【No.041】「好きなものを好きだと言いたい」愉快な仲間たち
「みな、今日からコイツと一緒におでかけするぞ」
パパはそう言って、執事を呼んだ。
しわ一つない黒い服に銀色のメガネ、ニコニコとこちらを見て笑っている。
「こちらはボディーガードの加賀
執事服を着ているけど、腕は確かだから」
「初めまして、流山みな様。
MJ-13から参りました、私のことはセバスチャンとお呼びください」
そう言って、加賀さんは深くお辞儀した。
ボディーガードなんてどうでもいいから、私はさっさと宿題をしたい。
「……大丈夫なの、その人」
「大丈夫だって。MJ-13つったらアレだぞ、それはそれはスゲェ会社なんだぞ?
なあ、加賀さん?」
「はい、もちろんでございます。
全身全霊で務めさせていただきます!」
「だそうだ。警備会社でも評価かなり高いみたいだし、大丈夫でしょ。
それじゃ、4時になったら出かけるからなー。宿題やっとけよー」
そういって、パパは加賀さんを置いて部屋に戻った。
ボディーガードだかなんだか知らないけど、知らない人がいるのはなんだか落ち着かない。私は加賀さんを見なかったことにして、宿題のドリルを出した。
算数は好きじゃないけど、頑張らないと。
「さて、お茶でも淹れましょうかね。お嬢様は何がお好きですか?」
「悪いけど、うちには麦茶しかないよ」
「心配ございません。珈琲から抹茶ラテまでなんでもございますよ」
胸ポケットや服のそでから次々と飲み物の粉が出てくる。
その細い服のどこにしまってあったのだろう。
「……じゃあ、ココアにする」
「かしこまりました。少々、お待ちください」
加賀さんは台所へ向かった。
見た目はあんなだけど、いい人なのかな。
私に悪いことをしようとしないし。
「ねえ、加賀さん」
「私のことは、お気軽にセバスチャンとお呼びください。ね、お嬢様」
絶対に名前を呼ばせようとしない。自分の名前が嫌なのだろうか。
なんとなく、分かる気がする。
「ねえ、セバスちゃん。
私、今までいろんな人と遊んできたけど、えっと、MJ-13だっけ?
そんな会社、聞いたことないよ」
加賀さんの動きが少しだけ止まった。
「……知らないほうがいいと思います。あのような組織、ないほうがいいですから」
「でも、仕事がなくなったらセバスチャンがパパみたいになっちゃうよ。
そんなのダメ、絶対!」
「ありがとうございます。まあ、この不景気ですから。
選り好みしなければ、どうとでもなると思います。
さ、お嬢様。ココアでございます」
柔らかい笑みを浮かべ、ホットココア出してくれた。
本物の執事ってこんな感じなのかな。加賀さんは一言も喋らずに洗濯物をたたんだり掃除をしていたり、何も言わずに働いていた。
「ねえ、ボディーガードってそこまでやるもんなの?」
「ボディーガードだけでなく、身の回りのことをするのも執事の務めですから」
「そういうもんなの?」
「そういうもんですよ。私が好きでやっているので、お気になさらず」
執事服を着ているけど、やりたいことをやっているんだ。
家事はずっと家政婦さんに任せていたから、なんだか不思議だ。
ママがいなくなった後は自分の服は自分でたたむようになった。
パパも自分の分だけやっている。
執事と言えど、他の人に自分の服を触られるのは嫌だ。
いつものように物干し竿から自分の服だけ取って、タンスにしまった。
服もお客さん以外、誰も買ってくれない。
「じゃあ、着替えてくるから」
お出かけなんて楽しいものじゃない。知らない人からお金をもらって遊んでいる。
よく分からない料理屋とかゲームセンターとか、私が
たった一度しか会わない人もいれば、何度も会いに来る人もいる。
大人なんて嫌い。パパも先生もみんな大嫌い。加賀さんは分からない。
「お、準備できたか。んじゃ、ミセスナイアルで待ち合わせだから。行くぞー」
駅前のドーナツ屋でパパと私、ボディーガードのセバスチャンがいる。
執事の格好がすごく目立つからか、みんなこっちを見ている。
普通にドーナツを食べて帰りたい。それじゃだめなのかなあ。
セバスチャンのことをもっと知りたいし。
お子様セットにはキーホルダーがついてくる。
青色のくーたんと黄色のはすたんのどちらかが選べるみたい。
タコみたいなよく分からない生き物がきゅるんとしていて、なんかかわいい。
ただ、今だと食べられないかな。お客さんも来るし。
セバスチャンはメニューをじっと見ている。
「すみません、このお子様セットって大人でも頼めますか?」
「はい、もちろんですよ。おもちゃはどうされますか?」
「それでは、このくーたんをください」
セバスチャンの声がはっきりとお店に響く。
後ろに並んでいた外国人の女の人の目が輝き、にやりと笑う。
「なーるほど、それはいいことを聞きました! 私もお子様セットにします!
ずっと前からくーたんが王様に似ていると! 常々思っていたので!」
店員さんは何も言わずにお子様セットを準備している。
パパは何も言わない。
「あの、大人なのにおもちゃが欲しいんですか?」
「お恥ずかしい話ですが、このくーたんにビビッときたんですよ。
なかなかキャッチーでかわいいと思いませんか?」
「分かります。私もおもちゃが好きですが、なかなか頼めないのです。
まずは、あなたのような子どもを優先しなければなりませんから」
「ですよね、それが難しいところです」
二人でうなずいている。パパはだんまりを決め込んでいる。
「さて、お嬢様は何になさいますか?」
セバスチャンもなんだかうれしそうだ。
好きだから、その恰好をしているんだもんね。
「じゃあ、私もお子様セットにする。私ははすたんにしようかな」
「それでは、私も同じものにしましょうか」
みんなでお子様セットを頼んで、キーホルダーを持ち帰った。
これで終わればいいのに。ドーナツ屋の前で待っていると、顔がボコボコになった男の人が倒れてきた。気絶しているのか、ピクリとも動かない。
「ねえ、アンタがナガレヤマミナさん?」
作業服を着た男の人が来た。セバスチャンがすっと前に立つ。
「このオッサンがアンタらを尾行してたんだわ。
あのクソメスガキがどうのとか言ってたしさ、どうなの?」
パパはしゃがんで、男の人の顔を何度かはたく。
「……こいつ、この前の客じゃねえの。こんなことしてる場合じゃねえ。
ちょっと相手方に連絡入れてくる」
パパはスマホで連絡を取っている。
「このオッサンが尾行していた証拠なら、これに入ってるので」
全然気づかなかった。いつからこんなことになっていたんだろう。
男の人はセバスチャンにUSBと封筒を手渡した。
パパは後ろで警察に連絡をしていた。
「それじゃ、俺はこれで帰りますから」
「そうですか。みんなでドーナツでも食べようかと思ったのですが」
「そんなにドーナツばっかり食べてると胃に穴が開きますよ?」
二人は楽しそうに話している。
「セバスチャン、知り合いなの?」
私がそう聞くと、全員振り返った。
「ストーカーを捕まえた彼は優秀な修理屋で、ミスター・パワーボンドと呼ばれているのです。私も何度かお世話になりました」
「俺は絹笠といいます。修理したいものがあったら持ってきてください。
例えば、靴とか鞄とか腕時計とか」
セバスチャンを無視して、絹笠さんは私に名刺を差し出した。
見たことのあるマークだ。確か、駅の中にある修理屋さんだ。
「ミミちゃんも直せますか?」
「ミミちゃん?」
「ぬいぐるみなんだけど、どうすればいいのか分からなくて……」
ママからもらった宝物、耳がとれてしまってどう直せばいいか分からない。
それだけでなく、おもちゃは大体壊してしまう。
壊れたおもちゃは取っておいてある。どうすればいいのか、分からないから。
「おもちゃは専門外だけど、腕のいい職人を知っています。
頼めるかどうか聞くだけ聞いてみますので、持ってきてください」
「よかったですね、お嬢様。どうにかなるかもしれませんよ」
セバスチャンは嬉しそうに私に笑いかける。
「アンタは楽しそうでいいな。俺も執事になろうかな」
「あなたが黒い服を着たところで、死神にしか見えないのでは?」
「そこまでいったら地獄の皇帝になりたいけどね。それじゃ、あとはよろしく」
絹笠さんも手を上げて、去っていった。
友達か何かなのだろうか。よく分からない。
「お嬢様、その壊れたぬいぐるみを見させてもらってもいいですか。
どうにか頑張ってみます」
「頑張るって?」
「私なりに最大限の努力をするだけです。
好きな物が壊れたままだと悲しいですから」
「分かった。家に帰ってからね」
今日のお出かけは中止になって、セバスチャンを連れて帰った。
美味しいご飯を作ってくれた。ぬいぐるみ、直るといいな。
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