第7話 ヤンデレヒロインに萌えを感じるのは包容力のある男だけだ

 先程とは違った重圧。この男は何者なのだろう?容姿だけいえば自分達とさして変わらないと昴達は疑問に思っていた。

 今尚放たれる(この場合は自然と漏れ出ている?)特異的な雰囲気。目の前の人物は自分達とは別次元にいる事を自覚するしかなかった。体の毛穴が開き鳥肌が立つ感覚が身体中を支配する。不思議な事に畏怖はあっても跪いたり平伏そうとは思えなかった。

 重苦しい雰囲気は突如として霧散する。天多の背後に現れた白銀色の髪をした少女によって。

 天多の肩に置かれたほっそりとした色白の手、腕、肩と目線を上げていくと目を閉じ笑う美貌と腰まである長い白銀色の髪が目立つ黒のワンピースの上から紫のカーディガンを着た天多より頭一つ分ほど背の低い少女が見えた。全体的にスレンダーな体つきで胸囲は平均くらい、ほっそりとした腰に綺麗な脚が覗いていた。彼女の体から放たれるは天多のとは別のドス黒いオーラ、もし仮に漫画の世界ならば背景に「ゴゴゴゴゴ…」という擬音がつく事だろう。重苦しい空気が霧散した中、表情筋が固まったのか口元を引き攣らせている天多。先程まで、他とは一線を博した畏怖を放っていた天多が借りてきた猫の様に怯えている。しかし、その怯えは演技だという事を察する事ができたのは恋人であるティアと本能で嘘を見抜く事ができる舞だけであった。ティアからすればある意味何時いつもの事、日常茶飯事であり、舞からすれば天多の高い演技力に感心するだけである。

 周りの反応は困惑が多かった。それもそうだろう、何せあの天多が恐怖している(演技)のだ。昴達以外の生徒も集まってきた、野次馬根性ここに極まれりというやつだ。

 この場にいるほとんどがこの先何が起こるのか楽しみにしている。興味津々というやつだ。


「あの…ティアさん?」

「どうかしましたか?天多君」

「何か御用ですか?」

「いいえ、ただ天多君と一緒に居たいだけですよ」


 言っていることは糖分多めなのだが状況はそれとは全くの別であった。浮気のバレた夫を妻が尋問しているというのがわかりやすい例えだろう。

 ティアの天多の肩を掴む力が強くなる。多くの者はとある異常性に気がつかないだろう。しかし、中にはある異常に気が付いた者もいた。その者からすれば得体の知れない、気味の悪い化け物に二人が映った事だろう。

 肩を掴み、脚を踏み出す。これらの動作にあるべき物、そう、二人の行動に一切の音が無かったのだ。

 聞こえるのは二人の会話と周りにいる野次馬の雑踏のみ。食べ物を食す音。隣や周りと意見を出し合う者の音。例を挙げればキリがない。しかしその中に天多とティアの声以外の音が二人からはしなかった。


「何が起きてるの?」

「あの天多ってやつが浮気でもしたんじゃねぇの」

「え⁉︎浮気?相手は?」

「まさかの発姉だってよ」

「あの発姉が?」

「あぁ。俺達この世界に来て能力があるよな。それであの天多って野郎に報復しねぇか?」

「良いわね。やりましょう。他のみんなも誘って来るわ」

「男どもは任せろ」


 こうして『天多報復計画その1』が始動したがこれが成功する事はまず無い。

 天多の戦闘能力の前には喧嘩ひとつしたことのない高校生など自身の能力も使う必要はない、瑣末な出来事であるからだ。

 天多とまともに戦える者などこの世界でも極僅か。そのことを知っている者もこの世界には少ない。ましてや周りにいるのはこの世界に来たばかりの使い方のわからない能力を得た高校生である。

 何も、長き時に存在する間一切戦わずして過ごしたわけでは無い。

 を直に見てきた者だ。

 今なおこの世界全体を見て平和だと言える人はまず居ない。

 天多にとって、ティアにとっても真に世界が平和だったのは人間を筆頭にした種族や星、宇宙と呼べる物がまだ無かった頃だけだ。

 周りが計画を立てようとした時ティアの声が響く。さして大きな声では無かったが自然と全員の耳に入った。


「わかっていますよ?そこの娘とはただ話をしただけだと。ですが私を交えなかったのは何故ですか?もしかして私、天多君に嫌われるような事をしてしまいましたか?」


 瞳を潤わせ上目遣いで天多を見上げるティアは正しく絶世の美少女であるのだが、その瞳の光が消えているため、見る者に恐怖を与えた。  

 天多はティアの嫉妬を微笑ましく思いながらも、口元が緩む事はない。そして、真顔で見苦しい言い訳をする。


「だってティアはこの後とある二人の恋愛を間近で見ることが出来るから。僕だって見守りたいからね。でも、こんな所で終わるのは腑に落ちない?ハマらない?消化不良になりそうだからね。先に布石を打っておきたかったんだよ」

「ええ。知っていますよ。だからこそ天多君の事が愛おしいんですよ。天多君の事を世界の情報ごと切り取って保管したいです。貴方が死なない事がこれほどまで喜ばしい事なんて、まるでこの為だけに天多君は不滅なんだと思いますよ。やはりこれは運命ですよね」

「君と一緒にいる事についてはそうだね。て言うか運命ってそれこそ無数の選択肢から偶々同じ選択をした場合のことでしょ?あの時はくっつく・くっつかないで別行動・くっつかず共に行動するの実質三択だった気がするんだけど」

「気にしたら負けですよ。天文学的な確率で偶々生まれたのが天多君と私だったと言うだけでしょう?それだけでも十分運命じゃないですか」

「ソウデスネ」


 とうとう天多はティアの無言の圧力に何も言えなくなってしまった。この場で見ていた者達は皆等しく『天多さんアスティアさんの尻に敷かれてる』と思ったのは言うまでもない。しかしながら、そんな天多の事を情けないと思う者は一部を除いて居なかった。

 もう一回言おう。アスティア・ポリカトルトは絶世の美少女である。そんなティアと恋人関係にある天多に嫉妬をしない者がいると言えるのだろうか?


答えは否。


 ティアの恋人である天多に嫉妬をし、この世界に来る時に強力な能力を手に入れ増長した殺し合いを経験したことのない馬鹿が現れる。これもまたテンプレと呼ぶ物なのだろう。件の馬鹿が現れる。


「こんな所でイチャついてんじゃねぇよ!この俺への当てつけか?」


 二人天多とティアの周りを取り囲む生徒達を押し退け姿を現したのは身長190を超える男子生徒だった。ガタイの良さは制服の上からでも分かり、その顔を不満の表情で歪めている。


「俺はムカついてんだよ。アンタみたいな弱そうな奴が、可愛い彼女を持っている事がなぁ」

「あら?褒めてくれてるんですか?ありがとうございます。ですが、天多君とアリアちゃん以外に言われても嬉しくないですね」

「ククッ」


 何の脈絡もないイチャモンをつけた男に対しティアはあえて(?)煽る発言をする。天多はこの発言がティアの本心からの発言である事を理解したため小声ではあるものの笑ってしまう。

 ティアの言動と天多の行動が男にとって正に『火に油を注ぐ』事になった。

 ただでさえキレていた男を煽ったのだ。当然ブチギレ等に決まっている。生憎と彼らの殆どはまだ感情を制御する技術を持ち合わせていない。男は感情に従って行動する。身に余る怒りに身を任せて。

 そんな状況に天多の心情はと言うと

『これだから感情に任せて行動する馬鹿は嫌いだよ。面倒臭いね。感情に任せて行動している理性の欠片もない獣そのものだ。考えなよ。考えて動きなよ。考える事が人間君等という種族の唯一できる事だろう。それを自ら放棄するとは、救いようがないね』

 と、ズッタボロに罵倒していた。

 天多は人たる者の条件を決めていた。特に生まれながら人型である者は考え続ける事が天多にとっての人たりうる条件だった。


「何笑ってやがる⁉︎俺を馬鹿にしてんのか」

「僕は他を馬鹿にはしない主義だよ。君が人じゃなく馬鹿なら話は別だけど。それに、馬鹿をこれ以上馬鹿にしたらそれは何になるのだろうね。試したいとは思わないけどなぁ」

「アァァァッ!」


 煽ればこうなるのは誰が見ても明らかだった。にも関わらず、天多は煽る。

 天多は試していた。この状況下で正気に戻るのかを。何故なら、この世界は彼らの居た世界の平和であった彼らの国と違い、命が簡単に失われる世界だからだ。故に、引き際を弁えない者はすぐさま死んでいく。彼がこの世界を生き残れるのか、その予想を今立てていた。もしも彼が、正気に戻らないのなら、その自信の根源たる自尊心をたたき折る必要があるからだ。

 試されている事を知らない男は当然激昂して一方的に話し始める。


「よくも俺を虚仮にしてくれたな!テメェ勝負しやがれ。俺が勝ったらテメェの女を貰う」


 男はそう言うや否や天多の方に向かって走り出す。

 唯一の大人である教師の静止の声が響くがこの男の耳には届いていなかった。


「僕はその勝負を受けるつもりはな…」

「オラァ」


 天多が言葉を最後まで言うことはなかった。男に殴られたからだ。男の拳は天多の鼻先から入り、鈍い音と共に天多の体が後方へ飛ぶ。

 女子生徒の悲鳴が聞こえるが当の本人鹿はどこ吹く風だ。その男鹿はこれ見よがしに大笑いをし、


「ははははははははは…これが俺の能力『破壊の双腕』だ。ありとあらゆるものを壊すこの力、運が良くても顔面が歪むだろうなぁ?俺を馬鹿にするからこうなんだ」


 男は体の向きをティアの方へと変える。その瞳には下卑た光が浮かんでいた。


「勝負には俺が勝った。これからお前は俺の物だ!可愛がってやるよ、飽きるまでなぁ!」


 男がティアの体に手を回す。だが、回せなかった。何故ならティアがその手を払ったからだ。 

 これには男は一瞬固まった。しかしすぐさまその顔を恥辱に歪めた。


「このアマ!テメェ俺が勝ったんだぞ⁉︎それを無碍にするのか?恥知らずだなぁ!」

「…何を言っているのですか?勝負は始まってすらいませんよ?」


 ティアは溜息をつき、やれやれといったふうに首を左右に振る。ティアは天多の方へ顔を向け呟く。


「いつまで考え続けているのですか?天多君は今がどんな状況なのか分かっていないんですか?ほら、まずは立ち上がって話を聞けばいいじゃないですか」

「そうだね。そうさせてもらうよ」


 ティアのおっとりとした口調に天多もまた同じ様にマイペースに返す。

 全員が天多の方を向く。天多は自分に視線が集まったからか右手を軽く振った。

 いつの間にか立ち上がっていた天多に困惑する者が多かった。中でも天多のことを不意打ちで殴った男は信じられない物を見る目で天多を見ていた。その目は『何故無傷なんだ』という心情をありありと語っている。


「嘘だ。何でお前は俺の能力が効いてねぇんだ?俺の能力は全てを壊せるのに…」

「何事にも例外というものは付き物だよ。て言うか、僕らからすれば君達も十分例外だよ」

 

 「例外」その言葉に納得出来たものはいなかった。しかし、納得せざるを得なかった。理不尽な者はいつの世にもいるものだが、天多の場合は少し違っているような気がしたのだ。それが天多の本質の様な気がした。ただそれだけのことだ。


「それはそうと、勝負の内容はどうするんだい?そもそもやるなんて一言も言ってないし、君が勝ったらティアを貰うとか許可してないからね。同意って結構大事なんだよ。そもそも、君が負けたら何を差し出すのかな?あと、もし勝負するのなら公平な審判ジャッジメントが必要だよね」


 天多の発言は正論である。確かに双方の同意がなければ決定しないし、公平ではない事は明らかだ。

 だが、それは今言うことではないだろう。殴られた直ぐ後に勝負の内容について話をしている。論点がズレている事をあえてやっているかの様。言い換えれば、先程の不意打ちは全く効いていないと行動で示しているのだろう。


「何で効いてないんだよ」

「ありとあらゆると言っても制限は有るんだよ。こればっかりはこの世界に来て能力を得たばかりだから知らなくても当然だよ。まぁ、この世界の住民でも知っている人は少ないけど」


 天多は一拍おいて


「それで、勝負に関してはどうするのかな?僕はルールと賭けのチップが明確なら受けてもいいけど」

「だったら、先に倒れた方が負けで、負けたら勝った方の言う事をきくって事でどうだ?悪くはねぇと思うが」

「いいよ、それで。いつ始めようか?」


 男はニヤリと笑って


「今からだ」

「始まる前に一応名乗っておくよ。『来訪者への案内役』が一人三山天多。胸を借りるつもりで来るといい、世界を教えてあげるよ」

長野灯河ながのとうがだ。本気で行くぞ」


 灯河は天多に向かって走り出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

急展開を迎えました、灰色熊です。

今回の話は未だに二日目の朝の話なんですよね。次回から、話をさらに進めアリアも登場させていきます。

お楽しみに

それではみなさんまた次回お会いしましょう。


天多とティアって実はゲームでいう称号をたくさん持ってるんだよ。因みに二人ともに共通しているのは『来訪者への案内役』意外にもいくつかあるよ。いずれ出るかも?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る