第4話 ルカリウス公国
フェイに連れられて部屋を出たショーコはふと足を止め、煌々と光が差し込む窓の外を眺めた。
現在ショーコが居る宮殿の前には大きな噴水があり、そこを中心として民衆の家屋が建ち並んでいる。道端で露店を開いて食物やアクセサリーを売っている商業者も多い。
街全体の空気が透き通る水面の如く澄んでいるように感じられた。
ショーコは日本から国外に出たことはなかったが、この異世界に来て初めて理解した。ルカリウス公国の真に澄んだ空気を知った今、日本の空気は汚れていたのだと。
実際に空気が透き通っているからだけではない。人々の心も晴れやかなのだ。
どうやらこの世界は本当に平和らしい。
少なくともショーコにはそう見えた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「失礼致します」
そこはショーコが居た部屋よりもさらに大きく、さらに豪華な部屋。
縦にも横にも広く、宝石がちりばめられたシャンデリアがキラキラと辺りを照らしている。
部屋の中央に三人の男女がこれまた豪華な椅子に腰掛けていた。
一人は金髪の男性、一人は白髪交じりの男性、一人は髪をお団子頭にセットした女性だ。
三人とも年齢は五十代か六十代といったところか。
「おお! “転移者”様のお出ましだ! ようこそ我がルカリウス公国へ!」
金髪の男性が椅子から腰を上げ、両手を広げて歓迎の意思を表した。
「ショーコ様、こちらの方々はルカリウス公国を統治されている貴族のマーク公、フォード公、キャリー公にあらせられます」
「き、貴族……はじめましてですわ。未舟ショーコと申しますですわ。ごめんあそばせ」
ショーコは小さく膝を曲げて首を傾げた。これが彼女に出来る精一杯の貴族らしい仕草だった。
「世界をお救いになられた“転移者”様がかように可憐な少女であったとは意外ですわ」
「そのことですがキャリー公、この方は新たに転移されて来た、新しい“転移者”だそうです」
フェイが訂正すると、お団子頭の女性――キャリー公は口元を手で隠した。
「あら、お二号さんですのね」
「言い方」
ショーコは貴族の語彙力に引っかかった。
「ともあれ、“転移者”であることに変わりない。歓迎いたしますぞ。さあさ、お食事の用意ができておりますぞなもし」
白髪の男性――フォード公が向けた手の方を見ると、大きなテーブルの上に所狭しと豪華絢爛な料理が並べられていた。
「ダムダムゾンゲルゲとグヌギジュエギの塩焼きがオススメですぞ」
色彩豊かな料理の数々。見慣れない食材や動物の肉が使われているようだ
異世界の得体の知れない食べ物の数々にショーコは忌避した。
「い、いやぁ~……あんまりお腹空いてないかな~って……」
「ふむ、そうですか。ご馳走したかったのですがな」
「そう言うなフォード公。これから“転移者”様を盛大におもてなしする予定がたくさん詰まっているではないか。今から腹を満たしていては今夜の歓迎パーティーに支障が出るだろうて」
金髪の男性――マーク公がフォード公をたしなめる。
「そうだったな。ようし、今夜は久々に乱痴気騒ぎと洒落込もうぞ。費用は全て公金で賄えるから盛大にパーっとやるぞな。生クリーム風呂も準備しておこう」
「おお、あれやると次の日胸焼けでしんどいがベタベタして楽しいものな」
「鼻ストローでお砂糖一気吸い大会もやりたいですわ。“転移者”様に前回王者であるわたくしの誇り高き戦いを見せて差し上げてましょう」
意気揚々と盛り上がる三人にフェイの一言が冷水をぶっかけることとなった。
「そのことなのですが……ショーコ様は遠慮されるそうです」
「んなっ!? なんですと!?」
「遠慮する!?」
三人の貴族は仰天した。
合法的に、しかも公費で飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎができる機会を自ら手放すショーコが信じられなかった。
「ど、どうしてそんな……“転移者”様は主役ですぞな!? みんなからチヤホヤされて好きなだけ食ったり飲んだりできるぞなのに!?」
「だってなんか申し訳ないし……」
「人の金で食べる飯が一番美味いと言うのに!?」
「言い方」
ショーコはキャリー公の語彙力に引っかかった。
「だ、だがせっかくの公費を愉悦に使わず何に使うと言うのですか」
「いや、そんな無駄遣いせずにみんなのために使ってくださいよ。道を綺麗にするとか公共施設増やすとか。公費ってそういうもんでしょ。国の為のお金なんだから有意義なことに使わないと」
「む、むう~……そんな使い道があったとは考えもせなんだ」
「おい貴族よ」
もうショーコは敬語を捨てた。
「よもや“転移者”様自ら歓迎の儀を辞退なさるとは……」
「予想外ではありますが……それが“転移者”様のご意志なら従う他ありますまい。そして“転移者”様のおっしゃることこそ真理ぞなもし」
「“転移者”様、ここに我らお約束いたしましょう。お国の公金は贅に費やすのではなく、国民の為にお使うと。自己お満足な博覧会やカジノの建設お計画はお白紙にいたしますわ」
「そ、そうですか……なんか色々やろうとしてたみたいだけど、もっと国民の為になることにお金使ったほうがいいよね、うん」
「まずは無駄な公共事業を見直すぞな。貴族慰安旅行とか貴族ゴルフコンペとか要らんだろあれ」
「それから、各地に図書館や福祉施設をおっ建てましょう。あとスイーツビュッフェも」
「いいな! 国を作ってくのっておもしろいな! なんか楽しくなってきたぞ!」
「ゲーム感覚で国作りしないでよ……ちゃんと国民の声聞いてね」
「お任せあれ! 我らがルカリウス公国が“転移者”様に誇れる国になるよう、尽力しますとも!」
三人の貴族は綺麗な姿勢で胸を張った。貴族だけあって礼儀作法はしっかり身についているらしい。
「ところで……“転移者”様は今後どうなさるおつもりですかな? 我らが公国に永住なさりますか? ご希望とあれば貴族の一員としてお迎えいたしますぞな」
フォード公の問いに、代わってフェイが答える。
「それなのですが、ショーコ様は自身の意思とは無関係にこの地に転移したそうです。御三方、ショーコ様が……新たな“転移者”様がこの世界に現れた理由に心当たりはありませんか?」
「ふむ……“転移者”が現れるのは世界の終末だと相場が決まっているが……今の世は平和そのもの。新たに“転移者”様が来られる道理などあるだろうか……?」
「いいやないない。きっと神様のイタズラだろう。ハハハ」
「お邪悪な存在は追いやられ、人々は笑顔でお幸福に満ちた暮らしを送っています。“転移者”様のお力をお借りするようなことなど何もありませんわ」
三人の答えにショーコは思わず渇いた笑いが出た。
「……あ、あはは。そうッスよね。平和になったんだったら私なんかお邪魔ッスよね。ハハハ……と、ということでそろそろおウチに帰りたいんスけど~……帰る方法教えてもらっていいッスか?」
三人の貴族は互いに顔を見合わせた。
それぞれが首を傾げ、肩をすくみ、頭を左右に振った。
「お役に立てず申し訳ない……“転移者”様を元の世界に帰す方法など、我々は存じ上げません」
「……え?」
「……」
「……えーっと……いや、私、帰れないと困るんスよ。来週見たい映画が始まるし、期末テスト受けなくてすむのは助かるけど留年するのも困るし……お母ちゃんも心配するし……」
「ショーコ殿、残念ながら我々にはどうすることもできません」
「……えと……ということはつまり……私、このまま一生帰れないんスか……?」
「……申し訳ない」
しばらくその場に沈黙が流れた。
じわじわとショーコの中に“焦り”がやってくる。
家に帰れないという状況がこんなにも不安をかきたてられると初めて知った。
これから先、この見知らぬ土地で、この見知らぬ世界で一生を過ごすのか……言いようもない恐怖がショーコを包み込んだ。
もう二度と、故郷には帰れないのか……
「おお! そうだ!」
突然、マーク公が口を開いた。
「“最初の転移者様”にお会いになるのはどうでしょう。あの方は
「な、なるほど……! その“最初の転移者”ってまだこの世界に居るんだね! どこに行けば会えるんスか!?」
代わってキャリー公が答える。
「小耳に挟んだことがあります。〈ローグリンド王国〉に“最初の転移者”様のお仲間が時たまお現れになると。その方に尋ねれば“最初の転移者様”の居場所をお教え頂けるかも」
「おお、ならばローグリンドへと向かわれるのが良いでしょう。フェンゼルシア殿、同行して差し上げなさい」
「承知しました」
「ちょ、ちょっとちょっと。ちょいまち貴族のセンセイ方」
トントンと勝手に話が進み、ショーコは慌てて制止した。
「よ、よくわかんないけど旅に出ろってこと? 話が急すぎるし、フェイと私だけじゃ危なくない? モンスターが出たらどうすんの?」
ショーコが抱く当然の疑問に対し、三人の貴族は笑い声を上げた。
「おお、“転移者”様はずいぶんと細心ですな。このご時世に魔物と遭遇などするものですかいな」
「そもそもあなたは天下無敵の“転移者”様……なにを恐れることがありましょうぞな」
「それに、フェンゼルシア殿のお腕前は我々がお保証します。たとえお魔族なんかが出てもお一捻りですよ」
ショーコはフェイに目を向けた。
スラーっとした線の細い身体。どっからどう見ても屈強な戦士には見えない。
「あの、フェイ……本当に大丈夫? あの人達の言い方からするに、モンスター出るフラグビンビンなんだけど」
「大丈夫です。このフェンゼルシア・ポート・ユアンテンセンが付いております。安心して冒険に出ましょう」
えっへんと胸を張ってみせるフェイ。
もはやショーコには
「……どーなんの……私の人生……」
かくしてショーコは旅立つこととなった。
元の世界に――家に帰るための旅に……
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