のんびり司書は魔導書読んで賢者になりました

キタザワヒロ

のんびり司書3年目の一人語り

「ノルトハイム家の面汚しめ。二度とその顔を見せるでないぞ」


そんな言葉を実の父から言われて早いもので3年が経とうとしている。


貴族であるノルトハイム家の四男として生まれた、僕ことオリヴァー・ノルトハイムは現在、実家から勘当を言い渡され王都で慎ましく暮らしている。


元々貴族社会は馴染みにくかったし、特に兄弟間での半殺し合いが日常の実家は地獄のような場所だった。


勘当はしたものの物乞いや奴隷になられても迷惑だということで僕は今、王立図書館司書として勤務している。


修羅場と化していた実家に比べ、ここでの生活は天国そのものだ。


元々読書とか勉強は好きだったし、落ち着いた雰囲気の中で仕事ができる。


何より王都のご飯は美味しいのだ。


贅沢はできないがこんな暮らしを終生全うしたいものだとつくづく思う。


充実した生活は早くも3年目を迎え、僕は18歳になろうとしていた。


何事もないある日、図書館に寄贈された、差出人不明の一冊の本。


この本によって僕ののんびり司書ライフは完全に破壊されることとなる。


その日に限って棚卸しや図書の除籍作業なんかに人が持っていかれて、検閲や寄贈書の確認を僕一人でやることになっていた。


王立図書館ともなると1日に運ばれる本の数も多く、毎日のようにこうしたチェック作業がある。


まだ世に出ていない本に触れられる機会もあるため、この作業自体は楽しい。


革の小包という見慣れない姿の「それ」は、とにかく分厚い塊のような本だった。


気合を入れて取り組んでみたものの、その間の記憶が曖昧である。


あとで聞いた話ではあるが、僕は書庫で倒れていたそうだ。


高熱と発汗がひどく、全身の脈動が触れただけでわかるほどに。


隣には文字の一切書かれていない塊のような本だけがあったという。


そうして僕は今、重病人として教会の治療院で手厚い看護を受けている。


頭痛はひどいし、体は重い…そして何より目の前の光景が信じられないことになっている。


「ようやく起きたんだね~みんな待ちくたびれたよ~賢者さん」


「え…?賢者…?」


なんか小さい生き物がいっぱい中を浮いている…


他にもキラキラした光が漂ってる…


いったい何があった?


「体の最適化は済んだんでしょ?もう元気なはずじゃん!なんでそんな死にそうになってるの!」


いや僕に聞かれても…


第一なんでここで病人になってるのかも分かってないし…


「はあ…飲み込み悪いのね…端的に説明するとあなたは『ヒエログリフの魔導書』を読んで賢者になったの!そんでもって体が最適化したから私達が見られるようになったの!」


ホントに端的に言われた。


端折りすぎて全く理解ができなかったんだけど…


「見られるようになったって、君達は何者なの?」


「私達は妖精だよ!光ってるのは精霊で、精霊が育つと妖精になるの!ほとんどの人には見えていないだけで私達はどこにでもいるんだよ!」


「なんで突然妖精が見えるようになったんだ…」


「あなたが読んだあの本のせいでしょ。『ヒエログリフの魔導書』っていう魔術具なんだけど」


さっきもサラッと言ってたな。


「『ヒエログリフの魔導書』?」


「そう、聖刻で刻まれた本なんだけど読むだけで魔術を習得できるって魔導書だよ」


なにそのとんでもない代物は…


「魔導書も等級によって効果が変わるんだけど、あなたが読んだのは最高位っていうか判別不能なくらいの代物だよ」


「つまるところ僕はその本のせいで魔術を使える体になったと。そしてその影響で体がめちゃめちゃなことになってるのか…」


「あなた頭はいいんだね。どんくさいけど」


一言余計だ。生意気な妖精め。


「とはいっても魔術なんてどう使えばいいんだい?使えるとは言われても体が変わっただけでまだ何にも実感はないし…」


「そんなもの知らないわよ。人間がどうやって魔術を使うかなんて感覚の話、私達がわかるわけないでしょ」


急に冷たい。


「よく聞くのはイメージよ。イメージを具現化するのが魔術なんだって。魔術院の偉そうな奴が言ってたわ」


たぶんその人ホントに偉いんだろうなあ。


「イメージを具現化できないから詠唱とか刻印とか魔術具に頼るけど、本物の魔術師はそんなものがなくても魔術を使えるそうよ」


イメージを具現化ね…


そうだな…冷たいタオルで体を拭きたいなあ。


額に載ってるタオルが冷えてくれたらなあ…


イメージしてみろ…額のタオルから熱が無くなるイメージを…


こっちはキンキンに冷やして気持ちよくなりたいんだよ。


その瞬間、頭部の感覚が急変した。


常温で生ぬるい感覚であったそこは、何故か割れるような冷気を感じるようになっていた。


「冷たっ!ってか痛っ!」


タオルは冷えるどころか、氷塊となっていた。


「あ、ヤバい…額にくっついた。剥がれない」


まずいまずい…冷えたのはいいんだけど、今はもう冷えすぎて割れるような痛みを感じてきている。


ぐぉぉ…取れない…無理に剥がしたら皮膚が持っていかれる。


そんな僕の苦闘を見ていた赤い妖精は呟く。


「あなた…やっぱスゴいけどとんでもない間抜けだね…」


とにもかくにも、オリヴァー・ノルトハイムはここに大賢者となるための一歩を踏み出したのである。



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