第4話 後輩にそばにいて欲しいと言われたら

 俺はいつものように裏口からしずかの家に入り込む。ここはおばあちゃんの部屋からも遠くて気づかれにくいから、忍び込むのに最適と彼女に教えてもらっていた。小学校の時は、お互いに親の目を盗んでこうやってお互いの部屋に入ってはひっそりと遊んでいたものだが、中学時代からはさすがにお互いが性別を意識するようになって控えていた。


 すでに、連絡してあるから、俺は胸の高鳴りを抑えて、ゆっくりと階段を登る。

 しずかの部屋の前に立った。軽くノックすると、「どうぞ」という声がした。俺は、平静を装いながら部屋の中に入った。


 しずかは、昨日とは違うピンクの縞々しましま模様の服を着て、クッションを抱えて俺を待っていた。


 Vチューバーのみすずは、清楚系キャラを押し出していて黒髪ロングヘアだ。でも、現実のしずかはどちらかといえば元気で活発な女の子だ。今はバイトで忙しいから帰宅部だが、中学時代はバスケ部のエース。ロングヘアよりもショートヘアで、スカートよりもズボンを好むボーイッシュな感じの女の子。


 たしかに、言われてみれば声は似ているけど、雰囲気は逆の方向だった。だから、気づかなかった。


「ごめんなさい、センパイ。遅くに呼び出して」


「ああ、いいよ。ちょっとびっくりしたけどさ」


 ちなみに、小学校までは俺のことを一樹お兄ちゃんとか一樹君とか呼んでくれていたんだよな。しずかが中学に上がって、お互いに恥ずかしくなって先輩呼びに変わってしまった。


「あの、麦茶でも飲む?」

 向こうもどこか気まずそうだ。まあ、そうだろうな。自分がVチューバーやっていることをバレるのは想定外だったはずだ。


「ああ、ありがとう」

 しずかは、機を利かせくれたんだろう。麦茶のピッチャーをテーブルの上に用意してくれていた。もうすぐ夏だから、結構暑いしな。麦茶がうまい。はずなんだが……緊張しすぎて、味もよくわからない。


「センパイっ、どうして気づいたの?」


「お前がVチューバーやってることだよな」


「……っ。うん」


「最初は単なる偶然だったんだよ。元々、俺も動画サイト好きだったろ。流行に乗ってVチューバーまで手を広めて……」


「じゃあ、最初は偶然?」


「最初はっていうか、あの機材トラブルが起きるまで、みすずがしずかだとは思ってもいなかったよ。この部屋が偶然映り込まないと、お前がVチューバーをやっていることにずっと気づかなかったかもしれない」


「センパイ、鈍いもんね」


「うっせぇ」


「でも、ホントにありがとう。センパイが気づいてくれなかったら、どんなことになっていたか。想像するだけでも怖くて……うち、女しかいないから……」


「だよな……」


 そう、しずかの家は、母子家庭だ。彼女の父親が小さいころに事故で亡くなってしまい、母親の実家であるこの家に引っ越してきたんだ。しずかのお母さんはキャリアウーマンでいつも忙しく、おばあちゃんに育てられたと言っても過言ではない。


 しずかのおばあちゃんは、とても親切で、俺のことも実の孫のように可愛がってくれている。



「うん。で、センパイっ。都合のいいお願いだとはわかっているんだけど……しばらくの間、そばにいて、欲しい……」


「えっ!?」

 意味深すぎる言葉に、俺も思わずたじろぐ。俺の反応に、しずかも自分が変なことを言ったことに気づいたようだ。


「ちっ……違うの。変な意味じゃなくてね。スタッフさんたちからも、ネットの特定班が動いて、万が一でもストーカーに遭遇するといけないから、できる限り登下校とかの時間は一人で歩かないように言われているの。センパイなら家も近いし、学校も同じ。それに、一番……信頼できるし」


「ああ、そう言うことだよな。わかったよ。登下校くらいは時間合わせて一緒に行こうぜ」


「ありがとう……」

 しかし、いつになくしずかの歯切れが悪い。


「それとさ……」


「うん?」


「センパイ、私のメン限見てたりする?」

 メン限とは、メンバーシップ限定配信の略称だ。みすずたちが配信している動画サイトには、マスチャ以外にもメンバーシップに加入してクリエイターを支援する方法がある。だいたい月額500円くらいで、メンバー限定の特別な配信や壁紙などが配布されるので、熱狂的なファンはだいたい加入している。メンバー限定配信は、自分の支援者だけが見ることができるので、配信者側もかなりリラックスして素を出しやすい。あと、サービス精神旺盛な配信者は、いつもよりちょっぴり過激な放送をしてくれたりする。


 みすずも、ちょっとエッチな配信が多い。


「うん。収益化されてからずっと入っている」


「あぁ……」

 彼女はまるで世界が滅亡するかのような表情で涙ぐんだ。


「おい、大丈夫か?」


「じゃあ、『学級委員長の真面目な後輩にちょっと叱られるASMR』とか『後輩があなただけにメンヘラな一面を見せてあげるASMR』とかも……」


「もちろん、視聴済みだぞ。なんなら、公式販売されている『ちょっと地味目な後輩が、二人きりになったらめちゃくちゃ甘えてくる件について』も持っている」


「いやあああぁぁぁっぁあぁあああああああ」


「おい、おちつけ」


「いっそ殺して。恥ずか死ぬぅ」


 しずかが、落ち着くまで10分かかりました。

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