第5話
ミーティングルームにVaios社の代表として深津課長は残り、私は現場であるブースを回るという分担となっている。
Tra-fixs社側は、ミーティングにいまはSVである逢沢理絵とその部下にあたる伊藤さんという社員が残るようだった。
だから、顔までは合わせたけれど。私は彼女と直接の話はしていないし。
できればする気もない。
ブースまで先導してくれるのは、当時SVでいまはマネージャーの野崎さん。
――もう少し、俯瞰して物事を考えたほうがいい
まだTra-fixs社にいたころ、当時に野崎さんから告げられた一言だった。
たしか……私が逢沢先輩からのいびりに近い指導に対して、根をあげて相談をもちかけたときのことだったと記憶している。
俯瞰……高いところから見下ろすこと。
それは業務においては、物事を広い視野で見て判断しなさいという意味。
受けた指導や指摘は、3年経験がある逢沢先輩から見ると当然のものとされ、当時の私の経験不足からくる視野の狭さを、暗に叱責されたわけだ。
いまも思う。どこまで高く飛べばいいのだろうと。
高く飛べば何か本質や正しさが見えてくるのかと思っていたけれど、その分細部は見えなくなり、解像度が下がっていくことで、本質を見失う。
Tra-fixs社を離れ、さらに上と世間的にはとられているVaios社で入っても、周りの環境や数字の違いはあれど、大きく私の見えるものがかわったとは思えない。
「ちゃんと、見ていきましょう。数字で見えるところはあとでいくらでもデータで出せるから、定性的なところを入念に」
深津課長はそう私に指示をした。
つまり、飛んでいても見えないところはあるってこと。
地に足をつけてみてわかることもあるってこと。
だから、私はこの監査ともいえる3社訪問で特に数字以外の部分に注視してきた。
例えば、スタッフの顔色だったり。
清掃の状況……、災害時の避難経路の確保とか、セキュリティにかかわるUSBポートの取り扱いだったり。
電話が鳴っていないときに、その空いた時間……アイドリングのことで、アイドル時間というのだけど。
『アイドル時間はどういうことに活用していますか?』
そう言った質問をSVや現場リーダーに投げかける。
アンサー例として。
「その間に、スタッフへの教育を行っています。ナレッジ資料の読み合わせとかですね」
「休憩を回します。トイレとか、ちょっとした息抜きの時間をとってもらっていますね」
こういった回答を期待していて、各二社についてはまさにその通りだった。
懐かしい現場の雰囲気は相もかわらず、見知ったスタッフさんもいた。
その中には、あの声と体形が大きな戸田さんの姿も見えた。
現場は切迫しているようだった。
思えば今日は水曜日、定期のWindowsUpdateの影響があるのかもしれない。
「現場のリーダーの方ってどなたになりますか? 少しお話を聞かせていただきたいのですが」
そこで紹介されたのが
早速、いくつかの質問に入る。
「アイドル時間ってあると思うんですけど、そういうときどういうことに活用していますか?」
「え? あると思います? いまのこの状況見てくださいよ。みんなずーっと電話鳴りっぱなしで、そんな余裕ないですね」
「あ、まぁ。今日は特にそうだと思うんですけど、データ的にはだいたい席数に対して70%の入電率なので、アイドルはあるはずなんですよね」
「数字のことは私に言われても……、逢沢SVが管理してるので」
「そうですか。わかりました」
この回答には唖然としたのだけど。
決してこの安曇さんを責めれば終わる話ではないし、そもそも関連企業の一社員が、請負企業のスタッフへ直接指導することはコンプライアンス上ゆるされるものではない。
だからここは我慢する。
本来用意されるスタッフの席数というのは、着信予測数をもとに割り出すもので、その予測数に対して現状は7割で推移していることから余力はあるはずなんだけど。
問題は深刻された席数が正しいかどうか。
稼働スタッフが水増しされているのであれば、それはVaios社とTra-fixs社の間での信用問題につながる。
もし正しい席数となっていて、かつ生産性KPIが達成しているにも関わらず逼迫する状況であれば、それは報告されている各KPIのスコアが改ざんされているとみるべきで……。
その分析はまたあとで……それが、いまの私の仕事。
――あー、そっか。
「……俯瞰したものの見方って、こういうことなんだ」
「? どうかされましたか?」
「あ。ううん。ごめんなさいね、続けましょう」
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