第3話 とっくの昔にSAVED THE WORLD

「わかってたよ……薄々感づいてましたよ……でもやっぱ現実なわけないっていう常識的なショーコちゃんがどこかにいたわけよ……」


 しくしくと涙を流しながら独り言をつぶやくショーコ。

 彼女の中の理性的なリアリストショーコは無惨にノックアウトされてしまった。


 平凡な日常を送る平凡な女子が、何の因果か手違いかファンタジックな異世界へと転移してしまったのだ。

 そんな現実を簡単に受け入れられるほど、彼女の脳は臨機応変に出来ていない。


「いきなりこんな右も左もわからない土地に放り出されて、あたしゃこれからどうすりゃいいんだよ……ヨヨヨ……」


 床にへたり込み、しおれるショーコ。

 無理もない。自分の意思とは無関係に突然見知らぬ土地へ飛ばされたとあっては、不安に押しつぶされそうになるものだ。



「…………いや……ちょっと待てよ……」


 突飛に、ショーコは何かに気づいた様子で顔を上げた。


「ここは異世界……つまりファンタジーの世界なんだよね」


「ショーコ様から見ればそうなりますね」


「誰もが子供の頃に描いていた夢がここにはあるんだよね!」


「そうかもしれません」


 ファンタジー異世界……そう聞いて、ショーコの中で長い眠りについていたロマンチストなショーコが目を覚ました。


 そう……ここは誰もが夢見た、メルヘンでファンシーな世界!

 誰もが幼き頃に描いた夢が……ロマンが、ここにはある!


「この世界に妖精っている!?」

「いますね」


「おしゃべりするお花は!?」

「あります」


「虹で出来た夢の橋は!?」

「あります」


「イケメンで優しい白馬の王子様は!?」

「それはないですね」


 夢は消えた。ガクッと膝が折れたショーコは、再びその場にへたり込んだ。


「……そんな……妖精や虹の橋はあるのに白馬の王子様はいないなんて……これが異世界の現実か……」


 ファンタジー世界といえばイケメンの王子様と結婚して幸せに暮らしましたとさエンドが相場。せっかくの異世界なのだから幼い頃の憧れを再び夢見てもいいじゃないか。


 そんな彼女の恋に恋するハートは露と消えた……



「だが待ってほしい」

 ショーコは顔を上げ、人差しを立てて、待ったをかけた。


「異世界召喚モノってことは……私……魔王を倒して世界を救わなきゃなんないの!?」


  ショーコは人並みにアニメやマンガをたしなむが、いわゆる異世界転移モノには疎かった。

 それでもなんとなく知っている。こういうのは大体、異世界を恐怖で支配する魔王を倒すためだとか、泥沼の戦乱を治めるためだとか、重大な使命を課せられるものだ。


 そう……“転移者”といえば、世界を救う勇者にならなければならないと相場が決まっているのだ。


「むりむりむりむりむり! 世界を救うなんてできっこないよ! 私、体育の成績Dだし! ケンカなんか指相撲しかしたことないし! モンスターと戦うなんて無理だよ無理!」


 平々凡々な女子高生であるショーコにとって、異世界の邪悪な魔王を倒せなんてどだい無理な話だ。

 そもそも彼女は虫も殺せないし、蚊に刺されても叩くことなどせず息を吹きかけて追い払うくらいしかできない小心者だ。


「あっ、もしかしてあれでしょ! 異世界転移モノだからチートスキルで無双しろってことでしょ!? んな無茶言わんといてくださいよ! あたしゃただの一般人だよ! そんなモンあったら苦労しませんよ!」


 “チートスキル”というものについてショーコはちゃんと理解しているとは言い難いが、異世界転生あるいは転移した人間に付与される反則級に優れた能力のことだと大雑把に把握している。


 常人離れした超高火力な魔法が簡単に扱えるとか、身体能力の一部がスーパーマンじみた強さを発揮したりするとか、そーゆーのだ。

 あるいは自分にとっては何気ない言動が異世界においては革新的で文明を飛躍的に前進させる、といったようなパターンも聞いたことがある。


 だがショーコにはそんなものはない。何度も言うが彼女はどこにでもいるへーへーボンボンな少女で、強いて言えばちょっとアホなとこくらいしか特徴のない人間なのだ。


「私ヤだよ! チート能力で英雄になれるとしてもモンスターと戦うなんてゴメンだからね! みんなからチヤホヤされて何故か異性にもモテモテになれるとしてもお断りします!」


 ある意味“異世界召喚モノ”に対する偏見だ。


「落ち着いてくださいショーコ様。そのチートというのがなんなのか私にはサッパリ」


 荒ぶるショーコを嗜めようとするフェイ。

 それでもショーコは必死で訴えた。危険なモンスターどもと戦いたくないがために。


「とにかくフェイ! いくら頼まれたって、魔王と戦うなんてゴメンだからね! 私はただの女子高生なんだから、世界を救ったりなんかできっこないよ!」



 だが――



「何を仰っているのですか」


 フェイはさも当然のことを話すように答えた。




「この世界は十五年前に“最初の転移者”によってスデに救われています」



「えっ」




 一瞬、ショーコは固まった。



 ――数秒間を置いて、叫んだ。


「なっ! なっ! なっ! なんですとぉ~~~~~~!?」


 ショーコはこれまでの人生で一番の大声を上げた。


「も、もうスデに世界救われちゃってんスかァ~!? え!? ていうか“最初の転移者”ってナニ!? ダレ!? ドユコト!?」


 事態が飲み込めず混乱するショーコに、フェイは淡々と説明する。


「この世界はかつて、“魔族”と呼ばれる魔物モンスター達が闊歩し、その脅威に人々は怯えるしかありませんでした。しかし十五年前、異世界から現れた“最初の転移者”と、その仲間の一行が魔族の王を打ち倒し、世界を救ったのです」


「十五年も前に……」


「あなたはこの世界において、史上二人目の“転移者”ということになります」



 ……世界はスデに救われた。


 邪悪な魔王は討たれた後。


 もはや異世界からやってきた“転移者”サマの出る幕などないのだ。


 そんな世界に……平和なファンタジー世界に、ショーコは転移した。


 言うなれば全クリしたRPGを貸し与えられたようなもの。

 言うなれば完成した状態のジグソーパズルをプレゼントされたようなもの。


 そんなもの渡されてもどうせえっちゅうんじゃいってなもんだ。



「え……ちょっと待って……んじゃなんで私、異世界に召喚されたの? 世界を救う勇者になるために呼ばれたんじゃないの?」


「私にもさっぱり」


 フェイは両手を広げて『存じ上げません』のポーズをとった。


「偶然ワームホールが開いて飲み込まれたとか?」

「かもしれませんね」


「どっかのお姫様が誕生日パーティーに私を呼んだとか?」

「ありえます」


「白馬の王子様が異世界の私に一目惚れして結婚するために召喚したとか?」

「あソレは絶対ないですねハイ」


 一体全体、なんだってこんなところにショーコは召喚されたのか。誰が、何のために。


 何もかもわからないことだらけだが、一つだけハッキリしていることがある。


 ――ここはショーコが居るべき場所ではない。


 勇者にも賢者にもなれない彼女の存在は、あまりにも場違いだ。


 この世界に……ショーコの居場所はないのだ。



「……えーっと……それじゃ……やることないんだったら家に帰りたいんスけど……」


「え、帰っちゃうんですか?」


 意外そうな顔をするフェイ。


「そりゃ……来たくて来たわけじゃないし……別に必要とされてるわけでもないみたいだし……」


「そんな、遠慮しないでゆっくりしていってください。これから我がルカリウス公国が国を上げてショーコ様をお迎えする予定がビッシリなんですよ。今夜は歓迎パーティーの予定ですし、明日はショーコ様をお神輿に乗せてのパレード、明後日には宮殿の前に銅像を建立いたします」


「熱烈すぎて重いよ」


 一般的なティーンエイジャーならば、ある日突然異世界に召喚されたならば、喜び、興奮し、異世界での冒険に胸を躍らせることだろう。


 だがショーコは違う。危ないメに遭うなんてゴメンだ。

 異世界に来て早々、巨大な狼のモンスターに襲われたこともあってか、こんな危険な異世界からすぐにでもオサラバしたかった。


 たとえスデに世界が救われているとしても、普通の女子高生である彼女にとっては未知の危険に満ち溢れた世界なのだ。


「とにかくパーティーもパレードも銅像もいらないから。そんなことにお金使うならもっと国民のために使ってあげてよ。私はすぐ帰っちゃうんだからさ」


「……そうですか」


 フェイがとても残念そうな表情を浮かべたので、ショーコはなんだか申し訳なくなった。


「……え、えーっと、なんかごめんね? でも私なんか要らないでしょ? スデに魔王は倒されてて平和なんだったらさ、こんなやついても邪魔なだけでしょ。賢くもない運動もできない私なんかいたってしょーがないよ。うん」


 自分で言っててショーコはちょっと悲しくなってきた。改めて自分は特になんの取り柄もない、いてもいなくてもおんなじ人間なんだと思えてしまう。


「……そうですね。ですがショーコさん、お帰りになる前に一つだけよろしいでしょうか」


「うん、いいよいいよ。サインでもほしいの? さっき騎士団の人の鎧にも書いてあげたんだ。手で触ったから滲んじゃってなんて書いてるかわかんなくなっちゃったけど」


「是非“転移者”様にお会いしたいという方々がおられるので、会ってもらえませんか?」


「私に会いたい人……? 誰?」



「この国を統治されている貴族の方々です」

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