第三章 リョウシン

第17話 リョウシン①

 「ソウゲンを見に行こう!」


 仕事が始まる前、ルヴェンが、大きな声で言った。いつもなら夕方に来るのに今日は朝早くから顔を見せていた。

 俺はルヴェンの言った意味がよくわからなかった。きっと一緒にいる兄貴もこの意味がよくわかっていないだろう。


 「朝からどうしたんだよ?」


 オイルの空き缶に座っているウェルが言う。

 ウェルは俺の兄貴で、この工場の工場長をしている。もうすぐ1歳になるヨウと言う名前の息子がいる。俺もよくヨウを預かることがあるが、本当によく兄貴に似ている。そのせいか、どことなく俺にも似ているところがあって、顔を見ていると少し不思議な気分になる。


 「これを見てくれ!」


 ルヴェンは分厚い本を広げて、あるページを俺たちに見せた。

 そこには白黒で、広く、一面に植物が生えている場所が描かれていた。


 「これがソウゲンだ。ここには白黒で描かれているけど、本当は一面緑で、雲が白くて、空も青いんだ。」


 他言語で書かれている本の内容は、俺と兄貴には読めなかった。

 だけど、学校の先生をしながら、学者としていろんな研究をしているルヴェンが言うんだから、きっとこの本にはそう書いてあるんだろう。だけど俺と兄貴はそれが少し信じられなかった。


 「空が青い?そんなことないだろ。」


 ウェルがそう言った。

 俺たちの生まれ育ったこの街の空は薄暗い色をしている。青い空なんて一度も見たことがない。雲も雲と言うよりは工場の煙のような色をしていた。

 それが当然で生きている俺たちには、白い雲、青い空なんて言われても想像ができなかった。それどころか俺も兄貴も、「青い空なんてありえない」と思っていた。


 「それがそうじゃないみたいなんだ。他の本を読んでも、空は青いものとして書いてあるんだ。だからきっと、この街の空がおかしいんだ。」

 「あー、わかったわかった。もう仕事が始まるから、その話はまた今度な。」


 兄貴は、そう言いながら立ち上がって仕事を始めた。


 「なぁウェル、お前もソウゲンを見てみたいって思わないか?」


 ルヴェンは、仕事を始めるウェルにしつこく言い寄った。


 「お前も仕事があるだろ?早く行かないと生徒たちが待っているぜ。」


 ウェルがそう言うと、ルヴェンは「そうだった」と言い、急いで仕事へ向かった。

 ルヴェンが工場を出る直前、「夕方も来るから!」と言い残していったが、きっと兄貴の耳には届いていないだろう。


□□□□□□□□□


 夕方になるとルヴェンが、また工場にきた。


 「話があってきた。」

 「今朝あったばかりだろ。」


 ウェルがそう言った。


 「俺には帰りを待っている息子がいるし、お前にも愛する奥さんがいるだろ?早く帰ってやれよ。」


 ウェルは早く帰りたいと言う思いを剥き出しにし、めんどくさそうに言った。


 「街の外に行く。」


 ルヴェンはウェルにそう言った。

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