のんびり司書はやっぱり日常に戻れない
それからの日常というのはなんの変哲もないものだった。
いつも通り図書館で一日を過ごす平穏な日常…紙の匂いが心地いい…
魔術を得たとしても僕の日常に大きな変化はない。
唯一の変化があるとすれば、
「いつ食べても美味しいわね~、あなた魔術より料理の方が才能あるんじゃないの?」
「魔術は元々才能なかったんだよ。てか頭の上でクッキー食べるなよ~カスがこぼれる」
頭の上が妖精の特等席になってしまった。
折を見ては頭上でボリボリ音を鳴らしている。
さらに始末の悪いことにこの妖精、仲間を呼び出した。
「アハハ~ここ飛びやす~い!」
「あっちの人マナが強~い!」
「待て待て~!」
今日は三匹、元気に館内を飛び回っている。
見える人間が自分しかいないというのがなんとも…
お客さんは平然としているっていうのに、はっきりいって迷惑な奴らだ。
「なんで君達ここに入り浸ってるんだい?」
「んが?ええっとねえ…んぐ…あなたのマナに惹かれて来たのが一番ね。街中探してもあなたよりもマナの純度も量もスゴい子はいないのよね~。それこそ妖精の餌になるレベルの人間ってまずいないわ」
おい、今餌って言ったか?
君達、僕のマナを食べてるのか?
「垂れ流しのゴミ拾ってるくらいなんだから文句言わないのっ。代わりに色々教えてあげたでしょ」
「マナを食べるのは文句ないんですが…できればここは図書館なのでお静かに…」
「うるさいわねぇ!ブツブツなに言ってるのよ!」
騒いでるのはそっちじゃないか…
そんな不毛な問答が続くこと数日…閉館も近づいた夕暮れ時にその人は来た。
「貴方…妖精を使役してるの?」
「はい…?」
いかにも育ちの良さそうな美少女が目の前にいた。
身体から漂うマナの色が異質だ。
ラスカに多い土色のマナではなく、鮮やかな緑色のマナだ。
「妖精が群がってるもの…貴方、色はわかる人?」
「色?色って…?」
まっすぐ目を見られているけど、その奥まで見抜こうとしてるような強い碧眼。
「私の色はわかるのかな?」
「えーと…綺麗な碧い目ですね…?」
「…そういうことじゃなく!」
今度は睨まれた。
呆れられたようで、警戒心が解かれたのかな…目の強さが和らいだ。
「その量と純度のマナを扱ってるんだもの…人のマナの色は解るのよね?」
「えぇと…はいぃ…緑色が見えます…」
「図書館には何度か来てるけど、貴方みたいなマナの人は見たことないわ。配属されたの?」
「…3年目ですぅ…」
「さん…ねんめ…?嘘でしょ…?」
顔を覗き込まれた。
キラキラしてるので近づかないで…
「人の顔を覚えるのはそんな得意じゃないけど、貴方みたいな人を見落とすはずないわ。本当に貴方、以前から働いてる人?」
「諸事情ありまして…数日前からこんな感じなんです…」
「数日前って…魔導書でも読んだの?でもそれにしてはマナの総量と純度が並外れてるわ」
「いやぁ…そうみたいなんですが、自分でも説明が難しくてですねぇ…」
「どういうこと?」
「検閲で読んでた本に『ヒエログリフの魔導書』というのがあったみたいで。でも何が何やらわかんなくてですねぇ…妖精が教えてくれただけなので…」
「ヒエログリフって…そんなまさか…」
「あんれー!?オリヴァーったら珍しいのに絡まれてるじゃないのー!」
赤い飛行体が頭に着陸した。
「いいとこ生まれの美少女に迫られてドキマギしてるとこと見たわ!」
「合ってるけど違うわ!」
「合ってるのは美少女ってとこよね?」
そうだけどさあ…
「それで?なんでディアナがこんな駆け出し賢者に絡んでるのかな?」
ディアナって言うんだこの人。
「イリス…貴方何か知ってるの?」
赤いこいつはイリスというのか。初めて知った。
「私も深くは知らないわよ。ただブラついてたら美味しそうなマナの泉があったから取り憑いてるだけ~」
取り憑いてるって言ったかこいつ。
「取り憑いてるって…まさか契約したの?」
「へっへーん!どうせこんなのは見つかったら他のが群がるんだから先に空き枠確保よ!」
おいおい、なんか怖いこと言われたぞ。
契約?なんの?
「はぁ…貴方、詳しく話を聞かせてもらえる?事情がありそうね」
「え、あ、はい…」
ちょっとこちらも整理ができてません…できれば波風立たないように…
「ごめんね、色々混乱させてしまって。自己紹介もまだだったわね」
今のところ、ディアナって名前と緑のマナしか情報ないです…
「私はディアナ・ロレーヌ。ロレーヌ公爵家の公女。今は王立魔術院の学院生よ」
うん…やっぱりちゃんとした貴族でした。
薄々感じてましたが、偉そうな家柄だよねえ…
「退勤後は予定空いてる?よかったらご飯ご馳走するわ。話聞かせて?」
拒否権…ない…ですよねぇ…
夕暮れに染まりつつある図書館の一幕。この出会いは僕の歴史を大きく変えそうな、いやな予感がするなあ…
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