第九話 最強は日常に居るが潜めているとは限らない
第七区の中心部よりやや第一区寄りの場所に『キーパー』の本部がある。本部と言っても高いビル群の中の一つになっているのではなく辺りの土地ごと『キーパー』の本部となっている。第一区の近くというのも全ての区に増援を送る為であり、全ての区の中心となっている第一区を通るのが1番の近道となるからだ。当然辺り一面に『キーパー』の警備員が巡回しており常に警戒体制をとっている。
そんな中、二人の男が歩いて行く。方や、長袖の上に、何故か白いフード付きの水色ベースのアロハなシャツ、亜麻色の長いパンツ、ビーチサンダルを履いた明らかに異質な黒髪の男。寧ろここまでどこにいても異質だといえる服装を着こなしているのは流石と言ってもいいのか甚だ疑問になる。
もう一人はどこかの学校の制服を着ていた。どこにでもある高校の制服。
そう、天多と灯河である。天多の突発的な発案に巻き込まれた灯河、しかし、ティアが逃がしてくれるわけもなく強制連行されて行き着いた先がここだった。
自分がどこに行くのかわかっていない為周りをキョロキョロ見回す灯河に対して先を進む天多は何でもないかのように迷いなく進んでいく。
途中、若い警備員が身分証を見せるよう話しかけてきたが隣にいた妙齢の警備員が天多の顔を見た瞬間最敬礼をし若い警備員の頭を叩いて巡回に戻っていった。
その際灯河の方を見て可哀想なものを見るような目をしたのは気のせいだと灯河は思う事にした。
天多はビル群の中の唯一外壁が真っ白なビルに入ると受付を素通りした。これは流石に見逃すことができず灯河は天多に小声で聞いた。
「あの、大丈夫なんすか?素通りして」
「大丈夫。大体の隊員とは面識があるしここは特に付き合いが長いから」
灯河は天多は本当に何者なのか疑問に思ったが聞くことが出来なかった。
二人が通路を進むなか前方に一人の少女が立っていた。
迷彩柄の軍服を着て水色の髪をショートヘアにして頭に軍人が着けている帽子をかぶっているが、その顔はまだ年端のいかない少女だった。
「貴様達、何故ここにいる!」
キーの高い声で少女は問う。その目は疑惑の目をしており怪しい動きをしたら即刻排除すると目が語っていた。
「君、もしかしなくとも新人ちゃんかい?前来た時はいなかったし」
「前、だと?」
二人の空気は一触即発、天多が敢えて軍服少女を煽るような事を言って楽しんでいるように見えるのは気のせいだと思いたい灯河であった。当然彼は、かなり恐怖している。
(帰て〜。そこはかとなく帰りて〜。なんでこんな間に合うんだよ。てかなんでこの人は火に油をドバドバ注いでんの?プロパンガスまで投入し始めやがった。絶対楽しんでやがる。なんでこんなやつにくってかかっちまったんだよ過去の俺)
情け無いとは言うなかれ、自分がこの世界で弱い事を知っているからこそこの状況で恐怖しているのだ。
「話は後で聞かせてもらう。先ずはその身柄を拘束させてもらう!」
「出来るものならやってみるといい。君じゃ強過ぎて大抵の相手を殺しそうだけど」
「この」
辺り一面の気温が一気に下がった。周囲の壁にはうっすらと霜が浮かび上がった。
続いて少女の手に氷の剣が造られる。無駄な装飾の無いただ切ることに特化した両刃の剣。あまりの透明度に向こう側が透けて見えるほど。目の前の少女の美しさがさらに昇華されていた。
対する天多はアロハシャツの内ポケットから15㎝程で橙色の薄い棒を取り出す。天多は手の中にあるそれをカチカチカチと音を鳴らせながらスライドさせて行く。
それを見た瞬間軍服少女は訝しげな視線を送り灯河は呆気に取られた様子でつぶやく。
「カッターナイフ…」
灯河のいた世界ではコンビニなんかでも売っているありふれた品。五百円あれば二、三本ほど買える安物だ。天多はカッターナイフを持って刃を下に向けているだけだ。対する軍服少女は氷の剣を両の手で持ち切っ先を天多に向けている。
天多を睨む瞳は殺意が込められており、手加減をする気など全くと言っていいほど無いようだ。
軍服少女が地を蹴り天多に近づきながら剣を振るう。一瞬の出来事に灯河の目では追うことすらできなかった。
刹那の衝突、美しき氷の剣と市販のカッターナイフが交差する。天多は余裕そうな表情を崩さなかったが軍服少女はどこか苦しそうな顔をしていた。それは経験から来るものか天多の異常性を肌で感じ取っているからか、それは誰にもわからなかった。
灯河の目に映ったのは至近距離で見つめ合う二人(方や微笑み、方や睨んでいる)と、通路の照明を浴びてキラキラ輝きながら回る何かだけだった。灯河は自然と回る何かが気になりそれに目を向ける。空が落ちた時、通路の床に突き刺さった。それの正体を見た灯河は絶句した。
そして、もう一度二人の方を見た。そして気がつく、軍服少女の目は睨んでいるもののその瞳の奥は恐怖が宿っていることに。さらに、その首に天多の何時の間にか持っていたもう一本のカッターナイフが添えられていた。軍服少女の持っている氷の剣は刀身の半ばから鋭利な何かで切断されていた。
切ったのだ。市販の安物カッターナイフで氷の剣をいとも簡単に。
「ダメだな。自慢の技が決まるのは実戦ではかなり稀なんだよ?テンプレってやつ。だから、絶対に決まらないものとして副案をいくつか用意しておかないと。狭い空間の中で戦うために剣を使ったのは良い判断だよ。ただ真っ正面から突っ込むだけってのは些か素直すぎだよ」
「くっ!何を言って…」
軍服少女は苦悶の表情を浮かべながらもその眼はまだ、目の前の
「確かに剣では勝てないかもしれません。ですが、私の手札は剣ではありません」
勝機の薄いはずにも関わらず、ほぼ密着状態の天多の身体が
灯河は目の前の全てに困惑していた。そして見ていた。見ていることしかできなかったからこそ気付くことができた。
現在、灯河の立ち位置は天多の右斜め後ろに立っている。だからこそ身体のほとんどが凍りついている天多の足下、軍服少女の死角になっている
世界最硬の鉱石ともいわれるダイヤモンドは衝撃に弱く少しの傷で砕けてしまう。
ならば、空気の層が一切無い程高密度の氷塊は?結果は当然
「嘘だろ?砕きやがった…」
灯河の口から呆然と呟かれた言葉が起きたことを代弁していた。
軍服少女が目を見開く。完全に決め手になったと思っていたことがあっさりと覆されたのだ。その驚愕は当然の反応だろう。
天多は軍服少女から目を離し、通路の奥に向けた。
「全く、観ていたのなら止めてほしかったよ」
「すいません。ですが、少々天狗になっていた彼女にとっていい気つけ薬になるかと思いまして」
「そのどっちつかずな言い回しは誰に似たんだか…」
「僕はあくまでも
「「クク、ハハハ‼︎」」
足音なく現れたこれまた美形の黒髪の少年と天多はどちらともなく笑い出す。
呆然としていた軍服少女が少年を見て呟く。
「遥先輩?何故このようなところに?」
「君を追ってきただけ。ここは年がら年中人手不足だからね、たとえ君一人でも死んでも結構組織としては痛手だよ」
かなり打算的な考えだが、だからこそ軍服少女は信用出来た。
ゆっくりと暗闇から出て来た見事に軍服を着崩した少年をようやく灯河は見ることが出来た。
その顔は間違いなく美形であり、髪型は天多と似て、少し短めの髪を下ろしている。雰囲気は何処か天多を彷彿とさせるものがあり親しそうに話をしている二人を見るとなぜかよくわからなくなる。
悪巧みしているように見えて、くだらないことを言い合っているような。
どうでもいいことを話し合っているようで、国や世界の均衡すら崩しかねない事を話しているかのように。
遥と呼ばれた少年は灯河の方へ顔を向けると
「はじめまして。無量遥と言います。以後お見知りおきを」
腰を折り丁寧に挨拶をした。その動きは素人の灯河が見ても洗練されていると思ってしまうほどだった。
「さて、案内しますよ天多さん。どうせ道はわかってると思うんですけど」
呆れた顔でため息を吐きながら言い放つ。
「助かるよ。これ以上この
「脅威になるのですか?」
「面倒臭いだけ」
「ですよね」
苦笑いをお互いにすると、遥は軍服少女に近づくと容赦なく腹を殴り気絶させる。
「あァっ‼︎…」
短い悲鳴を上げ軍服少女は気絶した。遥は軍服少女を肩に担ぎ出て来たところへ歩いていく。
天多もそれに追随していく。灯河は目の前の現状について行けてはいないものの、二人(一人の肩の上に+もう一人)に着いて行く以外の選択肢がない事を察していた為着いて行く。
灯河は肌寒さを感じながら歩いた。
それは、軍服少女の能力の影響かはたまた、この先何を考え恐怖したのか、それは当人にもわからなかった。
一方、昴は道を歩いていた。と言っても一人ではない。三十人程の大所帯でだ。その先頭を歩くは銀髪の少女、アスティアだ。
目的地は第七区にある高校の一つ、正確に言えば中高一貫校らしいのだがどんなところかわからないのだが着いて行くほかない。
朝方ではあるものの丁度通勤ラッシュの時間帯なのか多くの人が出歩いていた。
中でも目を引いたのが、和服を着た背筋を伸ばし歩いているお爺さん、真っ白な印象しか与えたい美女、隣にドラム缶型のロボットを従えた青年、突如バックステップをしたかと思うと目の前に看板が落ちて来たにも関わらず再び何事もなかったかのように走り始める高校生。
動物の耳や尻尾を持っている人、長い耳を持っている人、異様に小さい人、常人を追える巨大な体躯をした人。
実に様々な種族がいた。
しかし、ずっと疑問に思っていた。この世界は多種多様な種族が暮らしている。魔法や魔術もあると言っていた。
昴とて一人の男子だ、異世界転生ものの創作物は多少嗜んでいる。そんな昴だからこそ言える事。中世ヨーロッパぐらいの文明がテンプレとなっていると思っていたのだが、実際は違っていた。
どこかで考えていた。
夢想していた。
現代人の知識チートができるのではと。しかし、そんな考えは召喚された場所を見てすぐさま捨てた。
そして認めた。ここは自分達がいた世界と同様、ましてやそれ以上の発展を遂げた世界なのではないかと。
実際に目の前にドラム缶型のロボットがいたのだから仕方ないとも言えるのだ。
「珍しいですね。『解体屋』が出歩いているなんて」
ティアがそう呟いたのだが昴は何について言っているのか分からず前提条件としての知識がない事を理由に理解する事を諦めた。
そんな中一人の男子がティアに質問をした。
「そう言えば気になっていたんすけど、この世界で一番強い人って誰なんすか?」
ティアは目をパチクリと瞬かせて驚きを表現しながら考え込む素振りを見せながら答える。
「そうですね。時と場合による。とだけ言っておきます。何事にも相性というものがありますので。と言っても相性に左右されるのは同じ実力だった場合で、圧倒的格下が勝つ事はまず出来ませんよ」
この世にジャイアントキリングやラッキーパンチの概念はありませんからね………とティアは続けた。
それを聞いた男子は不機嫌そうな顔をして舌打ちをする。
「チッ!んだよそれ」
落胆の声を出すが、ティアは澄まし顔をして微笑みなんでもないこととして扱っている。こう言ったところで大人な雰囲気が生まれ美少女と美女の間のアンバランス差が色気と余裕を出していた。
悪態をついた男子だけでなく、女子など同性の視線を一瞬で集めた。
「ただ言えるのは、能力などなくともこの程度誰でも出来ますよ?天多君の場合は私とはとことん対極の様な存在なので逆に視線を躱していきますよ」
「えっとそれって?」
「言ってしまえば努力によって得た技能で影が薄くできる、また注目を集めることもできるだけですよ」
「奥が深いでしょう?」
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どうもお久しぶりです。
みなさんご存知?灰色熊です。
今回、二人の行動に分けてみました。
今回、この世界の最強格を何人か出しました。主要人物になるのでどの様な最強振りを見せて暴れるのか楽しみにしてください。
それではまた次回お会いしましょう。
ティアのヤンとデレ、天多の義妹、出てこないし出せていない。どうしよう?
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