第5話 筋肉と魔法

「えー改めてレイナ・ラッド様でよろしいですか」

「様は不要よ。どうせもう数年もすれば爵位もなくなるだろうし普通に接してほしいわ。それより貴方は例のオーメン医師でいいの?」

「は? オーメン?」

「ひーひっひっひっひッ!」


 レイナ嬢の言葉にダミアンは笑い始めた。


「あら違うの? リチャード様からそう聞いたのだけど」

「私の名前はオー……いやもうそれでいいです」


 オーメンとはいつの間にか本名からもじった妙な愛称で呼ばれ始めた名前だ。といってもリチャードしか呼んでいない愛称だったはずだがこれが広まるとは思わなかった。


「それより貴方その目はどうしたの?」


 それはこっちも聞きたいです。さっきの光景はなんだったんですかと小一時間ほど問い詰めたい。


「先生は昔視力を無くしてしまったのでそんなダサい包帯で目を覆っているんです!」

「ダミアン。これは包帯じゃなくて結構高い魔物の素材を使って作られた高級品で……」

「でも先生ってその布は家だとその辺に放り出してるじゃないですか」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。そりゃこれ外出の時しか使わないけどさ。


「見えないの? 本当に大丈夫なのかしら」

「安心してください。目は見えなくても治療は出来ますよ」

「魔力?」

「はい。施術士とは魔法使いによく起こる魔力経脈摩耗症をを治す治療師です。その治療を行う上で必要なのは肉体を見る事よりも魔力を見る事なのでご安心を」

「そう。まあリチャード様の推薦だし信じましょう。では中に。マール案内を」


 レイナがそういうと先ほど木剣をフルスイングしていた執事がお辞儀をして屋敷の中に消えていった。本当になんなんだ。

 屋敷の中は閑散としていた。美術品などが飾っている訳でもなく絵画なども当然ない。ただ広い屋敷があるだけだ。使用人も先ほどのマールという執事以外気配も感じない。


「おや、蝋燭ですよ先生」

「へえ。まだ使っている場所あるんだ。風情あるね」

「最近は魔灯が随分普及してますもんね」


 魔灯。明かりをつけるために作られた魔術起動であり形や大きさも様々だ。最近はランプ型の魔術起動が流行っていたような気がする。ちなみに我が家そんな物はない。

 前を歩くレイナ嬢の後に続き部屋に入る。どうやら私室のようだ。ひと昔であればいきなり貴族の令嬢の部屋に入るなんて何を言われるかわかったもんじゃないから不思議な気分だ。


「さて、そこに座って」

「ありがとうございます。さて、さっそくですが始めましょうか」

「ええ。話が早くて助かるわ。実は一か月前くらいからうまく魔法が使えなくなってしまったのよ」


 突然魔法が使えなくなる。もしくは魔法の出力が弱くなる。これは一般的に魔力経脈摩耗症と呼ばれる基本的な症状だ。人体には魔力経脈という魔力を人体に流すための欠陥のようなものが存在している。ただしこれは実際に血管のように管が存在しているわけではない。それゆえ通常の治療では治せず従来では時間を置き自然治療に任せる以外に方法がなかったのだ。


「前にも同じような事があったから適当に放っておけば治ると思ってたんだけど今回は妙に長くて困ってるわ。なんとなるかしら」

「先生にお任せ下さい! さくっと治療してまたキリキリ働けるようにしてあげますよ!」

「いや、レイナ嬢は貴族だし働いてないでしょう」

「あらそんなことないわ。今も就活してるわよ。まあ中々いい場所が見つからなくて困っているのだけれどね」


 就活に悩む貴族の令嬢か。時代も変わったなとしみじみと思ってしまう。


「それでどうすればいいの。服でも脱ぎましょうか」

「では薄着になってベッドに俯せになってください。見た所背中の中心と首、肩に不自然な魔力だまりが起きています。ただかなりひどい状況ですから痛みは覚悟してください」

「あら、これでも鍛えているもの。多少の痛みなら屁でもないわ」



 そうたくましく笑うレイナ嬢だった。



 ――数時間後。





「いやぁああああああ! もう抜いて!! 身体が裂けそうなの!!」

「まだです。後15分はこのままにします。ダミアン、しっかりと時計を見ておいてくださいね」

「はい! 先生! ひーひっひっひ。後14分50秒頑張りましょう。応援してますよ」

「もう勘弁して――」



 ベッドの上でうつぶせになっているレイナ嬢に数本の青白い光を放っている針が刺さっている。これは治療に使う特別製の針でこれを指すと魔力経脈にできた不自然な魔力だまりにできた魔力を吸い出すことが出来る。

 通常魔法を酷使すると発生する症状であるがこのお嬢様の場合はまた少々毛色が違う。はっきり言って今回の魔力経脈摩耗症の原因はだ。



「いいですか。レイナ嬢。魔力経脈摩耗症になった場合は今回のように施術士に見てもらうか、大人しく家で引きこもるかの2択です。だというのに貴方は無茶な筋トレをしていましたよね。そのせいで魔法を使わず身体を休ませなければならない期間だというにも関わらず無意識的に魔法を行使して肉体強化をしておりました」

「わ、私は肉体強化なんて……できませんわ……」

「なら無意識にやっていたのでしょう。以後は筋トレ禁止です」

「そ、そんな――せめて腕立て、スクワット。腹筋、ダンベルだけでも」


 いや治るまでやるなって話よ。また同じ目に遭うぞ。


「ダミアン残り時間は?」

「後14分です!」

「うそでしょ!? さっき後15分って言ってからもう5分以上は経ってるわよ!」

「あれれ? 15分に増えましたよ。不思議ですね」

「んなああああ!」


 さてこれに凝りてもう無茶苦茶な筋トレは控えてほしいのだが……って。


「ダミアン。しばらくここま任せるよ。時間になったら針縫いてあげて」

「はーい! さあレイア頑張りましょう。応援してますよ!」

「なんでそんなに嬉しそうな顔してるのよ! もうこの子供嫌いなのだけど!?」


 部屋から出てそのまま先ほどきた道を戻っていく。広い屋敷だが単純な構造をしているため道に迷う事もない。屋敷の玄関まで行きそのまま外へ。そして一人の男が屋敷の庭で立っていた。


「やあ。治療は済んだのかい? オーメン」

「……リチャード。何の用だ」


 紅いローブを纏い金色の装飾を身につけている髪の長い男がにやりと笑った。



ーーーー

次で最後です。

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