第2話

 スーパーバイザーからの呼び出し。

 もちろん、そこそこの規模の企業にもなるとそんな言い方はしない。

 個人面談。または、1on1なんていう洒落た感じの言い方で呼び出される。

 

 そして、注意はフィードバック。とか、FB。

(なにそれ、フェイスブックですか? とか思ってるけど)


 ちなみに面談場所として呼び出された小部屋は、本来は来客用らしく椅子の座り心地は良かった。略称のついでに。スーパーバイザーはSVと略すらしい。

 だから目の前にいる少し小太りの眼鏡の上司は、SV。SVの野崎という男の人。


「今日はごめんね、次の更新の前にちょっと話を聞きたくてね」


 内容は、積もり積もった逢沢先輩からの報告の確認と、いわゆる注意喚起といったところだろうと想像してる。


 どうせ契約があるので、強くは言えない。

 私の雇い主はあくまで派遣会社だから。そのためとてもまどろっこしく遠回しのFBがあって。それで終わり。

 

 それがいつものことだった。でも、今回はちがった。


「うちの会社に移るってつもりはない? もちろん中途採用試験を受けてもらうことになるけど。上嶋さんのここでの実績は踏まえて人事判断してくれるだろうし……」


 そういったお誘いだった。


       ***


 その日の残りの業務は気分がよかった。 

 多少のクレーム処理も、何の気なしに過ごせたし。

 なにより、また怒られたんでしょ? を遠回しに言ってくる逢沢先輩のマウントも気になることもなく、やり過ごすことができた。


 そもそも、こんな田舎を出て、一度は都内の一流大学にいて。

 ただ家族都合でまた里帰りして。

 結果的に、新卒での採用をふいにしてしまっただけのこと。

 

 だから、ちゃんとすれば私は認められる。

 そんな思いが強かった。


「――という感じで、派遣先のコールセンターの社員になろうかなっておもってて」

『ふーん。なるほどなぁ……でも少しまえまで結構愚痴ってたけど。どうなの? 上嶋は、その逢沢っていう先輩とうまくやっていけんの?』

「……んー、なんか坂口くんはおすすめしないって感じ? なのかな」


 LINE通話でつながっている大学時代からの男友達。

 正直、恋心とかがないわけでもなくて。ただ田舎で派遣社員やってる私と、都内で省庁勤めの彼とはあまりにもその身分が違いすぎる。


 だから、そういうことは出さないで話をする。

 結果として、最近の話題は私の仕事に対する愚痴ということが多かった。


「いや凄いことだし、偉いと思う。ただ、なんだろな。上嶋さ、つまんなくなったなーと」


――つまんなくなった


 なぜだろう。その一言を聞いたとき、すごく寒気がした。

 その理由をそのときはわからなかったけど。私は冷や水をかけられたような思いで、その通話を終えてしまった。


       ***


「ちょっとちょっとちょっと、由香ちゃん、きてきて」

「? なんですか、戸田さん、と栄枝さん? あ、みなさんお揃いなんですね」


 業務開始前、少しはやめに準備をしお手洗いを済ませたあとブースに戻る手前にある給湯室で呼び止められる。

 もういい年のおばちゃん(と私には思える人たち)集団で、各々が別々の派遣会社から派遣されている、派遣社員の人たちだ。

 中心の戸田さんは、その大柄な体格とそれに比例した大きな声をもった女性で、いつも周りには取り巻きを連れているタイプのひと。


「あなたここに来て1年、ずっと理絵ちゃんに目をつけられてるでしょー? あれ嫉妬よ、若くてあなた綺麗だから。でね。でね。理絵ちゃん仕事ずるばっかりしてるでしょ? みんなでそのことを野崎くんに言おうって話してたの」

「……え?」

「大丈夫だから。みんなあなたの味方だし、でもねー。私らいままでも何度も野崎くんとかその上に言っても話聞いてくれないから、あなた言ってちょうだいよ。そしたら、ほら理絵ちゃん異動になるかもでしょ? あなたもそのほうがいいでしょーし」


(でも、そんなことしてたら。中途採用の試験とか取り消されちゃうかもだし……)


 給湯室で4人の派遣社員のおばちゃんたちに囲まれた私は、断るにもことわれない状況で……。


 こんな状況になってはじめて、始めて私は自分自身がずっと坂口くんに対して逢沢先輩の愚痴を言っていたことが、醜いものだと気が付いてしまった。

 それと同時に、みずからの保身を考えてしまうことも、このように詰め寄って厄介ごとを押し付けようとする派遣のおばちゃんたちにも。

 こう思ってしまった。


「――なーんか、つまらないですね」


 明るく取り繕って、一生懸命さをアピールしてきたことも馬鹿らしく感じて。

 派遣社員とはいえ、一流企業の業務に携われていることに対してちょっと浮かれていた自分にも、嫌気がさして。

 気づけば私は、そう口にしていた。


 ひどく、冷たい。そして低い声が出たと思った。

 戸田さんが私に何か言おうとしてたけど。

 続けて、業務あるんで、もどります。と言って私はその場から立ち去った。


 ひとつ決意したことがある。

 来月の派遣契約の継続をことわろうと。


 私自身が、つまらない人間にならないために。

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