でっ、どーすんの?」
ショーコがタラーキに尋ねる。そうこうしている内にドラゴンが真っ直ぐ向かってくる。
「あなたが止めてみせて。“転移者”の強さを……魔王をも倒せるその力を見せてちょうだい」
「え!? はっ!? 無理無理無理! 私なんもできないよ!? 魔法もチートスキルも無い一般ピーポー!」
「へ!? 何言ってるのよ! 異世界から来たんでしょ!? “転移者”だったらすごい能力を持ってるハズでしょ!」
「ヒドイ! 偏見だ! 転移者差別だ! 苦情が来てもしらないよ!」
「なによそれ! 話が違うじゃない! 虚偽広告で訴えるから!」
「よーし裁判所で会おう!」
モメにモメる二人をよそに、直進し続ける氷の竜の巨体が迫り来る。
『――――!』
「わ~~~!」
踏みつぶされる! ショーコがそう思った瞬間――突如、地面が隆起し、彼女の眼前に石の壁が出現した。
氷の竜が頭から壁に激突する。衝撃と共に氷の欠片がパラパラと散る。
「まったく、何をやってるんだタラーキ! ドラゴンは急に止まれないんだぞ」
「当たり屋かお前は。俺達が助けなかったらどうする気だ」
石の壁を作り出したのは、タラーキの仲間である魔法使い達だった。
四、五人分の魔力故、魔法の発動から地面を変化させて結実させる速度もかなりのものだ。
「す、すまない、オーノホとティムサコ」
「……さすが魔法使いだけあって独特なお名前だね」
ショーコは魔法使い界隈のネーミングセンスに理解が追いつかなかった。
が、そんな余裕はすぐに消え去ることとなる。
氷の竜が
恐るべき氷結力。凍り付いた壁は再度氷の竜の体当たりを受けて粉々に砕け散った。
「っ! ダメだ! 歯が立たない!」
「俺達じゃアンナの膨大な魔力を止められない……!」
「力を合わせましょう! 今までもやってきたように、みんなで……!」
タラーキが両手の平を合わせた。
他の九人も同様に手を合わせる。
十人の魔法使いが呪文を斉唱する。
地面に魔法陣が浮かび上がり、二倍、三倍と陣が大きくなる。
大地が歪み、土が隆起し、形を取ってゆく。
先程の
分厚い胴体に太い四肢、長い尾と首。頭の形は四角く、全身がゴツゴツした石と土で出来ていた。
魔法によりて生み出された竜――
「古の
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