【短編942文字】七日目の朝『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』

ツネワタ

第1話

 女に対して知能テストが実施された。


 知恵の神の生まれ変わりだと自身で豪語した彼女はあらゆる学者の研究対象となった。


 テストは一週間かけて行われる予定だったが、女は鼻で笑った。


「時間はそんなに必要ないわよ」

 比較検証のため選りすぐりの秀才たちが集められ、初日で約半数が心を折られた。


「人の域を越えている。あれは理解しようなどとは恐ろしい事だ」


 もう半数は彼女の存在について協議し合い、信仰の心を以って彼女を神と崇めた。

 信徒を得た彼女は知能テストの答案用紙に触れずに答えを念写し始めた。

 この世の現象とは思えない出来事に学者たちは二日目にして全員匙を投げた。

 しかし、ただ一人…… 人の世の真理を信じ、神の存在を受け入れない男がいた。



 三日目の朝、鳥のさえずりに違和感を感じた人々は外に出た。

 無秩序であるはずの鳥たちが世にも美しい旋律を奏でていたのだ。

 空を見上げると虹が五線譜を形作り、雲が音符を真似ている。

 小鳥たちは誰が書いたとも知れない楽譜に沿って歌っていたのだ。


 四日目の昼、蛇口からワインが止めどなく溢れ、豊穣の極みを観測する。

 国中のありとあらゆる人間が女を生き神だと崇め、奉った。

 しかし、あの男だけは頑なに信じなかった。女はそれが許せなかった。


 五日目の夜、空間に干渉した女は掌の上に特異点を作り、童のように弄び始めた。

 お手玉のように二つ、三つと作り出される黒い空間は宙を楽しそうに舞っていた。


「お前も諦めが悪いなぁ」

「神などという頓狂な存在は認めない。彼らは概念であるべきだ。観測出来てはならない」


 女は怒り、六日目の朝に男が生涯をかけて愛した亡き妻を蘇らせて見せた。


 これで信じるだろうと思った女はシタリ顔で男に目を向ける。


 男は驚愕のあまり立ち尽くし、数秒後に涙を流して妻を抱きしめた。


「あぁ、神よ。救いの手を差し伸べて下さりありがとうございます」

「おい…… 待て。何故そんなに簡単に…… 私を、神だと認める。それでは私は……」


 彼女は初めて喪失感を味わった。初めて孤独感を味わった。

 神は疑われる事で初めて存在出来る事を全知全能である彼女は知らなかったのだ。


 七日目の朝、彼女の姿はスウゥっと薄れて煙のように消えてしまった。


 神は『存在』を失い、『概念』へと還った。

 

 彼女の起こした数々の奇跡も同時に失われた。

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【短編942文字】七日目の朝『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』 ツネワタ @tsunewata0816

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