第八話   案内人がチートの代名詞なのはある意味テンプレ

 灯河は勢いを乗せ腕を前に突き出した。灯河は確信する。拳が天多の顔面を捕らえたと、しかしながら灯河が見たのは天井だった。真っ白で所々に照明がポツンとあるだけの質素な造りの。次に感じたのは背中の衝撃だった。


「ガァッ」


 漏れ出た声は苦痛を表していた。肺の空気を全て吐き出し、空気を求め口を開閉している。

 何が起こったのか理解していた者はかなり少ない。何せ、当事者の灯河すら何が起きたのか、自分が何をされたのかわからなかったのだ。

 起こった事を理解していた者はわずか三人しかいない。一人はもう一人の当事者である天多、一人はそばにいたティア、一人は『動物系』の能力を持つ男子生徒。彼からしてみれば気まぐれで能力を使い動体視力を上げたからこそ見抜けたのであって本来であれば見逃していた事だろう。ただ、動体視力を上げていても天多の動きはぎりぎり目で捉えることが出来たくらいで、さらに早く動かれたのなら目で追うことは不可能だろう。


「な、なあ。今何が起きたんだ?」


 近くで見ていた昴の声が全員の耳に届く。それ程までに辺りは静まり返っていた。


「簡単なことですよ。天多君が彼を転ばせた。それだけのことです」

「へ?」

「右腕を前に出してもらえませんか」

「は、はい」


 ティアからの頼みに昴は首を縦に振り右腕を前に出した。ティアは満足そうに口元を緩めると昴の右手首を左手で掴み、流れる様に昴の懐に入りながら脚を掛け右手で昴の顔を横から押す。すると昴の体は綺麗に倒れていき床に背をつける形になった。


「と、まぁ実演するとこんな感じですね。今回は私の力のみを使用しましたが天多君の場合は助走をつけた彼の力を利用しているので本人はほとんど力を加えていませんよ。言ってしまえば自滅を誘っています。何と腹黒い私の彼氏なのでしょう」


 両手を頰に当てて恍惚とした表情を浮かべながらそう嘯くティアには天多ですら苦笑していた。


「あんた何でそんなに強いんだよ」

「強い?僕が?まさか。僕は強くないよ、ただ初心者をボコすアマチュアゲーマーって感じだよ。君は戦ったことがないから負けたとは言わないよ。だって、この程度は戦いとは言わないから」


 天多は一度言葉を区切り溜息を吐きながら、


「ま、最上位の戦いは簡単に時間停めてくるやつとかいるから速度はあまり関係ないんだよ。停められる前に仕留めるか、停まった時間の中を動いて仕留めるかくらいだから。あ、僕とティアは後者だね」


 天多の言葉に周りの生徒は目を白黒させていた。時間を停めるなんていうチートの権化と言っても過言ではない能力を持っていても目の前の二人は軽々と倒せると言っているのだ。

 実際の所、天多の言っていることは正しい。こと能力だけでなく魔法・魔術でもまた時を停めることが出来る。ただ、それをするには時間の知識だけでなく、世界を正しく理解する必要がある。時空間魔法・時空間魔術似ているように見えて実は違う。魔法は一種の天災のようなもの。自然界などが特定の条件を満たしたときに発動するものだ。魔術はそれを人工的に起こしたものだ。

 当然この辺りの知識など昴達が有しているはずもなく、時を停められることに希望を見出す馬鹿も少なからずいた。

 ティアは灯河に近づいて手をかざす。するとティアの手が淡い緑の輝きを放つ。緑色の光が灯河の体を包み込み、苦悶に満ちていた灯河の表情が楽になる。

 天多はいまだ仰向けに倒れている灯河に苦笑しながら


「素人ってだけで筋がないわけじゃない。君なかなか面白いね」

「何がいいてぇんだよ」

「約束を果たしてもらおうと思ってね」

「チッ、なんでも言え」


 灯河が出した勝負の報酬。負けた方は勝った方の言う事を一つ聞くこと。灯河は言動は荒々しいが実際のところ律儀な性格をしている為クラス内でも表面上は馴染むことができていた。見かけに寄らず成績は上の下をキープしていた。だからこそ天多の命令を潔く受け入れようとしていた。


「君、見た目によらず損な役回りだね。それに素直なのは良いことだ。そんな君にはこのクラスから離れてとある部署に入ってもらいたい」

「部署?務所じゃなくてか?」

「まさか。僕はあの程度の事で君を刑務所に入れる程心は狭くないつもりなんだけど」


 ヤレヤレ系主人公のように首を横に振りながらいう天多の姿は演じているのがバレバレであった。しかしそこまで大仰ではなく、それでいて自然体でもない雰囲気からそうよみとれた。


「ちょっとした恩返し兼意趣返しといったところ。君、意外と周りが見えているから。そんな君に相応しいところがあるんだよ。アポ取ってないけど多分大丈夫だと思うし」

「いや待ってくれ!これはどういう状況なんだ?あんたは何を言ってんだ?」

「気にしない気にしない。全て任せて、君ならあそこに行ってもやっていけるはずだから」


 天多の適当なセリフは一人を除いて困惑を生んだ。その一人は納得した顔をしていた。


「確かにあの場所はうってつけですね」


 ティアの呟きは自然と全員の耳に入った。

 『あの場所』とは何処どこなのか周りは想像することができなかった。生徒の多くは無関心を決め込む者、灯河に同情の眼差しを向ける者、そして灯河に侮蔑の眼差しを向ける者に分かれた。昴達の場合はどれにも当てはまらない困惑の眼差しを、天多、ティア、灯河の三人に向けていた。何故なら、昴達は灯河親友が気の良いやつである事を知っているからだ。

 灯河は基本、損な立ち回りをする。誰よりも先に悪事を試し、大人や関係者に怒られる事で周りが同じ事をしないようにしていのだ。つまり灯河は偽悪主義者ひつようあくを心掛けているのだ。

 昴達はかつて、灯河に頼み事をされた。『自分が叱られれば同じ事をして後悔する奴はいなくなるはずだ。だから俺は進んで悪事を働く。それを叱ってほしい。アンタらはこのクラスを纏められるはずだから』と頼まれた。

 その一件から昴達は、特に龍弥は、灯河の素行の悪さ(演技)を叱るようになった。龍弥は心を痛めていたが、灯河の心はさらに痛みがあるのだろう。二人を支える為昴、茜、舞、発音はよく労っていた。大切な人として。

 多くの人は『感動的だ』などと感じるのだろう。しかし、それを『下らない』と感じている者がいた。三山天多みやま あまたその人だ。

 天多にとっては、灯河の行動は、勝手にやって、勝手に巻き込んで、勝手に傷付いている。それしか選べないと言っているように。ましてや、それを他人の為と言っている。自分の為に行動出来ない。他人の為という言葉を免罪符にしている。責任を自分でとっていない。

 例えるなら他人の為にと行動して自分で責任を取らない迷惑な奴でしかない。

 三山天多は常に演技をしている。恋人であるティアの前でも義妹いもうとであるアリアの前であっても。

 天多と言う存在を言葉にするのならそれは『そこにいる自由』だろう。天多の素は普段のようにどこか軽い言葉使いではない。天多がチャラく見えるのはなるべく相手に恐怖心を与えない為であり、仮に舐められるようならば、ほんの少しだけ本性を曝け出すだろう。天多の本性、別の言い方をすると本質となるが。

 天多はそもそも魂の格が他とは違う。天多は永き時を生きている。いや、存在している異端。だからこそ他とは圧倒的に違う。怖がらせてしまわないように演じる。ボロを出さないように日常生活でも。

 常に他人を演じているからこそ、天多は灯河の演技を初めから見抜くことができていた。

 だからこそ放り込む。素人は訓練ですら直ぐに死にかねない所へ。やりたい事をやっておかなければ必ず後悔する所へ。

 その場所の名は、


「その場所の名前は、『城月隊』前に話をしたと思うけど対能力者組織『キーパー』の場所の一つにして近接戦闘最強で最も危険な部隊だよ」

「あそこは危険な代わりに気の良い人が多いですから。でも天多君、アポイントぐらいはとった方がいいと思いますよ?」


 ティアのあたり前の提案に天多は首を横に振って


「いいのいいの。取り敢えずこの後、彼を連れてくよ」


 天多が決めたのならティアはそれ以外を担当する。多くのことをしなくてはならない場合普段から役割を分担してきた。


「なら私は残りの子達を学校に連れて行きますね」

「あ、先生はちょっと別行動で校長室に案内してあげて」

「それは何故ですか?」

「今日あの学校の校長室に赤菱がいるから。話をさせておいて。今、彼らの保護者的な存在は先生である彼だけだから」

「わかりました。しかし赤菱さんはこの事は?」

「予め言ってあるから問題はないよ」

「対応が違いすぎませんか?」

「相手に合わせて対応は変えるものだよ」


 天多とティアの会話は二人だけで進めていく為決定まで時間がそうかかる事はない。現状二人は案内役をしている為この世界での生活が軌道に乗るまで昴達を保護する必要がある。だからこそ、早々にさまざまな事を決めなければならない。こればかりは国に任せてしまうと後手後手に回ってしまうからこそ自分達でやるしかないのだ。

『キーパー』

 黒百合家の一人、黒百合浪鬼くろゆりなみきによって組織された組織で、主な活動内容は警察と連携して異能を用いた犯罪の抑制と犯人の逮捕である。主に前戦に立つ事の多い為怪我人が多数出る。しかしながらそこで者達の強さは他の隊を圧倒している。彼らは戦場で死に目に合う事はない。訓練で死に目に会うのだ。

 中でも城月隊は特に異色でこの島だけで千人以上いる『キーパー』の中で黒百合浪鬼を中心にわずか二十人のみで構成された少数精鋭チームで化け物揃いの最強集団なのだ。

 当然、灯河達はこのことを知らないし、命を賭けた戦いなどした事はない。常に安全な所にいた為に想像が出来ていなかった。

 そして彼らは知ることになる。



 それを知るのはもう少し先の話となる。だからこそ彼らはまだ自分達が安全だと思っている。最強やチートといった能力を得たからこそそれだけで自分が最強だと思っている。能力だけは強くともそれだけで生きていけるほどこの世は甘くはないのだから。


 パンパン‼︎


 天多の手を叩いた音がホール内に響く。辺りの喧騒は静まり返り声だけが耳に届く。


「そろそろ食べ終わったかな?終わった子から自分の部屋に戻って着替えておいで九時に出発するから」


 天多とティアはそう言い残すと食事をしていたホールから出て行った。意外な事にティアに引き摺られた灯河も一緒に。

 その様が実に滑稽だったのは言うまでもない。哀愁が漂っていた。灯河の事を苦手にしていたクラスメイトですら可哀想なもの見る目をしていた。これにはさすがの昴や龍弥も苦笑いをするしかない。

 

「どう思う?あれ」

「大丈夫だろ。灯河だし」

「だな」

「「はぁ…」」 


 親友の前途多難さについつい溜息をついてしまう二人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべんのであった。

 そんな馬鹿共を微笑ましく見ている瞳が三対さんついあった事に馬鹿共は気付いていなかった。


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 

 昴は自分のいた部屋に戻ると机の上に制服らしきものが乗っている事に気がついた。着替えろと天多に言われていた為、着替える事にした。制服はブレザー型で灰色のパンツに真っ白なシャツ、その上から紺色のブレザーを重ね着する様式だった。

 制服に着替え終わった昴は机の上に在るとある物に視線が向く。それは薄く側面が白く真ん中に黒色の板を貼り付けたような物。昴の予想が正しければそれはまさに、


「スマホがこの世界にあるんだな」


 そう、スマートフォンであった。

 恐る恐る起動させてみると設定画面が出てきた、そこでパスワードを決めるとホーム画面が映った。

 アプリはよくある通話、トーク、メールといった初めに入っているものばかりだ。

 自分が初めて持った時もこんな感じだったな既視感を覚えたが、皆同じような物だろうと思い考えるのをやめる。

 次に目を向けたのはスマホの隣に置いてあった腕につける型のデジタル時計だった。

 左腕に付けてみるが特にこれといって違和感は無い。スマホの通知に天多からのメールが入っていた。読んでみるとどうやら、このデジタル腕時計で買い物ができるらしい。十万円程を既に支給してくれたようだ。

 自由時間に欲しいものを買えといった所だろう。

 寝間着なんかもサイズが合っていなかった人もいるのだから自分の私服なんかも買えといった事だろう。いかにもまめな天多らしいと言える。

 この時昴はこの世界はじめての外出を楽しみにしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

灰色熊です

今回はキーパーの説明をさせていただきました

あと、天多君とティアさんの強さ?の再確認も

ここでこの物語のキーアイテムの一つスマートフォンとデジタル腕時計が登場しました

次回は灯河を連れた天多とその他を連れたティアの二つに分かれます。

ようやく妹のアリアが登場するかも?


次回もよろしくお願いします。


天多とティアって時間停止チートの代名詞が通用しないんだよね。存在自体がチートキャラ?

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