第五話 暇潰しって素晴らしい(お節介とありがた迷惑)
カーテンから漏れ出る朝日で八城昴が目を覚ました時、目に映ったのは真っ白な天井だった。
「知らない天井だ」
異世界物におけるテンプレの一つを達成できたことに微な悦びと達成感を感じて居た昴だがすぐにベッドから出て両手を組み体を反らせ伸びをする。酸素が肺の中に入り二酸化炭素と交換されている事を実感し、段々と目が冴えてくる。
手元にあったスマホの画面には四時半と写っていた。
周りを見るとベッドと机、付属の椅子と机の上に数冊の本があるだけのかなり質素な部屋だった。天多からは『カスタマイズ?コーディネート?したかったら言ってね。出来る限り用意するから』と言われているが昴はそんな事をしようとは思えなかった。女子の一部は捲し立てる勢いで天多に要望していたが全てどうにかして揃えた様だ。あの人の苦労性な部分を垣間見た気がして同情してしまった位である。実際の所天多は職員に丸投げした為一切動いて居ないのだが。寧ろあれだけの早口の事細かな要望を聞き取れた上に覚えて居たことは賞賛に値するかもしれない。が、それは昴の知らぬところでの話。
昴はまだここが元いた世界ではないことに慣れてはいなかった。その為どうも自分の部屋との違いに何処か場違い感を感じて居た。これは例えるなら勝手な知らない親戚の家に泊まっているかの様なそんな感じだ。
昴は制服姿に着替え椅子に座って机の上にある本を手に取る。その本には【異能力図鑑】とデカデカと記されていた。この部屋に来た時は心身の疲れで見ることすらせず眠ってしまったが為に少しでも多くの事前知識を取り入れようとしているのだ。前書きにはこの本での能力の分け方が載っている。どうやら
【超常】【生物】【自然】【特異】
の四つに分けた様だ。
【超常】は人体の変化、身体能力の向上や読心などの事だそうだ。
【生物】は文字通り動植物の特性を人体で再現できるそうだ。
【自然】は自然界にある動植物以外の特性に人体が変質すると言った物だった。
【特異】これは物理法則を無視した物だそうだ。空間を操作したり時間を操作したりするなど。
はっきりと言おう。
「【特異】系チートじゃねーか!」
あまりの他との違いに叫んだ昴、隣の部屋に聞こえたのではと思ったがふと我に帰ると天多がこの部屋の壁は防音だと言っていたから安心したものの釈然としないのであった。
続きを読むと中々に面白いことが書いてあった。それは系統が違っていても同じことは出来ると言ったものだった。
例えば、火を出すとしよう。これにはいくつもの方法がある。【超常】なら念動力の一つである【パイロキネシス】が有名だろう。【生物】ならば炎を出せる生物、ドラゴンなどがいい例だろう。【自然】ならば体を火にすれば良い。【特異】ならばどっかから火を召喚でもすればいい。中には魔法・魔術を使うと言った人もいるという。
昴はこれを天多に聞かなかったのは大正解だ。天多に言わせたら『火を出すのに能力は必要ないよね。マッチ・ライター・チャッカマン、文明の力を使わないと』と夢も希望もない正論を突きつけるだろう。
それはいいとして昴は更に本を読み進めていく。かなりのことがわかってきた。例えば金属は【超常】、鉱石は【自然】と言ったふうに分けられていた。これに昴は、加工したら【超常】になるとして覚えた。加工するのが【超常】、加工したものを出すのが【特異】、加工する前の物を出すのが【自然】とするとしっくり来た。しかしそうすると分かる基準がアバウトになってしまう様だ。
これはまさに捉え方は人それぞれという感じだろう。あまりの丸投げっぷりに思わず苦笑してしまう。これで何故出版出来たレベルである。裏を見ると第六十三版と書かれていた。流石にこれはおかしいだろと思いながらも天多は本に没頭する。
能力ひとつとっても応用する事で本来の用途以外の使い方もできるようで昴は自身の能力をどう使えばいいのか模索し始めてしまった。
トントン
扉をノックする音で昴は現実に引き戻される。扉を開けるとそこには赤みがかった髪の少女がいた。藤谷茜だ。何故彼女がここにいるのか疑問に思いながらも喜んでいると彼女が舌足らずな口調で話し始める。
「は、早くに目が覚めちゃって、あ、朝ご飯まで一緒にお話でもと、お、思って。あ、迷惑だよね、ごめんね、こんな時間に来て。私もう行くね」
何を勘違いしたのか被害妄想が一周回って勘違いが勘違いを生み後戻りできなくなる状況を自ら作ってしまうところが可愛いのだが。今回も他に類を見ず大絶賛?空回りしている様だ。
言いたいことだけ言って立ち去ろうとする茜を昴はすぐに呼び止める。
「待ってくれ茜!俺も暇を持て余してたからもし良かったら一緒に居てくれないか?」
茜は心底信じられないのか困惑した声音で問い返す。
「え、いい、の?」
「あ、ああ、いいぞ。と言うかこっちからお願いだ」
「うん!お、お邪魔します」
二人が部屋に入っていく。その様子を廊下の物影から覗いて居る瞳が二対あった。
その瞳の主達はお互いに顔を見合わせるとガッツポーズを決める。
方や超が付くほどのイケメンの少年と長い艶のある黒髪をポニーテールに結んだ美少女だった。星崎龍弥と白鳥舞である。この二人は昴と茜の朝が早い事を知っているくらい仲がいい。だからこそ互いに気のある昴と茜の恋を応援するためにも茜を昴の元へ差し向けるくらいの事を軽々とやる。その為には無理をしてでも早起きをすることなど造作もない。
昴と茜を見守る二人を見守る者が二人いた。その二人は龍弥と舞に気がつかれる事なく背後に回る。龍弥と舞は何者かが迫っていることなど知る由もなく、小声で話をする。
「よし!これで二人の距離が縮まる筈だ」
「えぇそうね。鈍感な二人がデキてくれるとダブルデートとかも出来るんだけどね」
「そうだな。今から楽しみだ」
「そのダブルデート、僕たちも混ぜてくれないかい?」
「「⁉︎」」
ここには自分達二人しかいなかった筈だ。にも関わらず背後から声が聞こえた。気配すら感じさせなかった人物の正体を知る為にも龍弥と舞が勢いよく振り返るとそこには薄く笑みを浮かべ左手を左右に振っている黒髪の少年と白銀の髪を腰まで伸ばし微笑みを浮かべた美少女がいた。
「何でこんなとこに?」
龍弥が聞くも天多は左手の人差し指を立て自身の口元に持っていく。ただそれだけの行動で龍弥達は何も言えなくなってしまった。物理的に口を効けなくなってしまったわけではないにもかかわらず言葉を発することができなかった。天多から何とも言えない圧迫感の様な者が放たれていたのだ。
『騒げば殺す』
と脅されている訳ではない。どちらかと言えば
『騒がないで欲しいかな』
といった言った優しい頼み込む様な雰囲気だ。
だからこそ二人の思考が(この男は何かがおかしい)と警鐘を鳴らすが時すでに遅し。すでに生殺与奪の権を向こう側に渡してしまっていた。
この少年は一体何者なのだろうか?純粋な疑問が頭に浮かぶが龍弥はそれを払い退けこの場における最適な問いをする。
「何故お二人がこんなところにいるんですか?」
「単純に、ひ、ま、つ、ぶ、し、だよ」
「「へ?」」
今この男は何と言った?もしかしなくとも「暇潰し」と言ったのではないか?隣にいるティアを見るも当人はニコニコ笑っていて何を考えているのかわからない。正直天多よりも怖いと思ってしまったのは彼の心の内に留めておいた方が彼自身のためになるだろう。特に命関連の。こんな所で、こんなくだらない(と言ったら失礼にあたる)理由で死にたくないと龍弥は切に願った。
その願いを叶えたのは他でもない天多だった。
「まぁまぁ。実を言うと僕達は結構長命でね、この世界の長命な存在は一定以上生きると暇を毛嫌いするんだよね。だからだよ」
「いや、意味がわかんないんですけど?」
「もっとわかりやすく言うと両思いなのに互いに気付けないじれじれしたラブコメ展開なんて今時ないからね。そんなのがあったとしたら見守りたくなっちゃうよ」
「はい。ただでとは言いません。あの二人を見守らせていただく代わりと言っては何ですが、あの二人では手を打つことができない困難をこちらで対処しますよ。あなた方はこちらの世界ではまだ弱者なのですから」
辛辣な言葉ではあるがそれが事実であることに変わりはない。しかし提案を吟味すると確かにメリットはある。こちらの利になることばかりだ。特に自分達はあくまでも客人(不法侵入?)だからこの世界の力に弱い。この提案はそんな現状における後ろ盾の一つとなる可能性が生まれた。しかし、相手側のメリットが本当に見守るだけなのかがより分からなくなった。どんどん思考が疑心暗鬼になっていき何を信じればいいのかが分からなくなっていく龍弥。
「わかったわ。これからよろしくね」
龍弥が話をする前に舞が勝手に返答してしまったのだ。これには天多も意外そうな表情を見せる。しかし動揺が激しかったのは龍弥だった。龍弥は視線だけを隣の舞に向けて問いただす。
「何故信用できるんだ?」
「だって嘘の気配がしないもん」
舞があっけらかんと言い放つ。単なる感で確証はないと堂々と宣言した。この事に天多は小気味良く笑いながら同類を見つけたかの様に喜びを表に出す。
「成程君技能系か」
「技能系?」
「簡単な言えば異能力に頼らない技術の事、達人が気配を察知するみたいなものだよ」
「へー!」
舞が感心した様な声で相槌を打つ。
「ただし隠蔽に特化した存在に逃げられたばかりですけどね」
ティアからありがたいお言葉が降る。龍弥と舞には何のことかわからなかったが天多は困った様に頬を掻き苦笑いを浮かべる。そのことは言わないで欲しいと表情が語っていた。
疑問に思いながらも龍弥も渋々賛同する。
「じゃあこれからよろしく」
天多が右手を差し出し龍弥は出された手を掴み握手をする。
今ここに両者の『スバアカ(昴と茜の略)見守り同盟』が結ばれた瞬間だった。
この時龍弥と舞は気が付いていなかった。自分達が味方につけた人物がこの世界でどれだけ化け物なのかを、命を巡らせる食物連鎖から外れ一人だけで自己完結している者達がどれだけ異常なのかそれを知るのはもう少し先になる。
一方その頃自分達を見守ると言う当人達(昴と茜)にとって下らない目的の為に化け物クラスの強者が二人も揃ったことなど知らない二人は今日も今日とて互いの一挙手一投足に一喜一憂する時間過ごしていた。楽しそうである、信用出来ない人と手を組んで胃が痛む龍弥が見れば間違いなく昴を殴った事だろう。
七時となり朝食の時間となった。先日昼食と夕食を摂った部屋に集まる。多くの者が好き勝手に置かれている料理を皿に盛りテーブルに着きグループで食事をしている。今この場には転移した生徒と先生しか居なかった。主な理由としては一応は身内だけの方が安心して
しかしながらその事に気がつけたのはほんの一部、しかも逆に怪しいということで警戒感を持つ者もおり、そういった人たちにとっては完全な逆効果になってしまったのだった。
そのため込み入った話などできるはずもなく、なおかつ朝食の味がわからなくなってしまいどこか重苦しい空気の漂う。
その重苦しい空気を出す一人の龍弥は同じく重苦しい空気を出す舞、昴、茜、発音の四人の顔を見てすぐさま下を向き溜息を吐く。他の四人も似たような仕草をしている。
「ねぇ、少し聞いていいかしら?」
龍弥に向かって発音が問いかける。何を言われるかわからなかったがとりあえず聞いておく事にした。
「おう、何が聞きたいんだ?」
「今あの二人ってどこにいるの?」
発音の言うあの二人は間違いなく天多とティアのことだろう。あの二人に関してはとにかく謎が多い。名前は本当だろうが、能力や強さ、この世界での地位なんかも一切謎に包まれている。
「多分この後に俺達がこの世界について学ぶ場所の準備でもしてるんじゃないか?」
「へぇ、じゃあ六時位に君と舞がその二人と話をしてたけどどんな話をしたの?」
『なぜその事を知っているのか、まさかみられていたのか?』そんな考えが龍弥の頭を駆け巡る。もしも見られていたとしたら、それを昴と茜の二人に言われると今後にかなり影響がありそうな気がした龍弥だが適度にはぐらかす。
「ちょっと今後についての話を」
「それは一体どんな話?」
「えっと・・・」
これはすでに質問と言うより尋問に近い。発音の目は真剣そのもの、軽々と龍弥の心を突き刺す。
どうにも発音に見透かされているように感じ口籠もってしまう龍弥であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
どうも灰色熊です。
今回は久々の昴パートです。
前話までのキメラの件は追々やっていきます。
今回話の重要なところは龍弥と天多が秘密裏に同盟を結んだことでしょう。
この同盟が今後どうなるのか、昴と茜の恋の行方についても今章でやっていきます。
物語はまだまだ序盤です。
それでは皆さんまた来週お会いしましょう。
一応質問、アリアちゃんのこと覚えてる?
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