【Ex. 001】過去と未来の交差点にて
「花澤くん。よかったらこれでも食べてくれ」
「なんだよ、急に。
俺、なんか悪いことでもしたか?」
天城くんからおにぎりが入った袋を渡される。
俺は椅子に座り直し、天城くんはどんと正面に座る。
たまたま隣で講義を受けているだけの仲だが、彼の場合は噂だけが独り歩きしている。
「そういうことじゃない。俺も家族を食わせるために兵隊に志願した身だ。
あえて事情は聞くまい。が、いつも菓子ばかり食べているじゃないか。
何か苦労しているのか。気休めにもならないだろうが、話くらいは聞かせてほしい」
天城くんは二人いる。熱くなるとおじいちゃんみたいになる。
目つきがくっと強くなって、信じられないくらい強気な態度に出る。
しかも、論文みたいな喋り方になって、かなり気難しい。
指摘するのも面倒だから、俺は勝手に天城さんと呼んでいる。
ただ、一度こうなったら止まらないんだよな。
落ち着くまで放っておくに限るけど、俺しかいないし。
なんか深刻そうな顔してるし。付き合うしかないかあ。
「言ってることが矛盾してるんだけど……本当にいいのか?」
「もちろんだとも。好きなだけ食べてくれ」
ついさっき学食でラーメンを食べたばかりだ。
余裕はあまりないが、詰め込むしかないか。
適当にコンビニおにぎりの封を切る。
「花澤くんは真面目で、講義にも積極的に参加している。
日本語が通じる数少ない学生だと常々思う」
「天城さん、前から思ってたけどそういうことは言わないほうがいいよ」
「なにを」
「あんま調子乗ってると、後ろから刺されんぞ☆」
彼の額に向けて、びしっと指をさす。
天城さんは一瞬、怯んだような顔をして席に座り直す。
「まあ、なんだ。別に覗き見するつもりはなかったんだ。ただ、あのような真似をしているのを見てしまったからには黙っているのもどうかと思ったというか……このような時代だからこそ、不憫でならなくてだな……」
「何が言いたいのかさっぱり分からないんだけど」
ただのコンビニのおにぎりだ。マジで何を考えているんだ。
こんなことをするような人だと思わなかったな。
「ほら見ろ、花澤くんが困っているじゃないか!
本当にごめんな。うちのじいちゃんが勝手に騒いでるだけなんです」
「お前だって気になると言っていただろうが!」
「けどさ、ああいう言い方しても分からんって!
いつもみたいに普通に聞けばいいじゃん!」
痺れを切らしたのか、天城くんに戻り、わーわーとひとりで何かを言い合っている。
現代っ子になったりおじいちゃんになったり、忙しい奴だ。
「あのさ、今日はもう講義ないし帰っていいかい?」
「分かった! ちゃんと話すから!
もうちょっとだけ待って!」
しばらく口喧嘩らしい何かをやり、ようやく落ち着いた。
ついこの前、公園でジャグリングの練習をやっている俺を見かけた。
天城くんは住み着いている猫に餌をやっていたらしい。
自宅からも大学からも離れている場所を選んだから、これに関しては本当に偶然なのだろう。
茶色のサバトラ猫と一緒に観察していたらしい。
最近やけに視線を感じると思ったらそれか。
それ以来、天城さんが
おにぎりも貧乏学生と思い込んでの行動だった。
「しかし、いきなり人を乞食扱いするかよ。
天城さん、マジそういうとこ直したほうがいいですよ」
「その通りだ。本当にすまなかった」
「天城くんも声くらいかけてくれればいいのに。
別に隠してるわけじゃないんだしさ」
「え、そうなの?」
「これでも小学生の頃からやってるんだ。
大会だとあんまり成績は残せなかったけど、楽しくやるには十分だよ」
中高生は部活に参加せず、習い事に集中していた世にも珍しい生徒だった。
それが今も続いている。それだけの話だ。
「そんな頃からやっているのか。
念のため聞くが、本当に苦労しているわけではないのだな?
あくまで道楽で、趣味でやっていると」
天城さんが乱入する。まだ納得していないようだ。
「さっきからそう言ってるだろ、天城さん。
投げ銭してくれる人もたまにいるけど、あんまり気にしたらいけないかなって」
彼は安心したのか、ため息をつく。
「そのへんは強欲になってもいいと思うがな。
行き着くところまで行ってみるのもひとつの道ではあると思う。
最も、俺は何もできなかったが……」
「そこは天城くんが頑張るところでしょ。
天城さんはパワハラ面接官でも言い負かしとけばいいじゃん」
「それ、面接してるのは俺なんですよね? 出禁になったらどうするんですか」
「メンチでも切とっけば?」
「それも一理あるな」
「ないよ!」
事情はよく分からないが、一人でボケてツッコミを入れる。
過去と未来が交差していて、楽しそうだなと思う。
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