第5話 エッチだと思われたくない後輩はやはり・・・

「落ち着いたか、しずか?」


「うん、取り乱してごめんね」


 俺が麦茶を注いでやり、一杯飲み干すと彼女はしゅんとなって落ち着きを取り戻した。ここら辺の感情の爆発はかわいいし、Vチューバーの有栖川みすずの人気を支えている面でもある。ある意味で、年相応のかわいらしさだ。


「ASMRでそんなに取り乱さなくてもいいんだぞ。俺は、みすずのあれが好きで毎晩聞いているくらいだし」


「うう、それはそれで恥ずかしい」


「まぁ、でもみすずが人気になろうと必死に考えて、頑張った成果じゃないか。たしかに、ちょっとエッチだけど、誇りに思ってもいいんじゃないか?」


「そうだけどぉ、そうだけどぉ」


「俺は、そんなに風に、頑張っているお前がすごいと思うぞ」


「……うう。一樹お兄ちゃんはいつもそうやって……無自覚で、女の子を口説くぅ」


「えっ、何だって?」


「何でもない、ばーかぁ」


「いきなり、バカにするなよ。まあ、お前ほど優等生じゃないけどさ」


 よしよしと俺は、いつも癖でしずかの頭を撫でた。


「うう、そういうところだよぉ」


「気にするな、幼馴染じゃねぇか」


 言葉とは裏腹に、しずかはかなりリラックスしてきているようだ。


「ねぇ、センパイ?」


「どうした?」


「いつもやっているASMRは、あくまで有栖川みすずだからね。私は、あんなにエッチじゃないよ。それだけは信じて欲しいの?」


「ああ、そういうことにしておいてやるよ」


「もうっ!!」


「じゃあ、今日は帰るぞ。明日の朝からよろしくな」


「うん!!」

 こうして、俺は紳士的に彼女の家を後にした。決して、ヘタレたわけじゃない。逃げたわけじゃない。怖がっている女の子を襲うなんて、一番ダメだろ。これは勇気の撤退なんだ!!


 ※


 センパイが帰った後、私はひとりで天井を見つめる。隣の家のセンパイの部屋に灯りがつくのを見つめた。


「大好きな人に、エッチだと思われたくない女の子の気持ちをどうしてわかってくれないのかなぁ」


 私は少しだけ恨みをこめて嘘をついた。何が嘘かと言えば、恨みなんて一切ない。一樹お兄ちゃんは、いつもピンチに駆けつけてくれる大切な人。


「はぁ。明日から登下校はずっと一緒かぁ」

 思わずにやけてしまう。自分は本当に変態だと思う。彼のことを考えると、幸せな気持ちが止まらなくなる。足を自然にバタバタさせてしまう。


 センパイが部屋に来てくれたことを思いながら、深い眠りについていった。


 ※


「しずか、寝たかな?」

 俺はなぜか眠れなくなってしまいスマホから動画サイトを開いていた。

 ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)。翻訳すると「自律感覚絶頂反応」。もう危ないにおいしかしないが、本能に訴えてくるリラックス効果がある音くらいに考えてもらえばいいと思う。


 睡眠導入効果を持つと言われているから、こういう夜にピッタリだ。


 俺はさっき話題になった『学級委員長の真面目な後輩にちょっと叱られるASMR』を開く。


 ※


『センパイっ!! また寝坊したでしょ。もう、何度言ったらわかるんですか!』


『もう、いつも生返事ばっかりぃ』


『えっ、最近、受験とかが不安で眠れないんですか……たしかに、それは不安ですよ』


『リラックスしたいから、私に膝枕させろ? 何をバカなことを言っているんですか!? セクハラですよ』


『たしかに、眠れなくなって、受験に落ちて、ニートになったら困りますけどぉ』


『もう、今日だけですよ』


『はい、これでいいですか。恥ずかしいから、においとか、かがないでくださいよ』


『えっ、良い匂いだって? センパイの変態っ。他にもっと褒めるところあるでしょ』


『まぁ、たしかに異性に膝枕って憧れる展開だと思いますけどぉ』


『もっとリラックスしたい? 私の膝枕じゃ足りないんですか?』


『わかりましたよ。なら、耳かきしてあげます。えっ、なんで耳かきかって? 知らないんですか、耳かきは気持ちいいからリラックスできるんですよ。優しくしますから……』


『どうですか、リラックスできますか? あれ、センパイもう寝ちゃったんですか? もう……あなたにこんなことしてくれる後輩、私くらいしかいないんですからね。もっと大事にしてください』


『おやすみなさい、センパイっ。だいすき……』


 ※


 やっぱり、睡眠導入効果はすさまじい。俺も少しずつウトウトし始める。あんなこと言ってたけど、やっぱり、しずかって……


 エッチだよな。

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