第二話 普通の味の料理は素晴らしいのか?
時間にして昴達が異世界から来る一日前の夕方。
第七区の中央の駅通りは帰宅ラッシュからか昼間よりも混んでいた。そんな通りも少し外れると人通りは少なくなる。
駅通りから少し外れただけで不自然な程人通りの少ない、もっと言えばいない通りにポツンと喫茶店が有った。
喫茶店と言ってもその見た目から一目で喫茶店だと思える人はとんでもないお人好しか馬鹿くらいだろう。
何せその風貌は明らかにボロボロの教会だった。よく言えばクラシック?レトロ?、悪く言えばおんぼろ、そんな教会の入り口に『喫茶店 ノワール』と書かれた看板が立て掛けられている。
喫茶店ノワールの中には三人ほどの人影があった。
店内は教会を無理矢理喫茶店っぽくしましたという風でさほど広くは無い。
向かって右にカウンターが有りそこに備え付けの背もたれの無い椅子が五脚、その他には、四人用のテーブル席が四つだけ、周りは店主の趣味なのかはたまた、元から有った物なのか二メートル程の十字架やお札、果ては煌びやかな水晶などが飾られている。
西洋と東洋が入り混じった様な中々に混沌としている店内だ。
カウンターの一番奥の席には灰色のコートを着た黒髪の少年がいた。三山天多だ。天多はコーヒーの入ったカップに口をつけ、味わいながら飲む、そして、
「相変わらずコーヒーだけは旨いね」
「酷い
「でも何作っても味は普通だったよ。僕としてはインスタントラーメンですら普通の味になったのは面白かったよ。ある意味才能があるね」
「そんな才能はいらねーよ。こんちくしょう‼︎」
天多と会話をしたのはカウンターの向こう側に居る一人の男だった。
体は全体的に細く、顔は細く短い髪を逆立てている。服装は白色のシャツの上に黒のチョッキを羽織り蝶ネクタイをし、下は黒のパンツに革靴と言ったいかにもマスターといった感じのおじさんだった。
名を
「つうかよ天多、お前の恋人さんと妹さんは来ねぇのか?」
「二人でお留守番。本当は来るはずだったんだけどね。アリアの種族があれだからね、ここに来るのを嫌がったんだよ。ティアはその付き添い」
「難儀なもんだなぁ」
「日常的なデメリットを抱えている種族はいくらでもいるからね。吸血鬼何かがいい例だよ」
吸血鬼は知っている人も多いだろう。その弱点は陽光、ニンニク、聖水、銀、他にも招かれなければ部屋などに入れない、肉体の回復速度は速いが個体差がある、などだ。特に昼に活動できないのはまだいいが、他人に招かれなければ部屋に入らないのは中々に日常生活では大きなデメリットとなっている。
こういう風に種族によってメリットデメリットが存在している。
天多や闇夜坂はデメリットの少ない種族である。
と言っても天多は闇夜坂とは長い付き合いのため闇夜坂の種族を知っているが闇夜坂は天多の種族を知らない。いや、種族と言うには天多一人のオンリーワンなので種族は分からないのだ。
対して闇夜坂も種族の特性では無いが、種族内の社会でかなり面倒な立ち位置にいるため天多は闇夜坂と友好的に関わる事で他方を牽制しているのだ。
天多の事を知る者はこの世界には限りなく少ない。正確には天多の強さを知る者が少ないのだ。
故に天多は世界の七不思議の一つになっている。
その名は『始末屋』、ある事件をきっかけに天多に付いた二つ名だ。
しかし、その事件の記録は揉み消された、もとい天多が
ここにはそんな天多の事情を知る数少ない人物がもう一人いた。
赤色の髪を後ろで纏め上げ青色の瞳をし、その服装は派手な真紅のスーツを着た中年男性だった。
「けっ、確かにな。食い物は普通だが飲み物は良いのが揃ってる」
そう言いながら、赤いスーツの男は持っていたグラスを傾け酒を煽った。
匂いからかなりアルコール度数の高い代物だった筈だが咽せる気配はない。
『この男は相変わらずの酒好きだな。酒に強いせいで酔うことができないとは中々に不便な体質だな』
と、天多は心の内で不憫だと憐れんでいた。だが、天多は(あくまで17歳程度の見た目に反して)大人なので口には出さない。
「旦那も大変だなぁ。近頃あれだろ、異世界人が来るってことでどこもかしこも大騒ぎだしな」
「ん?ああそうだな。本当に大変だ。よりにもよってこのタイミングだもんな」
闇夜坂が赤いスーツの男に話しかける。男はまるで一切疲れてないかの様に返す。
天多はこの男の苦労性な部分を垣間見た気がしていた。
「仕方ないさ、なんせ二百年振りの異世界人だからね。つい最近異世界人に関する法律を撤廃したばかりだからね。嫌がらせだとしたら相当悪趣味だね」
丁度昨日、異世界人に関する法律を撤廃した。かれこれ二百年異世界人が来なかったからだ。そのため、異世界人を招く場所なども取り壊しており再建するにも時間が無いのである。
ましてや、撤廃した法律を再度制定する必要があるため徹夜で働いている人が数多く居たのだが、既に終了の目処が立っていたので後は来るのを待つだけになっていた。
「お前は分かってくれるのか?天多」
「この国どころか世界に関わる一大事だからね。それによって生じる問題なんかも大体把握想像できるからね。まっ、僕は全知全能じゃないからね。かなりアバウトな未来は知らないよ」
天多の発言は何処か喜びを含んでいた。自分にできない事がある事を喜んでいたのだ。
天多の酔狂な部分をスルーして闇夜坂が呟く
「全知全能かぁ」
「誰しもが夢見ることだな。最強とかと同じ様に、ああ、天多は捨て去ったっけ?」
「僕が成りたかったのは全能を殺せる存在にして、全知ですら理解できない何かだよ。全知全能を殺すのに全知全能は必要ないから」
「そりゃ一種の化物だ」
「確かにね。僕は化物だ。けど僕はどこまで行っても人でしか無いよ」
「人であり続けるねぇ。まっ、お前がそう言うんなら俺たちは何も言わねぇよ」
「んで、改めて礼を言うわ。ありがとな天多。ぶっ壊した異世界人を招く大使館を直してくれて。お陰で時間に余裕ができた」
「気にしないでくれ、僕はあくまでも建物を直しただけだ。これから来る子達がこの世界で暮らせるようにするための法を作る方がもっと大変だろう。あんたの方こそよくやったよ
天多が揶揄う様に言い放つ。闇夜坂も声には出さず笑っている。対する赤菱は困った様に笑う。
「やめてくれ。もう今年で三十後半だ。少年なんて呼ばれる歳じゃねぇんだよ」
今この場に赤菱を知る人物が居たらさぞや驚くだろう。
赤菱は第七区の区長的な立場におり普段から厳しく決して笑はないで有名だった。しかしながら、それはあくまでも噂であり、赤菱は職場の部下からはかなり信頼されており、よく飲み会を自ら画策したり、育休などの休暇を率先して取る、さらにはサービス残業を決して許さず、働きに見合った給料を出すなどの事から職場の中では『頼れるリーダー』や『人の上に立つ者の鏡』とまで言われている。
当然赤菱は上司としての威厳を常に保っている。それは、かつて職場に乗り込んできた犯罪者を人睨みで恐れさせる程の覇気を纏っていた。
その赤菱が、繁盛していない喫茶店の店主や明らかに年下の少年に揶揄われているのだ。どうも頭が上がらない様だ。
「ごめんごめん。つい昔みたいにしちゃった」
「人間の成長は早いなー。あの最弱のチビもここまでなるか」
「あんたら長命種とは体感時間の流れが圧倒的に違んだよ!」
「はいはい、かの彩華家の一角の当主に失礼をしました事誠にご容赦くださ〜い」
「誠意が一切こもってないぞ!他の政治家どもでももう少し演技するぞ」
「仕方ねぇよ旦那。こいつは、天多はこういう奴だから」
「けっ!」
『彩華家』
東陣連合における最高勢力。才能が遺伝する一族でこの国の建国当初から存在する。
『彩華家』の『彩』は『
対する『華』は『
彩華家は両方揃っていないと名乗れないわけではなく、片方が揃っていれば名乗ることが出来る。
彩華家の社会において頂点は色と花の名を両方持っている一族だ。今まさに天多達に揶揄われた『赤菱』もまた彩華家における
彩華家はかなりの数がいるが頂点の家は五つしかない。
守る事に特化した『
戦う事に特化した『
導く事に特化した『
商う事に特化した『
逃げる事に特化した『
五つある彩華家の頂点の特色をざっくりと説明するとこんな感じだろう。
しかし、それだけしかできないというわけでは無い。守りの白百合も戦えるし、攻めの黒百合も守ることはできる。基本は全部出来る上で異常なまでに得意なものが特色となり有名になっただけであり勘違いしている者も数多く居る。一流と超一流の間には天地以上の差がある様に、得意なものだけでも充分最強に至ると言われている。
この国は彩華家を頂点としているため赤菱は国王の一人とも言える人物である。
この場に居る全員が笑い終えたところで闇夜坂が溜息をつきながら言葉を放つ。
「にしても、とんだ建国二千年記念になりそうだな」
「だな、まさか俺が現役の時になるとは思ってもなかったぜ」
「嬉しい?」
「んや、めんどくせぇ」
「素直だね」
「仕事が大変なんだよ!此処ぐらい素でいさせろ」
「家に帰れば良いじゃねぇか」
「怖え奥さんがいるんだよ。知ってんだろ?」
「幸せそうで何より」
他愛のない会話であるが、職場や家ですら素を出せない赤菱にとって心地の良いものとなっていた。
天多はコーヒーを飲み終えると立ち上がり
「ご馳走様、また来るよ。魔獣関連の研究所で何かあった様だから見てくるよ。そうそう闇夜坂、そこに居た道化師によろしく言っておいて」
「おう、またのご来店お待ちしてるぜ」
天多が出たのと同時に扉に着いていたベルがなる。
その後、何処からともなく店内に人影が現れた。数にして一、しかし天多が開けた扉から入ったわけではなかった。だから天多は言ったのだ、『そこに居た』と。
それは、サーカスのピエロの様な赤と紫の服を着て、半分が白くもう半分が黒い道化の仮面をつけた人だった。体型から男だとはわかるがその表情は一切見えず何処か不気味な、もっと言えば胡散臭い雰囲気を醸し出していた。
道化師と呼ばれたそれはあきれたかの様に頭を掻く仕草をし天多の出ていった扉を見つめる。
「ほんまにバケモンやな、あいつ。しゃべる事を除いてあいつが音出したん店の出入りの時のベルだけやで」
道化師が胡散臭い似非関西弁(この世界に関西はないが)で呟く。
それには赤菱と闇夜坂が同時に溜息をつきながら、
「あいつは天多はそういう奴だから」
「ああ。考えるだけ無駄だ。それよりも天多のやつ研究所に行くとか言ってたな?何かあんのか?」
「その事に関して言うなら面倒な魔獣が暴走でもしたんとちゃいますか?」
道化師の視線は何処か遠くを見ていた。まるで何が起きているのか知っているかの様に。
この地区の夜はネオンの光に彩られ明るい。だがそれは中心の話。少し郊外に行くと人通りは一切無くなり、中心街から漏れたネオンの光と街灯の光が薄くかかるだけで物静かだ。
薄暗い道の真ん中で天多は呆然と突っ立っていた。一見するとその様に見えるだろう。その実天多は目に入るものから少しでも多くの情報を得ようとしていたのだ。
天多の目の前には瓦礫の山があった。此処はつい一時間程前まで研究所があったはずだった。しかし今は原型を留めていない。
瓦礫に向かって脚を進める、此処までの動作を常人が見ればほんの一瞬だったであろう。
状況を確認し中を調べる。
それだけの動作を一瞬で行なった。因みに呆然と立っている様に見えるのは普段の天多を知る一握りの強者だけだ。
血液や死体特有の臭いが鼻の奥に刺さる。
それでも天多は平然と瓦礫の中に入っていく。
近くの看板にはかろうじて読める程度の字でこう書いてあった。
『
と。
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あとがき
どうも皆さんこんにちわ
灰色熊です。
今回は昴くん達が来る前のお話をしました。
彩華家と呼ばれる存在の一人が登場しました。苦労人の赤菱さん、今後とも登場させていく予定です。いずれこの人の戦闘シーンも描く事でしょう。
次回は初の戦闘シーンを書きます。初心者ですので至らぬ点がありますが宜しくお願いします。
応援誠に有難うございます。
筆者の力になります。今後とも宜しくお願いします。
因みに名も無き道化師は結構強キャラだよ
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