第9話 ソウゲン⑨
おじさんが「お前たち、今日はもう帰れ」と言うから上げてもらった。
「おかしいよ。」
家の扉を閉めるとヨウが暗い声で言った。ヨウの目は、家の中のどこか遠くを見ていた。
「え・・・うん、何が・・・?」
その時のルイは、頭の中が混乱していた。
警官に殴られて血だらけになっている人は、今までに何度も見たことがある。だけど今回はそれとは違う。一目でわかった。あの人は死んでいた。
初めて直面した人の死に、今でもどうしていいかわからない状況だった。
ヨウの目がしっかりとルイの目と合った。
「何がじゃないよ!あの人が殺されたことだよ!おかしい、あの人は『戦争に行きたくない』って言っただけなんだ。それなのになんで殺されなきゃいけないんだ!」
「ヨ、ヨウ、落ち着いて!」
ヨウは、今までルイが聞いたことのないほど、息を切らしながら声を張り上げていた。その様子は、怒りまかせに言っているように見えるのと、抗えない理不尽に必死で抵抗しているようにも見えた。
「あの人だけじゃない。俺たちだってそうだ。銃なんて、人を殺す道具なんて作りたくないんだ!俺だけじゃない、おじさんもそう言っていた。それなのにどうして・・・」
ヨウが息を整えるのと同時に、少し落ち着きを取り戻して言った。
「どうして、俺たちは自由じゃないんだ。」
ヨウの視線が床に向いた。ヨウの発した声には、落ち着き、と言うよりも、暗さ、の方が強かった。
「何があったの?」
□□□□□□□□□□
「おい、お前!!今なんて言った?」
ボーッと空を眺めていると荒い声が聞こえてきた。また喧嘩かな、と思いながら声のする方に目をやると紺色の服を着た人と誰かが揉めていた。
「お、俺は戦場になんか行きたくない!!俺なんかが行っても何の役にも立てないだろ・・・?」
「国の命令に逆らうんだな?」
「さ、逆らうも何もねぇだろ・・・!」
「国の命令に逆らうということはどうなるかわかっているな?」
怯えた声で話す男に対して、警官は、落ち着いた口調ながらもどこか荒さのある声で言った。そして男の頬に勢いよく拳が当てられた。
「今ならまだ間に合うぞ?」
「ま、待ってくれ!ま、まだ!」
警官は、倒れ込む男に近づきながら言った。しかし、男は慌てながら首を降り、「待ってくれ」としか言えない様子だった。
そんな男の言葉に耳を傾ける様子もなく、容赦無く踵で顔を踏みつけられていた。
「わ・・・・・、わかった。わかったから」
何度も踏まれながらも男は声をあげた。すると警官はピタリと足を止めた。
歯は折れ、鼻は曲り、男の顔はもう元の形に戻らないんじゃないかと思うぐらいグシャグシャになっていた。
暴力が止むと、男は肩で呼吸をし、その口から何か声が出てくる様子はなかった。
「そうか、答える気はないか」
警官は男に背を向け歩き出した。
「た、助かった・・・。」
男が小さい声で言うと、警官の足は止まり、腰にある銃を手にとった。その銃口は、ゆっくりと男に向けられた。
「嘘だろ・・・・?」
男の表情には、恐怖一色だった。それはグシャグシャになったその顔からでもわかった。
そして、その恐怖は、見ているこちらにも空気を伝って伝わってきた。
カチッ
ゆっくりと銃の撃鉄を起こした。
「わ、わかった!だから頼む!それだけはやめてくれ!俺も!俺もせん・・・」
バンッバンッバンッ
男の言葉を遮るように、3発の大きな銃声がした。
男は先ほど以上に赤く染まり、銃声の後、男がしゃべることはなかった。
銃口からは煙が出ていて、警官の顔から感情が読み取れず、その表情がさらなる恐怖を掻き立てた。
警官は銃をしまい、こちらに目を向けることもなく、街に姿を消した。
「ヨウ、大丈夫か!?」
工場からおじさんが出てきた。だけど、ヨウの耳にその声は届かず、血に染まった男の死体を見ていた。
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