第5話 ソウゲン⑤

 ルイが飛行機の設計図を見せてきた日の夜、俺たちはいつも通りチェスをしていた。


 いつも通りクイーンを優先して動かす。そうするとルイはクイーンにだけ注意を向け狙ってくる。そうするとナイトやルークの方に空きができる。

 ルイはいつも単純だ。どっちかしか見ることができない。もっと言うとルイの目的はずれている。

 チェスの目的は、自分のキングをとられないように相手のキングをとることだ。他のピースが取られたとしても自分のキングが生きていて、相手のキングをとることができれば、このゲームは勝ちになる。それなのにルイは、相手のキング以外のピース、クイーンやナイト、ルークをとることに集中している。


 「はい、チェックメイト。」


 相手のピースを取ることにだけに集中していると、キングを守るピースがいなくなってしまう。そうすると簡単にキングがとられてしまう。


 「わぁぁぁ!また負けた・・・。」


 ルイは頭を抱えながら言った。

 「どうしてだ?」と言いながらルイは盤面を見ながら負けた原因を探っていた。


 「ルイ、あれはどこにやったの?」

 「あれ?クイーンのこと?実はいつもヨウのクイーンがいつの間にかいなくなるから僕も真似してみたんだ。」


 盤面には黒いクイーンが隅っこの方にチョコンと置いてある。他のピースで隠すこともせず、クイーンの周りを見ても黒いピースが守りに入ってこれるような状況ではない。

 確かに今回のチェスでは、黒いクイーンが目立っていなかった。だけど俺は、そんなことが気になったんじゃない。


 「いや、チェスの話じゃなくて、設計図だよ。」

 「あー!飛行機の!」


 ルイはスッと立ち上がり、本棚から1冊の本を取り出した。


 「他の人に見つかったら僕たちの発明が台無しになっちゃうから、ここに隠しておいたんだ」


 本を開くと、本のページより少し小さいぐらいに、折りたたんである紙が挟んであった。

 ルイはその紙を取り、その場で広げる。

 

 「これだよ、飛行機の設計図。あれからヨウに指摘されたところをちょっと書き直してみたんだ。」


 さっきまでチェスに夢中だったルイの目は、もうルイ自信が書いた設計図に釘付けになっていた。


 「機体の全体はアルミを使おうと思っているんだ。鉄を使うよりも軽くて頑丈にできるかなって思って。」


 チェスを横に退け、ルイが書き換えた部分の説明が始まる。


 「エンジンはロータリーエンジンを使おうと思っているんだ。」

 「どうしてロータリーエンジンなの?」


 車のエンジンには普通、蒸気機関が使われる。レシプロエンジンや、ロータリーエンジンの車なんて、お金持ちの中のお金持ちか、警官や軍と言った機関じゃなきゃ高くて買うことすらできない。そもそも俺たちみたいな貧乏人には蒸気機関の車ですら手にすることは叶わない。


 「まず、蒸気機関だと出力が足りないんじゃないかなって。」


 工場に来た時に『僕たちが頑張って自転車みたいにこげばいいよ』と言っていたルイと今のルイはまるで別人のように考えがしっかりしている。


 「それに、ロータリーエンジンなら僕たちでも組み立てられるっておじさんが言ってたし!」


 しっかりしていると言っていたけど、どうやら少し本を読んだだけみたいだ。


 「何言ってるんだよ、ルイ。組み立てられるってのは、ちゃんと動くとは別の話なんだぞ?」

 「えぇ!!そうなの!?!?」


 ルイが驚きのあまり大きな声をあげる。


 「そうだよ。それにパーツがないんじゃ組み立てられないじゃないか。まさか一から作るつもりなのか?このエンジンも、このボディも。」

 「そうじゃないの・・・?」

 「はぁ・・・。」


 パーツを自由に作れる機械なんて、おじさんの工場にもない。そしてアルミや鉄なんて高級品、どうやって手に入れればいいのか。その晩、俺とルイは、ずっとそんな話をした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る