第4話
私の求めた音声の提出はなかった。
正確にいえば、音声自体の提出はあったのだが、それは問題を示す確証のものではなかった。取り繕った無難な対応音声の中から比較的スムーズに完了したもので、それは3社そろって同様だった。
しかし、それに対して最初に違和感を口にしたのは深津課長だった。
「整合性がとれないじゃない」
そう、スクリプト通りに進めているようでは、Tra-fixs社のスコアは達成できない。というのが深津課長の考えで。それは私の思うところでもあった。
「一度、センターに行ってみようかしら。坂口さんそのときは案内お願いね」
「え? 私もいいんですか」
「とーぜん。美味しいお店とか教えてもらいたいから」
任せてください!
そう返事をしたのは3か月前。契約しているベンダーのセンターへの訪問は、いわゆる監査のようなもので。
その稟議を通すのに時間は要したが無事にそれは実施されることとなった。
***
3社回るということで北は仙台のセンター。南は沖縄まで
その間にあたる愛知県の名古屋市に、Tra-fixs社のセンターはあった。
とはいえ、順番は最後。
飛行機で仙台。そして沖縄とわたり、それぞれのセンターを見てきた。
とくに仙台のセンターは優れていた。
対応時間の超過以外に大きな問題はなく、超過理由はベテランオペレーターの欠員とともに新人を大量導入したことによるもので、よくあることだった。
残ったベテランオペレーターの対応は安定しており、社内ナレッジの共有もしっかりとされていた。
今後はすでに蓄えているセンター内のナレッジを他社ベンダー間での共有をし、一定のコール品質にするようにもちかける追加の提案もあった。
深津課長とはホテル内で、都度意見を共有していったが、沖縄のセンターか、これから訪問する名古屋のTra-fixs社か。
どちらかとの契約を終了する方向で進めることになりそうだった
ひさしぶりに訪れる古巣は、どう変わっているだろうか。
といっても一番の変化はすでにわかっていて、あの逢沢先輩がSVとして稼働しているということだろう。問題はその結果どういう体制となっているか。だけど。
普段は入ることのない来客用の玄関口を通される。
事務の青年。剣崎は私にとっては顔見知りで、たまにLINEをする仲なので、目があったとき少し笑みを浮かべていた。
「Vaios様、このたびは遠いところから――」
深々と頭を下げるTra-fixs社のその社員は、プロジェクトのマネージャーだと挨拶をする。
それは当時のSV野崎だった。
「……あ。野崎SV? あ、失礼しましたマネージャーになられたのですね」
「え? あ。上嶋さん?」
「いまは、坂口ですが、おひさしぶりです。ベンダーマネジメント部の一員として、今日はお伺いさせていただきました。よろしくお願いします」
野崎さんが私が来ることを知らなかったということは、私が送ったメールのほとんどは上に報告されていなかったのだろう。
と、すると一つ減点かな。
なんて思いながら、挨拶を終えた。ブースに行くのを楽しみにしながらセンター内を見る。
ウォーターサーバー、埃被ってるなぁ。
あ、そっかコロナ渦の間は利用できなくなってたんだ。なんて思いつつ。
――派遣社員は使っちゃダメなのよ!
入社して二日目、そんなこと言われたっけ?
いま思うとそんなルールなかったんだけど。それを教えてくださったのも、逢沢先輩だったことを思い出す。
ミーティングルームにはすでに2名のTra-fixs社の社員がいて、私たちが扉を開けた途端に椅子から立ち上がった。
多分奥の方が偉くて、手前がその部下。
部下のほうは、少しおどおどしているところを見ると、新人。
まさに当時の私の姿に思えた。
入るや否や席をたってのお辞儀。
よく教育されているなとも思うけど、正直そんな体育会系なことをされたところで、評価への加点にもならないのだけど。
まぁ。だからって減点にならないからするんだろうね。
「わたくし、本日ブース内をご案内させていただく――」
深々と頭を下げていて、顔は見えないけど。
すぐにわかった。
その2名のうちの一人、奥に位置するそのひとのことは。
「Vaios PC カスタマー窓口でスーパーバイザーをしております逢沢と申します。本日はよろしくお願いします」
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