第4話 侯爵令嬢

 射出された状態のまま空中に投げ出され数十分が経過した。流れていく街並みをみつつ時折こちらに向かって飛んでくる別のファストダイブの乗客を躱しながら飛んでいく。


「って今ので2回目だよ? これが普通なの? みんな時速100カロで飛んでくる飛行物体を躱しながら目的に向かって飛んでるの?」

「見事な回避ですね先生!」


 絶対欠陥品だよこれ。道理であの発射場に求人広告がやけに貼ってあると思った。これ絶対クレームくるだろ。あそこのギルドで残って働いている職員は精神力もすごいんだな。第4エリアの街並みが流れて次第に大きな壁が見えてきた。あの壁の向こうは第6エリア貴族街になる。あの壁は元々外からの侵入者を防ぐための壁だったが今ではただの区切りとしての役割しか持っていない。なんせこうして銀貨5枚で飛んで行けるんだ。身を守るなんて無理だろう。暗殺し放題である。まあやる暇人なんていないだろうが。


「もうすぐ着地だ」

「はい! 先生がどんな風に華麗な着地を見せるか楽しみです!」

「いや普通に降りるだけだから」


 徐々に下降していく軌道の中で飛行魔法を使用し体制を整える。既に発射された際の防護魔法は消えているため確かにちゃんと着地をこちらでしないと間違いなく死ぬだろう。改めてなんて施設なんだと思いつつもこの短時間でここまで来れる便利さは確かにありがたい。この都市は広すぎるためにエリアを移動しようと思ったら基本鉄道に乗るか、魔術起動を使った乗り物で移動するかのどちらかなのだ。


 魔法で自分の身体を上に持ち上げるようにしつつ減速ししっかりと足元から着地する。ここは貴族街にある広場のようだ。背中に背負っていたダミアンを下ろし今回の依頼人がいるランド侯爵家に移動するとしよう。


「先生はつまらない人間だと言われませんか? 僕がどれだけ足を骨折しひぃひぃ言いながら歩く先生の姿に熱望したか分からないでしょうね」


 後ろからぼそぼそと大きな独り言をいうダミアンは無視しランド侯爵家の住所を確認するとしよう。


「ダミアン。ここは何番道路だい?」

「3番道路ですね」

「ならもう少し先かな。道案内を頼むよダミアン」


 私はそういうとポケットから赤い飴玉を取り出しダミアンに投げた。それを嬉しそうな顔でキャッチしすぐに口の中に入れ悦に浸っているようだ。


「やはり会ったことがない人だと

「当たり前です。私を何だと思っているんだい」

「えーっとですね――」

「言わないで結構。さあ行きましょう」


 貴族街は基本人が少ない。露店がなくまた基本貴族以外あまり立ち寄らない場所のため閑散としている。広い道を歩いても誰かが歩いているという事もない。普通の国なら警備もいるのだろうがそれさえもなく本当に静かな街並みだ。


「本当に誰もいないですね。ゴーストタウンみたいです」

「だね。実際この第6エリアに住む貴族の数も年々減ってるしもうすぐ貴族制度なくすって噂もあるくらいだし」

「そしたらこの第6エリアも他学科みたいに何かやるんですかね」

「そうじゃない? 実際この場所狙っている連中がすごいいるみたいだし」


 各エリアごとで中心になって進めている研究が違う。これはそのエリア歴代の学科長が中心になって進めていた分野だそうだ。そのためどうしても新しい研究がしたいという魔法使いは本当に多くいる。もし貴族制度が廃止されこの場所が自由に使えるようになれば色々な魔法使いがこのエリアの収めるために躍起になるだろう。


「本当に馬鹿ばっかですね」

「今回ばかりは同感だね」

「本当にくだらないことばかり考えてる魔法使いが多くて困ります。あのファストダイブを見習ってもっと住民の生活を豊かにする魔術起動を考えてほしいですよね? 先生」

「今回は同感できないね」

「ひどいですよ先生。僕はこんなにも――って着きました。あそこじゃないですか」

「えーっと……あれか?」



 ダミアンの後に続いて歩く事数分。大きな屋敷の前に着いた。少々荒れた庭。枯れた噴水。そしてこの屋敷の令嬢と思わしき女性の腹を思いっきり木剣で殴る執事。


「まだよ! もっと強く!! その程度じゃ私の腹筋に負荷は掛からないわ!!」

「はい! お嬢様!!! せりゃあああああッ!!」


 ドスッっと鈍い音がこの距離でも聞こえてくる。両手を後頭部に添えて腹筋に力を入れている女性とその女性の腹に向かって木剣をフルスイングしている執事の光景に唖然とした。なんやれ。


「ふぅぅぅ。いいわ。次はもっと強く……ってあら」


 いかん気づかれたぞ。


「視線を合わせるなよダミアン。ゆっくり後ろに下がるんだ」

「え? あの人が依頼人じゃないんですか?」

「違う。あれは女性の皮を被ったモンスターだ。よく考えてみてよ、どこの世界に貴族の令嬢が自分の執事に腹を殴らせるの? ありえないでしょ」

「そういう趣味なのかもしれないですよ」

「そんな趣味の人間なんていてたまるか……」


 一歩ずつ後ろに下がって相手の視線が切れたすぐに逃げよう。多分ここじゃないんだ。まったくダミアンはだめだなぁ。全然だめ。でも許してあげよう。道を間違えるなんて誰でもやってしまうものだ。あんな人が侯爵令嬢のはずが――。


「そこの貴方達! ここはランド家の屋敷です。何か御用で?」

「ほら、やっぱりここですよ」

「――嘘だろ」



 






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