第六話  盲点って意外と答えが出ているよね

 無言の食事が続いていた。見つめ合う龍弥と発音の周りはかなり気まずい空気が漂っている。何のことか分からず混乱している呑気な当事者昴と茜を除き、テーブルはかなりのカオスと化していた。

 その異様な空気にテーブルの周りにいる無関係な生徒達まで食事の手を止め、チラチラと様子を見ては近くの生徒と話をしていた。

 居心地がさらに悪くなる龍弥であったが助け舟を出したのは今この場にいないはずの人物だった。


「彼とはちょっとこの世界でのお話をね」


 突如聞こえた声の方を向くとそこには灰色のパーカーを着た一人の男がいた。気怠気な顔に笑みを浮かべているその様は軽薄と言う言葉が最も合っていた黒髪の男。いつからいたのかは誰も知らなかった、そんなとこからも謎が多く、軽薄という言葉を使いたいのだがそうとは言い切れない不気味な男だった。

 件の灰色パーカーは余裕の態度を一切崩さず笑みを浮かべている。

 この男が言ったことはある意味では間違っていない。色々な部分を結構端折った感じになっていることは否めないのだが・・・

 天多の解答に発音はただ淡々と尋問しているだけの鉄仮面のような表情を一瞬だけ崩したのを見ることができたのは龍弥くらいだろう。


「へえ、それは一体どう言った内容なんですか」

「ん〜ここでは言えないお話かな。ちょっと来てくれるかい?」


 天多の言い出したことに発音は怪訝そうな顔をするが、既に天多は発音の事を見ずに背を向けて食事場の出入り口の方に向かって歩き出していた。その姿は気怠げな顔と不気味な雰囲気があるにも関わらず自然体であった。発音は一瞬ハッとした表情を浮かべたかそれどころではないと思ったのか天多の後に続く。

 一行はそんな二人の様子を見て困惑していた。

 先ほどよりも大きな騒めきが一堂に広がる。発音がついていったのだ。

 数分後に発音が帰ってきた。発音はすぐさま龍弥達のもとに駆け寄ると笑顔で話し始める。


「全く、貴方達がこの東陣連合の世界的な立ち位置と私たち異世界人が来ることによる立場の変化について聞いていたなんて。今度からはちゃんと言ってよね」


 突拍子もない事を突如言い放つ発音に龍弥は何を言われたのか分からなかった。初音の背後に歩いてきた天多の姿が見えた。目が合うと天多はおざなりに手を振って笑みを堪えていた。と言っても口角は少し上がっており堪え切れていなかった。

 気楽な天多に腹の中から沸々と沸き立つような怒りが生まれたが、そんな事をしている場合ではないことに思い至ったのか『天多の考えを確かめて欲しい』と願いを込めて一瞬だけ隣の舞と目を合わせる。

 舞は頷いて天多に近付き小声で話をする。


「あの、いったい発音ちゃんに何を教えたんですか」

「ん〜?全部正直に話したよ」


 天多はあっけらかんと言い放つ。それが本当の事だと舞は直感で理解した。が、それがどう繋がれば発音のあの行動に至るのか理解できなかった。テストで良い点を取れるものの実際現実に生かすことのできない現代に在りがちな子供の一例がここに居た。もっとわかりやすく言うとろくに使う必要のない円周率を千桁覚えた自称天才小学生の様なものだ。

 しかしながら、舞にそれを治す気はない。否、今すぐに治すことができない。自分が出来ないことを自覚している者と自覚していない者はかなりの差がある。舞は出来ないと自覚がある、だが、自覚がある者も二つに分かれる。誰か出来る人に頼り、協力して成功を収めるか、他者に頼らず自分自身の内に抱え込んで失敗するかだ。自己肯定感プライドというのは誰だって持っている。そのプライドを持っているのは舞も例外ではない。しかし、舞は幸運な事に、プライドに一切拘らず、頼み事をすることができる人がそばに居た。

 その一人が彼氏の龍弥である。

 話を戻そう。

 舞には天多の考えと発音の思惑など理解はできない。しかし、100%ではないにしろ予測でき、気軽に頼める彼氏や友人に居る。

 ならばする事は一つ、舞は龍弥にアイコンタクトをし、状況を伝えた。

 この二人はかなり長い付き合いのためアイコンタクト一つで互いの状況を伝えることができるのである。しかしこれは、天多とティアの様にとんでもなく永い、正しく『悠久の時』を共に過ごしたからこそできる芸当ではなく、舞の表現力と龍弥持ち前の察しの良さがあるからこそできる事であり、どっかの熟年すら超越した様なバカップルに敵うはずもない。

 天多はこの二人龍弥と舞とあの二人昴と茜ならいけるのではとかなり期待している。というよりもダブルデートならぬトリプルデートをしたい思惑があっただけだ。

 さて、舞から情報を得た龍弥は考える。舞がそのまま伝えたという事は天多は嘘をついていない。そして発音の「今度からはちゃんと言って」と言う意味の発言。これらから考えられる結論は自分も二人昴と茜をくっつけるのに協力させろと言う事だろう。

 ここで発音が協力者となってくれる事はかなり大きい。ならばここで手を取る事が最適解となる。


「悪かったな発姉。今度からは情報を交流する」

「わかれば良いのよ、わかれば」


 発音は満足のいく答えを得たのか笑顔で返事をする。

 何が起こっているのか当事者すら理解できないまま始まり、終わりを迎えたちょっとした一悶着?はここに終結した。

 外堀が埋められている二人昴と茜この二人がまともな恋をする事ができない事が決定した瞬間であった。

 今一度、全員(天多以外)が先に着き食事が再開される。


「そう言えば天多さん。さっきまでどこに行ってたんだ?」


 何が起こったのか理解出来なかった昴はそばに居た天多に先程まで居なかったことを問いただす。


「ティアと一緒に家へ帰っていたんだよ」

「家?これまた何で?」

「僕には一人妹が居てね。その娘は朝が苦手でね、平日の朝は僕が起こしているんだよ」


 天多は目を閉じて少し顔を下に向けて首を摩る。


「休日は起こさないのか?」

「起こさないよ。むしろそれがあの娘にとって健康的な生活だからね」

「?」


 天多は意味ありげに話したが龍弥や発音、昴といった察しの良い組ですら情報不足によるものか、何を伝えたいのかがわからない様だった。

 天多は子供を諭すかの様に話しを続ける。


「昨日、僕はこの世界には人間以外の種族が存在していると話したことを覚えているかい?そしてこの国はこの世界に多種族共生国家なんだよ。つまりはそう言うこと」

「いや、だからどう言うことなんですか⁉︎」


 舞が天多が答えを言い切らない事に苛ついたのか口調が乱れている。しかし昴はわかったのか一瞬目を見開き天多の方を見て口を動かす。


 この世界は自分たちが元いた世界ではない。

 この世界には人間以外の種族が存在している。

 この国は多種族共生国家である。

 これらのことから考えられる事。

 元いた世界との違い。 

 御伽噺や妄想とされていた異能に出会って忘れていた。気にも留めなかった。いや、見ようとしていなかった。

 結局は自分の事しか見る事ができなかっただけだ。

 異能を授かったからとどこか安心していた。なぜ安心できる?異能があったところでこの世界を生きていけるとは限らない。

 自分たちの生きていた社会はどの様な社会だった?そう、人間の人間による人間のためだけの(人間中心の)社会ではなかったか?

 でもここは異世界だ。元の世界には無いものがある。

 つまり

 つまり

 つまり

 これらの事が表す結論は


「社会の中心が人間じゃない」


 その呟きは先に着いていた全員の目を見開くには十分だった。天多は昴の解答に満足したのか手を叩く演技をしている。実際に音が出ていないからだ。ここで、天多からの補足説明が入る。


「正確に言えば、『人間じゃない』、ではなく『人間だけじゃない』何だけどね」


 天多の微笑を携えた顔から放たれた言葉は全員の勘違い、誤った確信を一掃した。


「えっと、どういう事ですか?」


 舞がまだ理解出来ないと質問をする。


「いろんな種族がいる。種族によって違いがある。昼しか活動出来ない種族。逆に夜しか活動出来ない種族。水中でしか活動出来ない種族。こういった特徴を持った種族達で構成されているのが多種族共生国家の一つである『東陣連合』だよ」


 天多は一度話を止め、全員がある程度理解出来たと思ったところで話を再開する。


「ただ、嘆かわしい事に多種族共生国家はこの世界にしかない、それ以外はそれぞれの種族至上主義の国ばかりでね。年中争いが絶えないんだよ。あ、安心して良いよ。仮に世界的な戦争が起きたところで君達が参戦する事も東陣連合が参戦する事もないから」


 突如始まった天多のこの世界に対する説明はかなり簡単かつ端的に話してくれている事が昴達はわかっていた。だからこそ黙って聞いていたが、種族間における争い事が起きている事に気が付かなかった事を悔やみ、同時に戦争に参加する事がない事に安堵している自分に多少の嫌気が差していた。

 昴や龍弥といった察しの良い人は何故この国は世界規模の戦争に参戦する事がないのか疑問に思っている。だが、このタイミングで口に出すと自分の力を過信した子供になってしまう様な気がしたため、口に出す事ができなかった。

 それを見通せない天多ではない。これまでと同じ様に、さも当然といった風に口に出さなかった疑問に答える。


「この国は先制攻撃が出来ないんだよ。いや世界的に決まっている事なんだけどね。主な理由としては異能開発・研究を行う数少ないところだからであって、くれぐれも多種族共生国家であるからじゃないよ?差別されているわけじゃないからね。そこのところ理解しておけとは言わないけど前提条件としては知っていてほしいかな。あ、この国が先制攻撃できないのは君達の故郷と違って戦争に負けたからじゃないよ。この国の軍事力が強すぎるだけ。この国を含めて三つある異能開発・研究を行う国は決まって自国の領地内での食物の作成が制限されるんだよ。家庭菜園とかはアリだよ。ただ、農家とか酪農家とかの職業がないだけ。だから他国からの輸入に頼っているんだよ。こちらから手を出せば即食糧難で敗北、あちらが手を出せばこちらは軍事力を用いて反撃。ちょうどバランスが取れてるんだよ。互いが互いの弱みを握っているからこそ出来るんだよね。泥試合で誰も彼もが当人にとっての不幸となる。それをわかっているから他国は手を出してこない。あと、ついでだけどもう一つの理由が昔あったとある戦争を生き抜いた長命種がいるからだね」


 かつて戦争があった。現代日本から来た昴達には現実味のない事だった。しかし、この場所だけが戦争の被害を受けないのはどこか不公平に感じている自分たちがいた。だが、これは体験した事がない、想像しただけの現実味のない同情でしかない。可哀想、理不尽、などと思っていてもその本質は薄っぺらいものだ。だからこそ戦争を知っている長命種が戦争をさせんとする事が理解できる。

 その戦争は、長命種が反対するこの東陣連合が参戦した戦争はどの様なものだったのだろうか?

 昴の少年心が心の奥底で疼く。自然と口に出していた。


「その戦争で何があったんだ?」

「ワンサイドゲーム」

「は?ゲーム?」

「あの戦争はどこぞの馬鹿が思いつきの暇つぶしで始めた、世界を巻き込んだものだったから、それに丁度家族三人で団欒していたというのにそれを邪魔してきたからね。ブチ切れだどっかの誰かさんが大暴れしたからね。どのくらい暴れたのかはこの後の授業で習うよ」

「待ってくれ、あんたはその戦争を体験したのか?」

「観ていただけだけどね」


 観ていた。その時代を生きていた。ならば天多の年は幾つなのだろう?話を聞いていると湧いて来る疑問。天多は何かを隠している。いや、自分達は天多の事を知らなすぎる。天多は何者なのだろう?当然の疑問が天多は何者なのだろうか?全員が等しく疑問に思う。


「あんたは一体幾つなんだ」

「ヒントを出すと長命種と不死身と不老種は全部違うよ。長命種と不死身は歳をとって老いるし、不老種と長命種は死ぬ時は死ぬからね。僕はそれらのどれでもないよ。まぁ、君達があったあの女神よりは若いよ。あれからすれば誤差みたいなものだけど」

「何の話だ?」

「君達って十歳差や二十歳差の夫婦を歳の差婚とか言ってるけどさ、僕らみたいに長い時を生きていると十年や二十年何て誤差の範囲でしかないからね。そう思える位長き時を在り続けているよ」


 最後の一言だけ軽薄な表情から優しく微笑む表情へ、子供を相手にするかの様な話し方から一転、悠久の時を生きた者、はたまた悟りを開いた者が放つ別次元の空気に昴達は畏怖していた。先程までの男とは全くの別人であった。昴達は今この場で事を理解させられた。

 奇抜な朝はもう少し続く。


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あとがき

更新が遅れて申し訳ありません

こちらの諸事情で忙しくしばらく描くことが出来せんでした。

今後もこの様な事があります。

不定期掲載となりますがお付き合い頂けると幸いです。

今回の話は言ってしまえば日常回です。

昴と茜の恋模様を描きたかったのですが筆者は恋愛経験をした事がないため当事者達の心の動きを描写する事が難しく、なし崩し的に外堀から埋めていく形になりました。

しかし、周りにいる人達には大きな違いがあります。

龍弥と舞は何としてでも二人をくっつけようとしています。たとえ実力行使に出たとしても。

一方の天多は二人が結ばれる事を望んでいますがそれは二人が決める事だとあくまでも見守る事にしています。

こう言ったところで、見た目は歳が近くも生きた時間は全くの別物である事を暗喩できたのではないでしょうか。

自分の思い通りにさせようとする子供と、子供の成長を見守る大人の構図になりました。

天多が見た目は高校生でも本質は大人だというわけです。

因みに読者の皆様はわかっていると思いますが天多の言った「家族三人で団欒」という言葉からティアやアリアもまた永き時を生きている事がわかります。因みにアリアの言動が子供っぽかったのは当人の気質キャラです。

話が長くなりました。

これからもよろしくお願いします。

いつになるかわかりませんがまた次回お会いしましょう。


アリア《妹キャラ》が出なければティア《天多のヒロイン》も出てこない。どうしよう?

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