第3話 後輩にいきなり部屋に来ないかと誘われた件について

『昨日は皆、心配をかけてごめんね。友達から連絡来てやっと気づいたよ』

 俺は、いつものように配信を見ている。今日のみすずの配信は放送事故謝罪会見だ。特に、目立った個人情報の漏洩はなかったが、彼女のリアルな部屋を覗き見できたことで、オタクたちは盛り上がった。


 各種まとめサイトでも、今回の放送事故は取り上げられて、人気を博していた。


『みすずんの部屋、完全に解釈一致だった!!』

『みすずん、やっぱりファンシーな感じ』

『部屋着もメチャクチャカワイイ』

『有栖川みすずは、ポンカワイイ』


 こんな感じでオタクたちは盛り上がっていた。登録者数も一気に数万人増えている。


『もうみんな、それは言わないでくださいよ。今日、マネちゃんとかスタッフさんたちにいっぱい怒られちゃったんだからっ!』


 それもそのはずだろう。みすず=しずかは、未成年の学生だ。スタッフさんたちが、彼女の個人情報をどんなに大切に取り扱っているかはよくわかる。


 実際、配信が金曜日の夜だったこともあって多くの視聴者が配信を見ていた。本来、事務所はお休みの土曜日にすぐに対策会議が開かれたのは、それほど事務所が彼女の身を案じているんだ。


 有栖川みすず。

 彼女は、大手Vチューバー事務所であるクリスタル・クリエイトの期待の新人としてデビューした。こういう大手事務所の新人は、すでにいろんな動画サイトで配信者経験を積んでいる場合が多い。俗にいう「前世」ってやつだ。特に、大手事務所のオーディションには、応募が殺到する。


 前世で人気があればあるほど、有利になるのはもちろんのことだ。

 だが、そんな事務所で彼女は特異な存在だった。


 配信経験0の無名な新人が、いきなりデビューしたのだから。


 やはり、配信経験がほとんどない彼女は、最初は伸び悩んだ。


『クリスタル・クリエイト最弱』

『コネ入社』

『CEOのごり押し』


 こんな感じの陰口をたたかれるくらい最初は大変だった。

 機材の使い方もよくわからない、ゲーム配信もなかなか始められない。だけど、みすずはとても健気に頑張った。そんな頑張り屋な彼女に事務所のセンパイや同期たちは気にかけていき、彼女はすぐに配信の要領をつかんでいった。その様子をながめて庇護ひご欲をそそられた少数のオタクたちが徐々に常連化していった。「クリスタル・クリエイトてぇてぇ」と箱推し勢もそこに加わる。


 そして、彼女はASMR配信でついに才能を開花させる。


「後輩と教室でイチャイチャするASMR」で、彼女はオタクたちのハートをガッチリ掴んだ。「後輩と○○する」シリーズはその後、彼女を代表する配信テーマになっている。


『じゃあ、今日は疲れたので短いけど、これくらいで配信終わるね。みんな、乙すがわ~』


 こうして、無事に謝罪会見も和やかに終わった。


「全然、信じられないよな。リアル後輩が、ヴァーチャルな推しってさ。どんなラノベだよ」


 俺はベッドで寝ころびながら、天井を見つめる。嬉しい気持ちは確かにある。推しと友達だったなんて嬉しくないわけがない。だけど、しずかが遠くに行ってしまったようにも感じる。俺は普通の高校生。向こうは、登録者30万人オーバーの人気配信者。比べれば比べるほど、世界が違う気がして、ため息しか出てこない。


 とりあえず、風呂にでも入るか。

 そう思った瞬間、ラインの通知音が鳴り響いた。


『センパイ、大事な話があります。今から私の部屋に来てくれますか? いま、家に誰もいないので……』


「ん?」

 今、推しから、誘われた??

 えっ、なにどうして?

 そもそも、さすがに夜中に幼馴染の後輩の家に誘われるって……


「ええええええええええええ」


 ※


『ごめんなさい、センパイ。もう、自分の気持ちに嘘はつきたくないんです』


『私は、あなただけのものになったっていいんですよ。ううん、違いますね。私をあなただけのものにしてください』


『ずっとこうなりたかったんです』


『……てだから、優しくしてください』


 ※


 思わず、メンバー限定配信ASMR「後輩に突然、家に誘われてイチャイチャする」のワンシーンを脳内再生している自分がいた。


「すぐに行かなくちゃ」


 俺はペンタブの箱につまづきそうになりながらも、着替えをして部屋を出た。

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