第24話 セイギ②
「おい、お前今ぶつかっただろ?」
はしゃいでいた子供が警官のうちの一人にぶつかった。
警官の足元で見下ろされていた子供は、恐怖のあまり声を出せずにいた。
「すみません!この子にはきつく言っておきますのでどうか今日のところは!」
その様子を見た母親がすぐに駆けつけた。子供を守るように抱きしめ、いつ来るかわからない痛みを耐えるように目を思い切り瞑っている。
「言って聞かせるだけじゃ足りないな!!」
そういうとぶつかられた警官は拳を振り上げた。
「やめろ、子供相手だぞ。」
ルイは警官の振り上げた腕の手首を掴んだ。
「なんだよルイ、悪いのはこいつらだろ。」
「子供ははしゃぐもんだ。母親も注意すると言っている。このぐらい見逃してやれ。」
警官は「ッチ」と舌打ちをしながらルイの腕を払った。再び警備に戻るルイたちに、母親は子供を抱き抱えながら深く頭を下げていた。
もしこのことを異常として報告したらどうなるだろうか。きっと警官が子供に拳を振り上げたことではなく、子供がぶつかってきたことが異常だと捉えられるだろう。
きっと「世界を変える」という思考が腐る前に、警官が住民に意味もなく暴力を振るったことを異常として報告した人も少なくないだろう。だとしたらなぜこの組織が変わらないか、それは報告した先が腐っているからだ。
こんな組織でルイがすることは二つ。少しでも早く出世すること、そして出世し、権力を行使できるようになるまでに「世界を変える」という思考を腐らせないことだった。
今回のように止めたのは「世界を変える」という思考を腐らせないため。そして出世のためには人を殴ることもあった。
仕事が終わるとルイはすぐに家に帰ることはなかった。きっとすぐに家に帰ればヨウと多少話す時間はある。だけどヨウが話に応じてくれるかは別だ。それにヨウと話す以上にルイにはやるべきことがあった。
「すみませんでした。」
「ああ、またあんたか。」
ルイは、腕に包帯を巻いた傷まみれの男に、傷薬を届けにきた。
「もういいんだ。」
「いいわけないじゃないですか!」
男の言葉に少し怒りを感じ、ルイは言った。
この男は一週間前にルイが殴った男だ。持っていたコインで買い物をしようとする男に、警官の一人が「コインを盗んだ」と因縁をつけた。もちろんこの男はコインを盗むようなことはしていない。だが、そんなことを証明する技術なんて、この男にも警官にもなく、言ったもん勝ちだった。
出世のため、この世界を変えるため、そう自分に言い聞かせて罪のない男を殴った。殴っている時、力は入れなかった。だけど周りのその光景を見ている人の目が痛く心に刺さった。
世界を変えるはずなのに僕はどうして犠牲を増やしているんだ。そうとまで思った。
「あなたはコインを盗んでいないんでしょ?僕はそんなことを聞こうともせずにあなたを傷つけてしまった!」
「いや、いいんだ。あんたはもう関係のない俺にこうして薬を届けにきてくれる。それに何より、今日、子供を守ってくれていた。」
その光景をこの男は見ていた。
「俺を殴った日にもこうして薬を届けてくれた。その時あんたは泣きながら言っていた。『世界を変えるための犠牲なんだ、本当にすみません』と。俺は子供を守るあんたの姿を見て、確信した。ああ、この人は本当にこの街を変えようとしているって。」
ルイはその言葉を聞いていると、また涙が込み上げてきた。
「だから俺が殴られたのも俺にはわからなくてもきっと世界を変えるために必要なんだ、そう思うとあんたに殴られたことがなぜか許せたんだ。」
男はルイの手に握られている傷薬ごと、ルイの手を両手で包むと「ありがとう」と言い、傷薬を受け取った。
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