のんびり司書は賢者となる

『ヒエログリフの魔導書』との出会いから一晩が明けた。


前日の苦しみが嘘のように体が軽く、すぐに退院許可が出た。


たぶん昨日よりも体が強くなっている。


これは確信に近いものがある。


何か生命力のようなものがほとばしっているし、神経や感覚が研ぎ澄まされているような気がする。


「魔術のもとになってるエネルギーのことをマナって言うんだけど、これってスゴいパワーがあるんだよ」


「マナは知ってるよ。本にも書いてあるし、魔術師もよく来るから。でもどんな物質なのかはよくわかんなかったなあ」


マナ生命の源と呼ばれるエネルギーだ。


動物や草木、大気中にまで溢れていると言われている。


一流の魔術師や他種族にはその存在が目に見えると言われているが僕らのような一般人には見えるはずもなく、漠然と存在だけが知られていた。


「私達妖精はそのマナの塊でできた存在って言ってもいいのよ。だから魔術の素質がある人間しか私達を見ることができないの」


理屈はわかった。


たしかに周りを見渡しても昨日までの景色とは全く違った風景になってしまった。


歩いてる人は変なオーラみたいなものを漂わせてるし、地面からもにじみ出ている。


異様な光景になっちゃったなあ。


多くの人はオーラの色が土色だけど、数人は違い色がちらほらと存在している。


「人間のマナには色がついてるんだけどね、これって信仰してる神様がマナを分けてくれるからなの」


「なるほど、ラスカ王国は大地神ヴィヴィアンを信仰してるから土色のマナを持てるのか」


「そう、ヴィヴィアン様を信仰してる人達はみんなヴィヴィアン様からマナをもらっているわ」


「じゃあその辺にいる人達も方法さえ理解できたら魔術を使えるんだ?」


「それとこれとは話が別!エネルギーを持ってても使い方を覚えるのは難しいって話よ」


いわれてみれば昨日やったタオルを冷やす魔術なんてイメージはできたけど、魔導書を読む前だったら考えられないほど複雑な感覚だった。


「もう一つ付け加えると神様のくれるマナにも適正ってのがあるの。ヴィヴィアン様のマナに火の魔術が合うわけないでしょ?」


「じゃあラスカでは土系の魔術が発展しやすいの?」


「土系のマナを持ってる人の数と土地の適性から考えるとそうなるね。問題はその事に気づいてる人間がほとんどいないってとこなんだけど」


「ほとんど?これだけ研究が進んでるのになんでそんなことに?」


「マナの色なんて見られる人間がそれだけ少ないってこと!それこそ賢者と呼ばれる魔術師しかそんな力を持てないわ」


今の話を信じるなら現時点で僕はとんでもない力を手に入れたようだ。


なにせ理屈はわからないけど並の魔術師には持つことのできない能力があるのだから。


「魔術の発展してるラスカ王国ですらマナの色を見られる魔術師は何人もいないわ。それも普通の人間が『ヒエログリフの魔導書』だけでそうなるのは聞いたこともない」


つまるところとんでもない物を掴まされたってわけかぁ…面倒なことに…


「はぁ…これからどうすればいいのやら」


今の僕には過ぎた要らない力を手にしてしまった。


「どうもこうも全てあなた次第よ?

だけどその力は使わない限りは世界は動かないんだから」


「世界って…そんな大袈裟な…」


「大袈裟に思える?」


「…まだ実感がわかないんだよ。魔術師が特別な存在なのはわかるし、その中でも強い力を手に入れたのは理解できる。でも今の僕はそれでなにかをしようなんてことは考えたくないんだよ」


僕は元々人間なのだから。


今さら力を得たってあの家に戻るなんて考えたくもない。


「ふーん?人生拗らせたのね。貴族の生まれは相変わらず何かしらあるのね」


そんな頭の悪い括り方をしてほしくない。貴族に限らず、みんな何かを背負ってるはずなんだ。


「とりあえず今までと変わらずに働くよ。別に魔術がなくても今の生活は楽しいし」


「ふ~ん?まあ今はそれでいいわよ。いずれその力の意味がよくわかるだろうしね~」


そう言葉を残すと、小さな妖精はそそくさとどこかへ飛んでいった。


「また遊びに行くわね~。お菓子くらい用意しなさいよ~?」


なんて厚かましい奴なんだ… 


『ヒエログリフの魔導書』


一冊の本との出会いがきっかけで見える世界の色が少し変わってしまった。

妖精の言葉を借りるなら一夜にして僕は賢者の仲間入りを果たしたことになる。

恐らく僕はまだ、この力が持つ何かを本当に理解できていないんだろう。

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