【No.048】合わせ鏡の向こう側に映るモノ【BL要素あり】


加賀美智彦はトラックに轢かれた。

病院前の大通り、休憩から戻る時、患者である笠間木要を突き飛ばした。

彼を次の実験体にしようと思っていたから、助けただけにすぎない。


だから、自分のことなんてどうでも良かった。

視界の端に松葉杖と笠間木要がいたとき、少しだけホッとした。


実際、常に命の危険に晒されていたから、ここで死んでもよかった。


目が覚めたとき、最初に映ったのは白い天井だ。

自分の病院の前で事故に遭ったんだから、おかしいことは何もない。


「やあ、加賀美君。目が覚めたんだね。調子はどうだい?」


白衣を着たしろくま……ああ、整形外科の先生だ。

その隣に同僚の看護師がいて、背後に白いパーカーを着た少年がいる。


「……先生? あれ、笠間木くんは?

確か、彼を突き飛ばしたと思うんですけど」


全身が包帯で巻かれ、固定されている。身動きが取れない。

あの時、確かに死を覚悟した。

大型トラックが突っ込んできて、その後の記憶はない。


「君は本当に優しいね。笠間木君なら無事だ。

君がああしていなかったら、今頃どうなっていたことか……」


ああ、実験体は無事か。それならよかった。

予定が狂ってしまったが、問題ない。


後ろの少年は俺を値踏みしているような目で見ている。

先生たちは気づいていないらしい。


「まあ、しばらく安静にしなさいね。

君はもっと自分を大事にしたほうがいいから」


「すみません、ご迷惑をおかけします」


「加賀美さん! 今のあなたは患者なんです! ゆっくり休んでください!

迷惑なんて考えないで、私たちを頼ってください!」


隣にいた看護師から説教される。それはそうだ。今の俺には何もできない。

実験もしばらくは延期かな。ラボの管理を誰かに頼まないと。


「それじゃ、何かあったら呼んでくださいね!

絶対に! 動かないでくださいよ!」


何度も念押しされ、二人は去っていった。

横目で見ながら、少年は俺の前にやってきた。


「君は誰だ? 加賀美智彦なら俺だ。

じろじろ見てないで、なんとか言ったらどうなんだ?」


少年は困ったようにほおをかく。


「初めまして、加賀美智彦さん。僕は死神のシックルです。

あなたをお迎えに参りました」


彼はぺこりと頭を下げた。




死神を名乗った少年は、ベッド脇の椅子に腰掛ける。


「歯車が狂ったんです。本当なら、笠間木要が死ぬはずだった。

でも、あなたが彼を突き飛ばしたから、運命が変わったんです」


「……何が言いたい?」


「僕は死神です。ゲーム実況者さんのほうじゃなくて、本物の神様です」


少年は再度、ぺこりと頭を下げた。

笠間木要はついこの間、骨折で入院した患者だ。

松葉杖の使い方を教え、一緒に練習したのを覚えている。


「それが本当なら、今すぐ俺を地獄に連れていけよ。ここをどこだと思っている?」


「ここは八雲総合病院です。あなたの勤務先じゃないですか。

僕はあなたをお迎えに来たんですけれど、とても困っているんです」


確かに彼の足元に小さな鎌が置いてある。

刃は丁寧に磨かれており、よく切れそうだ。


俺の首なんてすぐにはね飛びそうだ。


しかし、いまいち要領がつかめない。

少年の表情は乏しい。視線はやけに鋭い。


「だって、笠間木要を助けた時、ホッとしたんでしょ?」


死神はそれだけ言って、袖からお菓子を取り出した。




死神を名乗った少年は、とうとうと語り続ける。

加賀美智彦は八雲総合病院で働く看護師で、献身な態度と優しさでみんなから天使と呼ばれている。老若男女問わず、非常に人気がある。


しかし、彼は組織から与えられたラボで、実験と称した殺戮を行っている。

この病院で死にかけている患者を攫っては実験して、使えなくなったら処分する。

それの繰り返しだ。


だから、いつ死んでもよかった。

なんなら殺されてもおかしくなかった。

それは誰よりも分かっている。


死神は袖からミカンを取りだし、むきはじめる。


「さっきからそうだが、勝手に食べ物を持ち込むな。ここは病院なんだぞ」


「外道な人に常識を問われても困ります。それに、これは僕の分です」


ミカンを分けて、もくもくと食べる。


「加賀美さんっていろんな人から慕われているんです。

さっきもそうだったでしょ、とてもじゃないけど人を殺しているとは思えなかった」


少年は写真を数枚、俺の足の上に並べた。

いつの間に監視カメラを仕掛けられていたのだろう。

あらゆる角度から、人体を解剖している俺の姿が写されていた。


「これはあなたですよね。加賀美さん」


「いい写真だね。

これを然るべきところに見せれば、俺なんてあっという間に地獄に落ちるのに」


「だから、困っちゃったんです。

僕の知る限り、優しい加賀美さんと怖い加賀美さんがいるんです。

どちらが本当のあなたなのかなって」


なぜ、彼は悩んでいるのだろう。

人を誘拐して、殺して、解体して、並べて、揃えて、晒し上げる。

擁護する部分なんてどこにもないじゃないか。


「だから、それが分かるまであなたのそばにいようと決めたんです」


「病院が死神を歓迎すると思うか?」


「無理ならこれを日本中にばら撒くだけです」


別に俺はどうでもいい。身内の人間が人殺しをやってる写真をばら撒かれたら、院長先生はさぞかし困るだろう。強硬手段もいいところだ。


「僕は人を殺しませんよ。ただ、導くだけです。

すべては元の場所に戻さないといけませんから」


「死にかけた俺を地獄に落とせなかった奴がよく言うよ」


「だから、困ってるんじゃないですか」


ずいぶんとやる気のない死神だ。

きっと、足元の鎌は飾りか何かなのだろう。


「あの、加賀美先生いますか?」


ゆっくりとドアが開かれた。

死神はすっと立ち上がり、席を譲った。


「俺がそうだけど……確か、君は笠間木くんだよね」


「はい、急に来てごめんなさい。

目が覚めたって聞いたので、どうしても、お礼が言いたかったんです」


噂をすれば、なんとやらか。笠間木要が現れた。

松葉杖でゆっくりと歩き、椅子に座った。


「君は大丈夫だった?」


「はい……俺、歩くのに夢中になってて、車に全然気づかなかったんです。

もうちょっと周りを見てたら、先生がこんなことにならなくてよかったのに。

本当にごめんなさい」


笠間木要は頭を下げる。謝らなくていいのに。

本当に死ぬべきなのは俺のほうだったんだ。

今も生きているほうがおかしいんだ。


「笠間木くん、こんな話を知っていますか? 

交通事故は1日あたり平均で1,600件以上発生しているんです。

これ、1分間に1件は発生していることになるんですね」


「それってどういうこと?」


「いつ事故にあってもおかしくない状況なんです。

別に気にしなくていいんじゃないですかね」


死神が無表情で横から口をはさむ。

笠間木要はきょとんとした表情で死神を見る。


「そう、彼の言うとおり、謝らなくていいんだ。君のせいじゃないんだからさ。

コイツは俺の弟の……加賀美大我! 

俺が入院したっていうんで、すぐに駆け付けてきたんだ!」


死神に笑いかけると、笠間木要に会釈する。


「大我君、ですか? 初めまして、僕は笠間木要です!

この前、加賀美先生に松葉杖の使い方を教えてもらったんですけど、すごく分かりやすくて! 優しいしいい人ですよね!」


「へー。そうだったんですね」


「先生も早く元気になってくださいね! それじゃ!」


彼は手を振って、帰って行った。

あの様子だともう少ししたら、退院できるだろう。


「次の実験対象は決まったな」


「まだ懲りてなかったんですか?」


「テメェだよ、そこの死神!」


死神はミカンをむさぼっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る